第2話 墓穴
「1名様でよろしかったですか?」
サラサラとした黒髪でポニーテールの店員が無邪気な笑顔で仁志に問いかける。仁志はその笑顔を見て少し緊張をしてしまう。
「あ、はい。1人です」
「それではこちらの席にどうぞ」
店員が仁志を席へと案内する。店員の後ろ姿を見ているだけで仁志はなにか劣情めいたものを感じてしまう。
仁志は表情をこわばらせながら、席についた。店の雰囲気、流れている店内BGMは落ち着く雰囲気ではあるが、どうも店員のせいで落ち着かない。
かわいい子ばかり集められていて、本当にここは未成年である自分が来ていい場所なのだろうかと仁志は悩む。
「お客様。当店のご利用は初めてですか?」
「え、あ、はい。そうです」
ここで見栄を張って嘘をついても仕方ないので、仁志は正直に答える。
「ありがとうございます。それでは当店のシステムについて説明しますね。こちら、コンセプトカフェになっておりまして当店のキャストは全員――」
コンセプトカフェ。仁志もその名前と存在を知っていたけれど利用するのが初めてである。一体どんなコンセプトなのだろうかと仁志は興味を抱いた。
「女装子。男の娘によって接客をさせていただいております」
「あ……へ? 男の娘……? お姉さんも……?」
仁志は思わずそう
「はい。私も男ですよ」
胸のプレートに「せりな」と書かれているこの店員。どう見ても女性に見えるのであるが、歴とした男性である。
「え、で、でも……」
仁志は色々と言いたいことがあった。男性にしては声が少し高いことや、髪が長いこと。さらに言えば胸部が膨らんでいることなど。しかし、それを直接訊けば、今度こそセクハラとして扱われても仕方のないことだった。
「お客様の言いたいことはわかります。私のこの髪は地毛ですよ。キャストの中にはウィッグやエクステをしている子もいます。後、私は女声の練習中をしてまして、まだちょっと不完全ですが一生懸命がんばっています」
「女声ですか……?」
仁志もインターネットをしていて、両声類という単語を見たことがある。男性なのに女性のような高音が出せるような人のことである。直接会うのは初めてであるため、にわかには信じられなかった。
「ほら、ちゃんと地声も出せます」
せりなの地声を聞いて仁志は頭を傘の柄で殴られたかのような気分になった。先ほどの声と比べて本当に男性の声である。目の前の美女から男性の声が聞こえて、仁志の脳内に深刻なエラーが発生しそうになる。
「う、うお……すご……」
仁志は思わずそんな声が出てしまった。声を使い分けるなんて一般的な男性が普段やらないようなことなので、余計にすごく感じてしまう。
「ふふふ。驚いていただけたようでなによりです。一生懸命練習しているかいがありました」
せりなが仁志に微笑む。こうしてみると本当に女性にしか見えない。仁志は人類の可能性というものを感じざるを得なかった。
「それではシステムの説明の続きをしますね。当店では、お客様にキャストをつけることができます。キャストを指名することもできますが、その場合は指名料をいただきます。ただ、これは2回目以降のお客様限定のサービスですので、1回目は無料のフリー限定ですね」
せりながテーブルに備え付けてあった料金表を見せながら説明をしている。キャストによって指名料は異なるみたいで、人気のキャストは指名料が高くなっている。
「キャストと会話をお楽しみいただけると幸いです。なにかご質問はございますでしょうか?」
「あ、大丈夫です」
「かしこまりました。それでは、空いているキャストをお呼びいたしますので少々お待ちくださいませ」
せりなはそう言うと店の奥へと入っていった。仁志は緊張した面持ちで待っている。
まさか、ここが男の娘カフェだとは思いもしなかった。人生で生きていて1度も訪れることはないと思っていたような場所に入り、まるで借りてきた猫のように委縮をしてしまう。
ここがどういう場所かわからずに入店してしまい、後悔半分、好奇心半分と言った気持ちで待っている。
