第39話 脳がバグるカラオケ

 仁志と郁人はお互いのバイトのシフトを共有している。2人がバイト休みの日はそこにデートを入れるようにできるためである。


 今日は2人共バイトが休みの日。よってデートができる日であるが、仁志はどうやって郁人を誘おうか考えていた。


「なあ。郁人。今日カラオケ行かないか?」


 仁志は郁人をデートに誘ってみる。はたから見たら別にホテルに行くわけでもないし、男子同士でカラオケに行くのは普通のことで単なる友情にしか見えない。


「あ、ごめん。今日は委員会の仕事があって、遅くなりそうなんだ」


「マジかよ」


 それならば仕方ない。仁志は諦めかけたその時だった。


「委員会が終わった後なら良いよ。ただ、やっぱり時間がかかっちゃうから、さなえちゃんには会えないと思うけど」


「まあ、郁人とカラオケ行けるならそれでも良いか」


 仁志は女装に時間がかかることを理解している。自分も郁人に女装させられたことがあるから、どれくらい時間がかかるのかというものに理解を示している。


 1度家に帰ってから女装してまた出かけるとなるとかなり遅くなってしまう。そうなると高校生が出歩けるような時間帯ではなくなってしまう。


 そうなると、さなえとデートをするのは諦めなければならない。郁人と友情を深めるための遊びに妥協をすることも時には必要である。


 放課後、仁志は郁人の委員会が終わるまで適当に時間を潰していた。


 郁人が委員会を終えて小走りで仁志がいる教室へとやってきた。


「お待たせ」


「ああ。んじゃ行くか」


 男子高校生特有の軽いノリで仁志と郁人は学校から出て最寄りのカラオケ店まで向かった。


「それじゃあなにか曲を入れようかな」


 郁人がデンモクを取って曲を検索している。1発目は最近、流行りの男性アイドルの曲だった。


 仁志は郁人が歌っている間に自分の曲を入れようとする。しかし、聞こえてくる郁人の歌声に思わず聞き惚れてしまいそうになった。


 しっかりと低音を出せていて、とてもクールな感じに歌い上げている。


 プロの歌手と言うと少し大げさかもしれないけれど、そこらの一般人基準で見るとかなりうまい方である。


 仁志は世の中の不公平さに嘆くことになる。郁人は勉強もできて、運動神経も良くて、その上歌も上手い。そうなってくると弱点を探す方が難しいレベルである。


 なんにでも要領よくこなせる人間も世の中にはいるもんだと思い知らされてしまう。


 実際にこの歌声を女子が聞いたら掘れるだろうなということがわかる。なんだか郁人の後に歌うのが恥ずかしくなってくるレベルである。


「ふう……」


 郁人が歌い終わる。仁志はお気に入りの曲を入れたものの、郁人に歌が下手だと思われたらどうしようと言う想いがあった。


 仁志はマイクを持ち、自分の持ち歌を歌い始める。郁人の後で歌うことで仁志はいつもより声が震えてしまう。


 それくらいの緊張感を持ちながら歌ってしまう。郁人に歌が下手なやつだと思われたらとどうしよう。ダサいところは見せたくないと思ってしまう。


 希子の歌のレベルは自分と同程度レベルだったため、一緒にカラオケデートをしてもそこまで気おくれすることはなかった。けれど、歌唱力に差がありすぎるとどうしても引け目を感じてしまう。


