第18話


──俺はある人物に会うために、再び屋敷へと訪れていた。

彼女はベッドの上で、上半身を起こしていた。

ただ、何をするわけでもなく、茫然としている。


「──ルカさん」

「……誰?」

「俺はリスタだ。覚えているか?」

「貴方は……私を助けてくれた人間……」


どうやら船の出来事を覚えていてくれたらしい。

勇者パーティのルカさんは、治療系『祝福』を持つ医者たちの、献身的な治療によって一命をとりとめた。

しかし、命を優先とした治療によって、腹部に酷い傷跡が残った。

後遺症はそれだけじゃない。


「お願いがあってきたんだ」

「……なに? 私、もう戦えないよ? 足が……動かないの」


彼女の両足はもう動かない。


「それにもう無理だよ、戦えない……!」


ルカさんは、シーツで顔を隠してしまう。身体が震えている。

無理もない。

気がつけば死にかけていて、目が覚めたと思えば、彼女は仲間を全て失い、足も動かなくなっていた。

もっと何か出来る事があったんじゃないかって、泣いている彼女を見ると、どうしても思ってしまう。

できるなら、そっとしてやりたい。

それでも、ドラキュリアに勝つために彼女の協力が必要だった。


「ルカさんは戦わなくていい。でもお願いがあるんだ」

「……お願い?」

「ドラキュリアに勝つために、ルカさんの『祝福』で、ある薬を作ってほしいんだ」

「……四天王と戦うの? 死ぬよ?」

「分かってる」


僅かに出した目で、僕を見つめながら問いてくる。

分かってる、確実に死ぬだろう。

だからこそ、必要なんだ。


「……毒は無理、神々の意思によって作れないようになっている」

「人種側の神々は『祝福』で“直接”他者を傷つける事を望まないから、ですよね?」


コクリとルカさんは頷いて肯定する。


「だけど、『祝福』は使い方次第で事だってある」


エルフさんたち術師は、この間接的事象をあえて発生させる事で、本来は持ち得ない攻撃性を会得している。


「ルカさん、例えば物体を遠くに飛ばすための薬、あるいは邪魔な岩を破壊するための薬なら作れるか?」

「それって……うん、作れるよ。でも材料が無いと、数を揃えるには時間が足りない」

「材料はトゥルベント家が集めてくれると約束してくれた。それで時間なんだが、一個だけなら直ぐに作れるか?」

「うん、材料さえあれば五分も掛からない」


ルカさんは、僕が何を作ってほしいのか察したらしい、話が進む。


「なら頼む、一個だけでいい──威力の高い〈爆薬〉を作ってくれ」


頭を下げる。良いと言うまで上げるつもりはない。


「……あの時、勇者あの人の側に居たの……カチって音がしたと思ったら……突き飛ばされた」


ぎゅっと布団を握りしめて語られるのは、ルカさんが生き残った真実。

彼女が助かったのは、ひとり遠くに居たからじゃない。

むしろ、誰よりも勇者さんの側に居たからだ。


「……仇を取ってくれる?」

「必ず」


断言すると、ルカさんは躊躇いながらも、“じゃあいいよ”と言ってくれた。



+++



「──リスタ、けっきょく逃げてくれなかったのだな」

「貴方たちはどうなんだ?」

「私たちはもう年ですからね。長旅は体が持ちませんよ」

「移動しながら暮らすのはかなり面倒だゾ」

「ナハハ、まあ何もしないで捨てるには、ここで長く生きすぎたわな」


ドラキュリアと五十体の人狼族ワーウルフが動き出したのは、中途半端な昼過ぎだった。


「……来たぞ! 自警団だ!」

「リスタ君はもう、すっかり自警団として認識されていますね」

「もう好きにしてくれ……」

「ナハハ! まっ、その話は無事に帰ったら聞かせてくれや!」


西門へと集まっていた兵士たちが、やってきた俺たちに気づいて声を上げる。

エルフさん、ドワーフさん、プティットさん、ランキールさんの『砦』の最高戦力である自警団。そして極東の軽装甲冑を着込み、腰に極東刀と小瓶入りのポーチを携えた俺の五人五種。


