第35話 義姉が放り込んだ爆弾
「いやー。いっぱい服買っちゃった。てへへ」
茉莉香は洋服が入った紙袋を持って満足気に微笑んでいる。
仁志と郁人は結局2時間ほど買い物に付きあわされてしまった。
「そろそろお昼だね。なにか食べようよ。フードコートが近いかな?」
茉莉香の提案でショッピングモール内にあるフードコートで食事をとることにした。
それぞれが食べたいものを注文する。茉莉香は塩ラーメン、郁人は鳥天丼、仁志はチーズバーガーを食べることにした。
「いただきます。ふーふー……」
茉莉香は口をとがらせてふーふーと塩ラーメンを冷ます。仁志はその姿にエロスを感じてしまうものの、郁人の目の前でじっと見るわけにもいかないので、茉莉香から視線をそらした。
仁志からしてみたら、郁人と顔が似ている女性がいるのである。それを見ないようにするのは難しいことであった。
本当に好きなのは郁人であることは間違いないが、どうしても雑念というものが沸いてしまう。
男子で童貞を捨てたものの、仁志は男子が好きなわけではなくて、好きになった相手がたまたま男子だっただけに過ぎない。
ちょっとしたきっかけがあれば、すぐに女子に好意を寄せる方に戻ってしまうことだってありえる。
仁志はチーズバーガーを食べることに集中した。一方で郁人はそんな仁志のことを横目でチラリと見ていた。
ここはやはり恋人として、仁志が浮気をしないかどうかきちんと監視をしなければならない。
「ねーねー。2人はどうして仲良くなったの?」
茉莉香の発言に仁志と郁人の2人の間に緊張が走る。
普通の関係であれば、特になんてことはない質問である。そのまんま正直に答えればいいだけの話だ。
しかし、この2人の場合仲良くなったきっかけも特殊なことで正直に言うのは少し躊躇してしまう。
「ほら、その……仁志が僕に勉強を見て欲しいって言ってきてね。それで仲良くなったんだよ」
郁人は少しの真実を混ぜて返答する。郁人と仁志が一緒に勉強をしていたのは紛れもない事実である。
事実、事情を知らないクラスメイトからしたら、それは信じられる情報である。
「ふーん。そうなんだ。郁人君は頭が良いからねー。姉として誇らしいくらいに」
茉莉香はにこにことしながら再びラーメンを食べる。2人は余計なことを突っ込まれずに済んでほっとした。
「でも、頭が良すぎるのも考え物だけどねえ。郁人君、高校卒業したら海外留学する予定なんでしょ?」
仁志の手がぴたりと止まる。
いつかは来るかもしれない郁人との別れ。国内であればある程度の遠距離も覚悟できるし、ついていくという選択もできるが、海外ともなるとそれも厳しい。
郁人は仁志とは比較にならないくらいに頭が良くて、いつかは仁志をどこかへと置いていってしまうのかもしれない。そう思うとやるせなくなっていく。
「そんなこと言っても僕は外国に行くことが夢だったからね。そこで暮らして自分の知見を広げてみたいんだ」
「もう……ずっと日本にいればいいのに。仁志君もそう思わない?」
「え? お、俺……?」
急に話を振られれて仁志は困惑してしまう。郁人が海外に行くかどうか、それは本人の意思であり、関わってくるとしても一緒に住んでいる家族とかだけ。
仁志が口出しをするようなことでもなかった。
「ほら、友達として行って欲しくないとかあるんじゃないの?」
「そ、そりゃあまあ……」
できれば仁志も郁人にはずっと日本にいて欲しい気持ちの方が強かった。いつか手が届かない距離に行ってしまうのはどうしても辛い。
「やめてよ。お姉ちゃん。仁志は関係ないでしょ」
「か、関係ないって……」
郁人の口からいざそう言われると仁志は傷ついてしまう。たしかに郁人とは家族と比べたら繋がりは弱いかもしれない。
それでも、関係ないとは言って欲しくなかった。
「俺は……行きたきゃ勝手に行けとは思いますね。いくら友達でもそこはやっぱり本人の意思なので」
仁志はつい言葉にもないことを言ってしまう。郁人はその仁志の冷たい物言いにちょっとショックを受ける。
