第33話 拗らせる仁志
夏休みも終わり、今日から登校日。仁志は憂鬱な気分になりながらも身支度を整えて家を出る。
いつも憂鬱な夏休み明け。しかし、その憂鬱もすぐに終わる。いつもとは違う光景が仁志の目に入ってくる。
玄関先に待っていたのは郁人の姿だった。
「おはよう。仁志」
「おはよう。郁人」
2人は挨拶をかわして一緒に登校をする。最愛の人と一緒に登校するのであれば、夏休み明けの学校も悪いものではない。
郁人と会うきっかけにもなるので、逆に助かるまである。
2人一緒に並んで歩いているのに、周りの目を気にして2人は手を繋げなかった。
2人は同性同士だし、付き合っていることが周囲にバレてしまったら、それは本人たちにとっても辛いことになってしまう。
多様性の時代とは言え、まだ無理解な人間がいることには変わりない。できるだけ2人は距離を近づきすぎないようにしながら歩いていく。
仁志と郁人がそれぞれの教室に入る。すると教室内はざわついていた。
希子がかなり厚いギャルメイクをして教室に入っていた。周囲のクラスメイトもドン引きするくらいのメイクである。
ここまで来ると校則違反として指導の対象になることは免れない。希子の友人たちも彼女に近づくのをやめているほどである。
「あはは。希子やるじゃん」
一方でクラスのギャルたちは希子に一目置いていた。指導をも恐れずに華美な恰好をする希子に尊敬すら覚えている。
「お、おい。希子どうしたんだよ。お前」
仁志は流石に見かねて希子に声をかけた。
バイト中に希子と出会ったけれど、まさか登校日までにメイクを戻さないとは思いもしなかった。
「なに? アンタには関係ないでしょ?」
「か、関係ないって……お前……!」
仁志が言い返そうとした時、希子の彼氏が仁志の前に立つ。
「ん? なんだ? 仁志。俺の彼女になにか用か?」
希子の彼氏が仁志に凄んでくる。一触即発の空気が教室内に流れた。周りの生徒たちもざわつき始める。
「お前はもう希子の彼氏じゃないんだろ? だったらすっこんでろよ」
希子の彼氏は希子の肩を抱き寄せる。希子の肩に彼氏の胸板が当たる。希子はその胸板のたくましさにうっとりとした笑みを浮かべて、仁志を流し目で見る。
「彼氏でもなんでもないアンタの言うことを聞く必要はないから。ごめんね~」
希子に袖にされた仁志は複雑な気持ちになった。仁志だって、希子のことを心の底から憎んでいたわけではない。
フラれたときはたしかに傷ついた。希子に対して怒りを覚えたこともあった。
でも、ここまで希子が変貌することを仁志は望んでいるわけではなかった。
明らかに悪い人間との付き合い。それによって希子が変化している。
祭りの日。林の茂みにて、そこで行為にいたろうとする。そんなことをする彼氏が普通であるわけがない。
希子はこのままこの彼氏と付き合っているとダメになってしまう。そう思っても仁志にできることはなかった。
仁志は黙って自分の席についた。そして、深くため息をついた。
希子がこうなってしまった原因の一端は自分にあるのではないかと。
自分が郁人と関係を持たなかったら、希子は今の彼氏と付き合うこともなかった。
郁人なら希子のことを幸せにできたはず。そう思うと仁志は自分の選択を悔やみ始める。
「仁志。大丈夫。君は悪くないよ」
郁人が仁志の心を読んだかのようにそんな言葉をかける。
「しょうがないよ……ああなってしまったのは佐倉さん自身の意思によるものだから……他人の僕らがとやかく言うことじゃない」
「で、でも……」
「そりゃ、僕だってまだ佐倉さんと付き合っていたら、あんな風になるのを止めていたと思う。でも、僕たちはもう佐倉さんと付き合っていない。彼女の人生に深く関わる権利もないんだ」
仮にも数年付き合った仁志は希子に対して情は合った。しかし、郁人はまだ日が浅いこともあってかそこまで希子に思い入れがあるわけではなかった。
