第5話 初めての女装デート
日曜日。仁志と郁人のデート当日。
駅前にある時計の目の前にて、待ち合わせ。仁志は時間より早めに来ていた。
今日のために、新しい服を買い、靴もそれなりに良いものを履いてきた。ワックスで髪を念入りにセットしたし、普段の同性相手と遊ぶ時にはしないようなオシャレまでしている。
待ち合わせ時刻が近づいてくる。その時に、仁志めがけて小走りで歩いてくる子がいた。
「お待たせ。えっと……今日は楽しいデートにしようね」
「あ、ああ……」
やってきたのは郁人だった。もちろん女装している。仁志は郁人の恰好を見る。黒髪ストレートのウィッグを付けて、メイクもナチュラルな感じに仕上げている。真っ白なブラウスに若緑色のカーディガンを羽織り、花柄レースの白いオーバーサイズのスカートを着用している。
郁人の服装は仁志の予想を超えてかわいらしいものであり、思わず言葉を詰まらせてしまう。そんな仁志の様子を見て、郁人は不安に駆られる。
「あ、ごめん。変だった?」
悲し気な表情の郁人を見ていると仁志の心に罪悪感が植え付けられていく。
「あ、いや、変というか。似合いすぎているっていうか、そこらの女子なんかじゃ比べ物にならないくらいにかわいいというか」
仁志は精一杯にフォローしようとする。そんな仁志の言葉を素直に受け止めた郁人の表情に笑顔が灯る。
「わあ、ありがとう。風見君」
「あ、その……今日は君のことはなんて呼べばいいかな」
通常時と女装時で同じ呼び方をすると、どうもしっくりと来ない。それに郁人だって女装している時には別の名前で呼ばれたいかもしれないと仁志は配慮をしている。
「うーん。お店と同じ、さなえで良いかな。それでよろしくね」
「あ、ああ。わかった。さなえ……ちゃん」
仁志は少し照れながら、さなえちゃんと呼んでみる。“さなえ”もそう呼ばれて嬉しそうにニコリと笑った。
「うん。行こ?」
仁志とさなえは少し距離を近づけながら歩いていく。同性同士ならそういう趣味であると誤解されかねないような距離感で横並びに歩く。
ほんの少し、手の位置を変えればお互いの手を握れるような距離。仁志は見た目がかわいい女子であるさなえとそんな距離で歩いていて、なんとなく胸が締め付けられるような気持ちになった。
「ねえ。風見君。結構オシャレしてきたんだね……」
さなえの言葉に仁志はドキリとした。
「あ、いや。まあ、人に会うんだからな……」
「ふーん、そうなんだ」
ファミレスへ歩きながら向かう道中での会話。さなえがくすっと含み笑いをしている。
仁志はそれになにかやりにくさを感じながらも、どことなく悪い気まではしなかった。
ファミレスにたどり着いた2人は店員に席に案内された。テーブル席にあるタッチパネルで注文するシステムで仁志がメニューを見ながらなにを食べようか悩んでいる。
仁志としてはペペロンチーノが好きなのであるが、デート中にニンニクの香りを漂わせるのはどうなのだろうかと考えてしまう。同性間だったら気にしないはずのことも、さなえを前にしては気にしてしまう。
「あー……俺はクリームパスタで良いか。さなえちゃんはどうする?」
「うーんと……わたしは……」
仁志からタッチパネルを受け取ったさなえは色々なメニューを見る。さなえはイカ墨パスタが好きなのであるが、仁志の前で口を黒くするのはどうかと思い、別のメニューを頼むことにした。
「それじゃあ、このミートドリアで」
「ドリンクバーは頼むよね?」
仁志はドリンクバーを2人分と入力しようとした。しかし、さなえはそれを慌てて止める。
「あ、待って……ここのお手洗い。男女別だから」
「あ、そっか……悪い。気が利かなかった」
ジュースを飲むとどうしてもトイレに行きたくなってしまう。女装子にとってトイレの割とセンシティブな問題で、女子トイレに入るわけにはいかなし、かと言って男子トイレに入るのも抵抗があるという状態なのである。