「ふーん。やっぱり、男の子同士ってそういうところドライなんだねえ。私だったら友達が海外留学するってなったら、行かないでーって縋っちゃうかも」
仁志だって郁人に海外留学して欲しくない。でも、本人が望んでいるならそれを止めることはできない。
もし、仁志が引き留めて郁人がそれに従ってしまったら……仁志はそれはそれで後悔するだろう。
この感情は一言で言い表せないくらい複雑なのだ。願わくば、仁志も郁人と一緒に海外留学するということが理想であるが、それも中々に難しい話であろう。
「別に……僕は誰になにを言われようとも絶対に留学はするつもりだから、例え仁志が泣いて止めようとしたって、僕の意思は変わらない」
「そうか……そんなに本気なんだな。止めねえよ」
行かないで欲しい。仁志にはその一言を言うことができない。だから、もし郁人が日本を発つその日にはきちんと見送ろうと心に決めることしかできない。
「ねえ。仁志君。もしかして意地張ってない? 郁人君も……」
「え?」
2人は驚いた。まるで自分の心を見透かされているかのような気持ちになった。
「まあ、男の子は意地っ張りなところがあるからね。たまには素直になってみるのもいいかもしれないよ」
仁志と郁人はお互いに視線を向け合う。
「僕は別に意地を張っているわけじゃないし……意地を張っているとしたら仁志の方だ」
「な、なんだと。俺のどこが意地張っているって言うんだよ」
「そういうところだよ。すぐにムキになる」
「……! なんだと。お前こそ、俺なしで海外生活なんてできるのかよ」
茉莉香の一言は完全に火に油を注いでしまった。茉莉香もまさかここまでになるとは思わなくて、おろおろとしてしまう。
「あ、あの……ごめんね。喧嘩はやめて」
「ごめん。お姉ちゃん。ついカッとなった。仁志もごめん」
「あ、俺の方こそ悪かった。別に喧嘩をするつもりじゃ……」
2人の間に気まずい空気が流れた。謝罪はしたものの、わだかまりはまだ残っていて2人はうまく話すことができなかった。
「俺は応援するよ……それが友達ってもんだろ」
「うん。ありがとう」
仁志が精いっぱい出した言葉。郁人もそれを素直に受け取り、一応この場は丸く収まった。
食事を終えた後、3人はショッピングモールを更に歩く。その時、茉莉香が立ち止まった。
「あ、ごめんなさい。ちょっとお手洗い行ってくるね」
茉莉香は女子トイレに向かい、仁志と郁人の2人だけになった。
2人きりにあった途端に郁人は切なそうな表情をする。
「友達として……か」
「郁人?」
「僕たちの関係って友達なの?」
「それは……仕方ないだろ。あの場ではああ言うしか」
まさか恋人ですなんて堂々と言えるようなものではなかった。仁志と郁人は同性同士である。それが悪いわけではないが、どうしてもそれに引け目を感じてしまう。
「じゃあ、恋人としての本音はどうなの?」
郁人が仁志に迫る。仁志は思わず1歩引いてしまった。
「そ、それは……できればお前と一緒にいたいよ。でも、仕方ないだろ」
「もし、仁志が本気で止めたら、海外留学を考え直すって言っても?」
「え……それは……」
仁志は言葉に詰まる。沈黙の数秒間、仁志は必死に郁人のことばかりを考えていた。
自分と郁人の関係。一緒にいたい思い。それと応援したいという気持ち。その二律背反に折り合いが中々付けられずにいた。
「……それでも、いや、だからこそ……俺は引き止めないと思う。俺は郁人と一緒にいたいけれど、それは郁人を縛り付けたいって意味じゃないから」
「そうなんだ……ありがとう」
郁人は仁志の気持ちを理解できた。だからこそ、固まる決意というものもあった。
「もし、海外留学が決まったら、僕は絶対にそこでの経験をものにする。そしたら……また一緒になろう」
「……ああ」
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