たしかに仁志は彼女にフラれたばかりで、「もう2度と女なんか信用しねえ」と心に思ったばかりであった。しかし、だからと言って男の娘に走るつもりは全くなかったのだ。
これで実際にハマったりしたらどうしようかと仁志は心配していた。でも、人生で1度くらいはそういう経験をして話のネタにしてみるのも悪くないのかもしれないなんて気持ちもある。そんな色々な感情がぐるぐると回っていたら、仁志のテーブルに向かってくる人物が1人。
「お待たせしました。わたしは、さなえです。よろしくおねがいします」
仁志のテーブルについたキャスト。色素が薄い金色の髪の毛。目はぱっちりとしていて、鼻筋も通っている。唇も程よくぷっくりとしていて柔らかそうなそんな雰囲気の男の娘だった。
さなえは仁志を見るなり、一瞬口を開いて驚いたような表情をした。仁志はこれに違和感を覚えてしまう。その違和感が仁志にある気づきを与えた。
このキャストとはどこかで会ったことがあると。それも結構身近な人間である。そんな
「あ、えっとこちらウェルカムドリンクです」
さなえはトレイの上に乗せてあったブルーハワイ色のドリンクを仁志のテーブルに乗せた。仁志はその様子をじっと観察している。
「あ、あの……どこかでお会いしませんでしたか?」
仁志のその言葉に、さなえがぎょっと目を見開いた。
「い、いやですね。お客様。来て早々ナンパですか? やだーもう」
さなえは冗談めかしてはいるものの、仁志の言葉に対して強く忌避しているようであった。仁志は確信した。この男の娘は知り合いの誰かであると。
しかし、仁志の友人関係に、さなえのような美人はいない。仁志の友人の顔は大体中の中が最大で、その中の中もどちらかと言うと骨格が男らしい感じで女装はとても無理なタイプである。
かと言って、中の下以下の方になるとメイクをしたところで、さなえのような美形になるようなことはない。となると、そこまでかかわりが薄い人間ではないかと仁志は思った。
でも、さなえも仁志を知っているようでお互いに面識はあるけれど、それほど仲が良くない立ち位置を考えてみる。色々と頭の中で知り合いの顔を思い浮かべてはスライドさせていくと、ある顔とさなえの顔に面影があるのに気づいた。
その名前は仁志にとっては忌々しいものであった。なにせ、仁志の彼女を奪った存在。飯塚 郁人なのだから。
メイクで少し顔の雰囲気は違って見えるものの、顔の基本的なパーツ。その配置までは変えることができない。郁人の顔のパーツとさなえの顔のパーツは一致していたのだった。
「飯塚 郁人……」
仁志はその名前をつぶやいた。さなえはその瞬間、手の持っていたトレイを床にドンと落としてしまった。
「失礼いたしました」
すぐに他のキャストが、さなえの出した音に対しての謝罪を店全体に聞こえるように言う。さなえは慌ててトレイを拾い、仁志の隣に座った。
「い、いやですね。お客様。わたし、そんな名前じゃありませんよ」
「いや、別に俺は飯塚 郁人があなたの名前だと言った覚えはありませんが……」
ここでさなえが墓穴を掘ったことに気づいた。仁志は名前を言っただけで、それがさなえの名前だと指摘したわけではなかった。
「あ、ああ。す、すみません。勘違いしてました。なにせ知り合い……あ、そうだ! 兄の名前と一致していたもので、びっくりしちゃって」
「兄? 飯塚 郁人は高校1年生。その弟なら年下で働けるはずがないんだけど」
さなえはここで更に墓穴を掘る。慌ててついた嘘に矛盾が生じてしまっている。
「ふ、双子です! だから年齢は一緒! 働けます!」
「え? 飯塚は一人っ子って前言ってなかったっけ?」
「いや、僕は姉が……あ!」
仁志がかけたカマにさなえ……否、郁人は見事に引っ掛かってしまった。仁志は郁人の兄弟構成など知る由もなかった。それほど深い仲でもなかった。でも、一人っ子が真実だとしても双子と矛盾するし、双子の弟がいる以外の兄弟構成だとこのように引っ掛かってしまうのであった。
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