第21話 夏休み開始

 期末試験が終わって学期末となり、もうすぐ夏休みが近づいてきた。


 学生にとっての一大イベントである夏休み。仁志と郁人も当然楽しみにしていたのであるが……


「うへえ……店長にバイト多く入れないか頼まれてしまった」


「それは大変だね」


 教室にて郁人は仁志の席の前に立ち、愚痴を聞いている。


「夏休みということで大学生バイトが実家に帰省するということで、結構な数の穴が開いちゃってなあ。それでその穴埋めとして、高校生の俺がこき使われるはめになってしまったんだ」


 仁志は机に突っ伏しながら愚痴っている。


「まあ、でも良いじゃない。稼げるチャンスだし」


「金が稼げるのは良いけど、飯塚と遊べる時間が減るのがどうしてもな」


 夏休みの時期というのは特に忙しいので、仁志のバイト先も新たに人員を募集している。


 しかし、それでも穴は埋まりきらないので元からいた仁志にそのしわ寄せがきているのである。


「飯塚のところはどうよ。夏休みは忙しくなったりするだろ?」


「うん。接客業はどうしてもね。ウチは結構大学生の人も来るから」


「高校生は?」


「高校生で来ているのは風見君くらいなものだよ」


 意外とレアな高校生の客として仁志はなんとなく勝った気になった。


「まあ、でもお互いの休みが合う日は遊べるといいな」


「そうだね」


 仁志と郁人が夏休みに遊びに行く計画を立てていた。幸いにして2人は働いていて高校生ながらにしてそれなりの金額は持っているのである。遊びに行くお金は十分にある。


 後は時間の調整さえできればの話である。


「それじゃあ。夏休みのシフトがわかったら、予定送るから」


「うん。僕もシフトがわかり次第送るね」


 仁志と郁人がお互いに楽しい会話をしている一方で、希子も友人と会話をしていた。


「ねえ。希子。夏休みどこか遊びに行く?」


「んー。どうだろうねえ。最近、結構金欠でやばいんだよね」


 希子はメイクやらファッションやらにお金を使いすぎていて、それで金欠になってしまったのだ。お小遣いだけでは足りない状態に希子は頭を悩ませていた。


「それじゃあ、夏休みはバイトとかするの?」


「うーん。バイトとかも考えないといけないのかなあ。めんどくさいなあ」


 希子はネイルをいじりながら気だるそうに話している。友人も希子の最近の変わりように少し心配になっている。


「希子。夏休みだからってハメを外しすぎないでね」


「え? 何々? どういうこと?」


「最近の希子を見ているとなんか心配でね。夏休みが終わると結構変わっちゃう子とかいるじゃない?」


 高校生にとっての夏休みというのは短いようで案外長いものである。学校から解放されたこの時期、色々な誘惑も多くてそこで人生を狂わされてしまうような生徒も中にはいるのである。


「心配ないって。私は別にそんなにねえ。ハメを外すようなお金もないし」


「う、うーん。まあ、程ほどに楽しんでね」


 友人に心配されるほどに見た目も性格が変わってしまった希子。


「ねえ、希子。夏休みどーする?」


 クラスのギャルが希子に話しかけてきた。少し前の希子ならば縁もないような相手である。


「んー。わかんない。バイトとか考えているけど」


「えー。バイトとか真面目かよ」


「しょうがないじゃない。お金ないんだから」


 ギャルと楽しそうに話し始める希子。元々の友人を置いて盛り上がってしまう。希子の友人は寂しそうに自分の席へと戻っていった。


 そして、終業式が終わり夏休みが始まった。


 今日から自由だと多くの生徒たちが羽を伸ばす。だが、仁志はコンビニバイトで朝から晩まで働くことになってしまう。


「いらっしゃいませー」


 コンビニに女性客が入ってきた。仁志はその女性客を目で追ってしまう。


 前までは女性を見てなんとなく、かわいいとかキレイとか思うことはあったが、それ以上特に観察するところなんてなかった。


 でも、今の仁志は女性が付けている服装にも注目してしまう。本物の女性のコーデを見ていて、それが男性にも適応できるのかどうかを脳内でシミュレーションしてしまう。


 今回の女性は体型が出やすいファッションをしていたので、男性が女装するとしたら結構厳しいものがある。やはり男女で骨格が違うので女性のファッショんをそのまま使えるというわけでもない。


 そうしたことも頭に入れるようになったのは、仁志の人生に大きく影響を与えたことだと言える。


 そして、女装しているさなえでも結局のところ、骨格は男子のものである。いくら顔が中性的と言っても骨の成長までは止めることができない。


 さなえにも似合う女装と似合わない女装があって、そういう部分ではやはり、さなえも男子なのであると認識せざるを得ない。


 改めて、自分は男子を好きになってしまったことを認識する仁志。昨今ではLGBTに理解を示す人も増えてきてはいるが、それでもやはりマイノリティであることは事実である。


 希子と付き合い始めた時、自分は女子が好きだと信じて疑わなかった仁志であるが、さなえと出会ってからは恋愛観もがっつりと変わってしまった。


 かわいければそこに性別は関係ないとすら思ってしまう。


 でも、郁人はどうだろうか。郁人も一応は仁志のことを好いてくれているみたいではあるが、別に仁志はかわいいとかそういうのではない。


 女装は1回だけしてみたけれど、それだけである。郁人は男子のままの自分を好きになってくれている。


 そちらの方が女装を好きになるよりもハードルが高いことであり、郁人の方がすごいのではないかと仁志は思った。


 それとも、女装をしたことで心が女子になったことで恋愛対象も男子に変わったのだろうか。


 でも、そうなると郁人が希子と付き合っていたことについての説明がつかない。


 郁人は女子も好きなのか、それとも男子だけを好きになってしまうのか。それもわからない。


 自分たちは割とどっちの性別が好きかなんて曖昧な気がしてきて、その辺の感情が仁志自身もわからなかった。


 仁志と郁人に限らず、人間が同性を好きになるのか、異性を好きになるのか。その辺のことは割とハッキリしないのかもしれない。


 そんなことを考えていると女性客が仁志のレジの前に立った。


 仁志はレジを打つ。女性客が買ったものは食料品である。会計が終わったらそれを袋に詰めて渡す。


 なんの変哲もない動作である。バイト中はずっとこれの繰り返し。


 仁志はあの女性客を見て何を思ったのか自分でも考えてみる。あの女性はどちらかと言うと美人な方である。


 しかし、美人だとは感じるものの付き合いたいとは思わない。


 郁人の存在があるから? 本当にそうなのだろうか。希子と付き合っている時でも女性に目移りしてしまうことはあった。


 あの人はキレイだとか、かわいいとかで、道行く女性の姿が強く印象に残ってしまうこともあった。


 でも、仁志はあの女性のことについて、あまり印象に残っていなかった。


 今すぐ顔を思い出せと言われれば、顔を思い出せる程度。後、数分もしない内にそれすらもできなくなるかもしれない。


 もしかすると、仁志は女性を好きになる感情というものがどんどんと削られていっているのかもしれないと思い始めた。


 それほどまでに郁人の存在というものが大きくて、仁志に影響を与えているのだと言う。


「なあ、今のお客さん、結構胸でかかったよな」


 仁志の先輩のコンビニバイトがそんなことを話しかけてきた。


「そうですね」


 仁志は適当に相槌を打った。でも、仁志はそんなことは特に印象に残ってなかった。だって、仁志は道行く女性がどうでも良くなるくらいに好きな相手がいるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る