そういう部分が郁人をドライにさせていた。
「じゃあ、郁人は俺が道を踏み外そうになったら止めてくれるのか?」
「僕の人生を投げ捨てでも止めるつもりだよ」
曇りなき瞳で郁人は答える。仁志は郁人から顔を背けて、手で顔を隠した。
仁志の隠された表情はにやけが止まらなかった。郁人にそこまで思われていて嬉しくないわけがない。
「さすがにお前の人生を捨てさせねえよ」
仁志はそうカウンターを返して、郁人の顔を緩ませた。
「そういえば、郁人。今日は遊べるのか?」
「あ、ごめん。今日は学校終わりにバイトがあるんだ」
「そっか。お前も留学費用を貯めないといけないもんな」
郁人の事情を把握しているから、仁志はそこになにも言えなかった。
本音を言えば、郁人……さなえが他の客に対して接客するのを快く思っているわけではない。
1度、さなえを抱いたからこそ仁志は独占欲がより強くなってしまう。
できれば違うバイトにして欲しいけれど、時給が良い今のバイトをやめさせるわけにもいかない。
そこが仁志にとって、もどかしくて、もやもやとして、面白くないところであった。
◇
午前中に学校が終わり、仁志は家へと帰った。
今日の仁志はバイトが休みで本当にゆっくりとできる時間だった。
だが、自分の部屋にいても特にやることが思い浮かばない。
ゲーム、マンガ、テレビ、動画、その他色々な娯楽も、郁人やさなえと一緒にいる時間に比べたら色あせて感じてしまう。
仁志は漠然とスマホを操作した。
「あー……あのマンガ。最新刊出てんだー」
仁志はバイトをしていて経済的に余裕がある。だから、マンガの最新刊を買うなど容易くできることである。
しかし、仁志はそれを買う気にはなれなかった。
あれほど楽しみにしていて大好きだったマンガも今となっては物足りなく感じてしまう。
他に楽しみができてしまったから、相対的に霞んでしまう。
「くそ……!」
仁志は近くにあったティッシュ箱を手に取った。
今頃、さなえは他の男に愛想を振りまいているに違いない。あの笑顔を自分だけのものにできない歯がゆさを感じてしまう。
どうして! どうして、さなえはまだ平気でバイトを続けられるんだと仁志は憤りを覚える。
「くっ……俺に抱かれたくせに! あんな媚び媚びのだらしねえ顔を他のやつらに見せられんのかよ!」
仁志はさなえの顔を頭に思い浮かべてその情欲を体のある一部分にぶつける。
その行為をしばらく続けていると仁志はティッシュ箱からティッシュを取る。そして、使用したティッシュをゴミ箱へと捨てた。
「なにやってんだろ……俺」
仁志は虚しさを感じた。さなえの体は自分だけのもの。そう理解しているはずなのに。
さなえと交わうことができるのはこの世界で自分だけ。それはわかっている。
それなのに、勝手に嫉妬して、勝手に自分を慰めて。実にみっともないことをしている自覚はあった。
もう、さなえを抱けて青少年が抱えがちなものを発散できることができるのに。それを我慢できずにこうして自分で発散するのは惨めという他ならなかった。
「冷静になってみると……死にてえ……」
男性は行為後に冷静になってしまう。そうして自分を客観視するとどれだけ間抜けなことをしているのか浮彫になってしまう。
これが自室で1人でいる時だから良いものの、もし誰かにこのことを見られたらみっともなさすぎて本当に死ぬかもしれない。
暦の上では夏は終わり、残暑となっているはずであるが、昨今の日本の気候ではまだまだ猛暑は終わらない。その暑さのせいで頭がやられていたということにしよう。
クーラーが効いた部屋で頭を冷やしている仁志はゆっくりと目を瞑り静かに心を落ち着かせるのであった。
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