 仁志は歌い終えてマイクを置く。続いて郁人の番である。


 郁人が入れた曲は女性ヴォーカルの曲だった。最近、人気が出てきている歌手でこの歌は映画の主題歌にもなっている。


「んんこほんこほん……」


 郁人は歌う前に数回軽く高めの咳ばらいをする。そして、歌い始めた。


「お、おお!?」


 仁志は思わず驚いてしまった。郁人の声が明らかな女声だからである。この歌い方はさなえがそのまんま歌っているかのような声である。


 さなえの声の状態でもきちんとクオリティの高い歌声なことに仁志は驚きを隠せなかった。


 仁志も興味本位で女声の練習をしてみたが、うまくいかず。意識してやろうとするとかなり難しい。


 しかし、郁人は自然な感じの歌声でさなえの声を出している。仁志も女声に関して素人ながら、これはすごいと思わず感嘆してしまう。


 仁志は郁人の歌声に聞き惚れて目を瞑ってしまう。目を閉じれば聞こえてくるのはさなえの歌声。


 まるで天使のような姿のさなえが仁志のまぶたの裏に浮かび上がり、気持ちを昂らせてくれる。


 サビを聞き終えた後に仁志が目を開けてみる。この歌声の持ち主をさなえでイメージしていたら、歌っていたのは紛れもない郁人であった。


 脳内イメージは完全に可憐なさなえの姿であったが、現実として郁人は女装をしていないので歌っているのは男子。


 その事実に仁志の脳が深刻なエラーを引き起こそうとしている。


 仁志はもう1度目を瞑ってみる。歌っているのは郁人だと認識した上でもイメージするのはさなえの姿である。


 でも目を開ければ郁人が歌っていて……この脳内のイメージの差が仁志を更に混乱させる。


「ん……? んー?」


 仁志は頭をひねる。なぜ、郁人は女装していないのに女声を出せるのか。この声はさなえのものではないのか。


 そんな意味不明な考えばかりが頭の上でぐるぐると回る。


 冷静に考えれば、郁人の姿のままでも女声は出せるはずなのである。


 しかし、仁志は郁人の姿のまま女声を聞いたことなどあまりなかった。ずっとさなえの時にこの声を聞いていたから、脳内イメージが完全に崩壊してしまっている。


 歌い終えた郁人は仁志のことを心配そうに見つめている。


「どうしたの? 仁志。具合でも悪い?」


「あ、いや。なんでもない。ただ、郁人ってそんな声出せたんだなって……」


「いやいや、なに言っているの? 仁志。散々僕の声を聞いてきたじゃないか」


 郁人からしてみたら、仁志が言っていることの意味がわからない。郁人はさなえ。さなえは郁人なのである。


 しかし、仁志の認識としては、郁人は郁人、さなえはさなえというもので2人が同一人物であることは理解できているつもりだが、心のどこかでは同一視できていなかった。


 実際に郁人からさなえに変身する姿を仁志は見ていないのである。郁人が女装を始める時はいつも仁志が見ていないところでやっているのである。


 だからこそ、実際に郁人がさなえに変わるイメージをすることができなかった。


 行為にいたるときも、さなえの服を全部脱がしていたわけではない。服を全部脱がしてウィッグを取ればただ単に化粧をしただけの郁人になるわけであるが、仁志はそんな状態で抱けるほどまだレベルは高くなかった。


 となると、郁人とさなえの境はどこにあるのか。そういう哲学的な話にもなってきて、仁志の脳内は更なるパラドックスに飲み込まれる。


「そんなにこの声を出すのが変なの?」


 郁人はさなえの声で仁志をからかってみる。仁志は両手で頭を抱えてしまう。


「あ、ごめん。そんなにアレだった?」


「す、すまない。本当に脳がバグりそうなんだ」


「ご、ごめん。仁志の前じゃないとこういう男性の声と女性の声を使い分けられないかなと思って」


 郁人は一応、周囲に自分が女装していることを隠している。女装に繋がる情報として女声を出せるというものも周りには言ってないのである。


「あ、いや。もう大丈夫だ。なんとか慣れてきた」


 仁志はそんな郁人の気持ちを汲んだ。


「大丈夫? 本当に無理しなくていいから」


「いや、むしろ……郁人。俺と2人の時くらいは自然体でいて欲しい」


「自然体……そう、なんだ……」


 まるで恋人にでも言うようなことを、さなえではなくて郁人に言う仁志。仁志はここで郁人を自然に口説いていることに気づいてしまった。


「あ、いや。べ、別にその……深い意味はないからな」


「う、うん。わかってる……」


 カラオケボックスという密室にて2人は照れている状態になった。

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二重NTR‐TRAP 下垣 @vasita

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