共同トイレがあれば気兼ねなく行けるが、ここのファミレスにはそれが設置されていない。
「結構大変だな」
「うん……だから、その……男女共用のトイレの場所は事前に調べてあるから。ここに近くのコンビニとかもそうだし」
「男女共用トイレ……なるほど」
仁志には疑問に思っていることがあった。どうして、コンビニのトイレで女性用と男女共用の2つに分かれているところがあるのだろうかと。女性用と男性用で良いだろと思っていた。
しかし、さなえのような女装子にとって男女共用のトイレは安心して使える場所なのである。そういう多様性に配慮した結果生まれた産物である可能性を考えると必要な存在なのではないかと認識を改めた。
「女装も大変なんだな」
「そうだよ。大変なんだよ。それをこうして女装させて連れまわしたりしてさ」
さなえはここぞとばかりに仁志に対して不満を口にした。元凶である仁志はそれに対してなにも言うことができなかった。
「ご、ごめん。もうこんなことはしないよ」
「え? あ、ご、ごめん。別に責めているわけじゃないんだ。ただ、大変なことをわかって欲しかっただけなんだよ」
謝られて逆にさなえが罪悪感を覚えてしまう。仁志を責めたかったわけでも、攻撃したかったわけでもない。それで嫌な奴だと思われたくなかった。
「あ、そ、そうなの……」
仁志はほっとした。胸の奥に刺さりかけていた罪悪のトゲがポロっと抜け落ちた。
「そのね。風見君。わたしも、プライベートで女装はしたことなかったけど……こうして女装して街に出てみるとちょっと楽しかったなって思うんだ」
「そうなんだ……」
「うんうん。なんていうのかな。スリルがあるっていうか、男子ってバレたらどうしようとか。例えば、すれ違ったおじさんにじろじろ見られた時に、実は女装がバレているんじゃないかなってドキドキして……」
「ふーん、そういうものなのか」
仁志はそこはかとなく嫌な気持ちになった。その辺のおじさんの視線を感じてドキドキしているさなえ。それに対して嫉妬に近い感情を抱いてしまっている。だが、仁志はこの感情の正体にはまだ気づいていない。ただ、なんとなく気に入らない程度にしか思っていないのだ。
「でも、俺はさなえちゃんの女装はバレてないと思うけどな」
「そうかな……」
「うん。だって、最初にさなえちゃんを見た時は知らない女子がこっちに向かってやってきたって思ったし」
仁志の言葉にさなえがケラケラと笑う。
「あはは。なにそれ。逆にひどくない? せめて、わたしだってことに気づいてよ」
「だ、だって。店にいる時とメイクもちょっと違うし、服装も違ったから。全然違う雰囲気でびっくりしたよ」
仁志の発言にさなえは、ちょっと戸惑ってしまった。少し間を開けてから言葉を返す。
「ふ、ふーん。そっか。メイク変えたの気づいたんだ。へー」
「な、なんだよ。気づいたらいけないのか?」
「だって、男子ってそういうの鈍感って言うじゃない。全然気づかれないと思ってた」
さなえは、仁志を見てにんまりと笑った。
「なんだよ。君だって男子じゃないか」
「わたしはその……メイクをしている側だから気づくの。お店のキャストの子がメイク変えたのだって気づいて話題にすることもあるし」
さなえがドヤ顔で語りだす。
「なんだよ。完全に話題が女子だな」
「女装すれば男子でもそういうことを気にするようになるよ? 風見君もやってみる? 女装。わたしがコーデしてあげえるよ」
「いいえ。遠慮しておきます」
「あはは。つれないね。でも、興味が沸いてきたらいつでも相談してね。くす」
さなえの笑みに仁志はぞわぞわとした。仁志の目から見てさなえは完全に女装の沼にハマっているように見えている。
自分も女装したらそういう風になってしまうのであろうか。そう思うとその沼に片足だけでも入れるのは怖くなってしまう。
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