白い槍を無数に伸び生やす事の出来る集団殺傷能力に長けているドラキュリアに対して、軍団で戦っても足止めにもならない。

よって小鬼族ゴブリン四腕系巨人族クワ・トロール戦と同じ要領で、人狼族ワーウルフを『砦』で受け持ち、孤立したドラキュリアを自警団が倒す。


──それが、兵士たちに伝えられた表立った作戦である。


通り過ぎる兵士たちから多くの声が掛けられる。

頑張ってくださいと、武運を祈りますと、俺も連れて行ってくれと。

死ぬなよと、生きて帰って来いよと、逃げてもいいんだぞと。

自分たちも命懸けで戦う事になっているのに、俺を案じてくれている言葉も少なくなかった。


純粋に嬉しかった。同時に一度は逃げようとした事が申し訳無かった。

でも今は何よりも、ただこの場所へと帰りたいと思えた。


「それでは開きますよ──〈転移扉ワープゲート〉」


見慣れた転移の扉が表れて、開かれる。

奥にある景色は、港側の一本道。

ドラキュリア魔族群が迫ってくる戦場だ。


「行くか」

「はい!」


≪行って来い! 祝勝会は全員強制参加だ、忘れるなよ!≫


西門番長の相変わらずの大声に見送られながら、転移門を通り過ぎる。

扉が閉じると、兵士たちの声援が聞こえなくなった。

心を蝕む静粛となるが、誰の目も無くなった証だと、本来の作戦を始める。


「プティットさん、お願いします」

「……分かりました、〈転移扉ワープゲート〉」


再び転移の扉が開かれる。

ただし、先程とは違い、この扉に潜るのは俺だけだ。


本来の作戦。というほど大層なものじゃない。

ただ迫りくる人狼族ワーウルフも、ドラキュリアも、俺ひとりで戦うというだけの話だ。

自警団のみんなは、俺を無視して通り抜けた人狼族ワーウルフの相手をしてもらう。

つまり完全に騙す事になってしまったが、『砦』で待つ兵士たちの出番はない。上手く行けば自警団も戦わない。

……そうであって欲しいというのが、この作戦の全容だ。


集団戦闘はドラキュリアの『血脈』の前では無意味。

勇者さんたちみたいに遠距離から狙われて、何も出来ずに死んでしまう可能性が高い。

だから、不意打ちで殺されたとしても蘇る俺が、自警団とは数キロ距離を置いて単身で戦うしかない。

それが最も、全員で生きて帰れる手段だ。


「リスタ」

「今更駄目だって言われても辞めないから」

「いや、もう止めはしない。ただ後ろに私たちが居る事を忘れるな」

「……分かってる」


エルフさんたちには、俺の『祝福』に付いて、条件を達成すると徐々に強くなっていく、その代わり人格も変わって行ってしまう能力である事を伝えた。


──でも、エルフさんにはきっと。

内心でも言葉にはしたくなかった。

してしまうと、今の〈俺〉だと無意識に口に出してしまいそうだから。


「……じゃあ行ってくる。あんまり無理するなよ!」

「おう、リスタもな!」


自警団に見送られながら、〈転移扉ワープゲート〉を潜り、俺だけさらに数キロ先へと移動した。


俺だけしか居ない一本道。

ここで俺はひとり、五十体の人狼族ワーウルフ、そして四天王ドラキュリアと戦う事になる。

立てた予想通りなら、あと数分でドラキュリア魔族群はやってくるだろう。


その間にユキネ様から頂いた装備の具合を最終確認する。

動き安く、軽さを重視した極東鎧。

篭手や脛当てなどは従来の防御力を誇っているが、それ以外は軽くするために薄く成っているものらしい。

この甲冑を選んだのは、俊敏な動きが得意な魔族と戦うから重くしたくなかったというのもあるが、動けなくなる手足の傷を受けづらくして、急所を狙われやすく、最悪のばあい簡単に殺されやすくするためだ。

よって兜は置いてきた、頭を狙われたほうが一番都合がいい。


──サイズもピッタリ、まるで単なる布服のように動ける。本当にいい鎧だ。


腰に携えた極東刀を抜き放つ。

銘は【夜終よもすがら】。

ユキネ様が常に腰に差している極東刀と対をなすものらしく、持ち手が恐怖を覚えるほどの切れ味らしい。

曰く付きらしく、実際たった数時間振るっただけで手に馴染み、直ぐに扱えるようになったのには、どうしてか俺の変化して得た戦闘センス以外に要因があるように思えた。


最後に腰にあるポーチに触れて、中に入っている瓶を確認する。

できれば使いたくないが、おそらく直ぐに使うことになる。


「……静かだな」


今まで避けてきた誰も居ないひとりぼっちの静粛。

思考が活発になって、なんでも思い浮かべてしまう。

例えば、これから俺は何回死なないと行けないだろうか、とか。

これから〈俺〉はいったい、どんな風に変わってしまうのだろうか、とか。

実は回数制限があって、次死んだら終わり、とか。

蘇っても、変わっても、勝てるだろうな、とか……。


「……死にたくないな……帰りたいな……」


ひとりぼっちで良いことは、誰も本音を聞いていない事だ。


──音が聞こえてきた。視界に映った。

狼と人が混じった見た目の魔族、間違いなくあれが人狼族ワーウルフだろう。

俊敏な動きを得意とし、鉄をも切れる牙と爪を持つとされる魔族の中でも強敵とされる。


話に聞いていた数よりも若干、少ない気がする。

ドラキュリアは見えない。後ろに控えているのか?


──オォオオオオオオオオ!!


考え込んでいると、あちらも気づいたようで、遠吠えで威嚇してきた。


「──ふっ」


なんだかユキネ様と初めて出会った時の事を思い出してしまった。

狼の遠吠えよりも、ユキネ様の猿叫のほうが響いたけどね。

そうだな。気合を淹れるために俺も……。

夜終よもすがら】を握りしめて、大きく息を吸った。


「──ぁああああああああああああああ!!!」


腹の底から叫び、走り出す。

人狼族ワーウルフたちも、俺に向かって走り出した。

敵のほうが数的有利な状況、正面から向かう愚の骨頂だ。

だからこそ行く。


「死んでやるから──生きて帰らせろ!!」


人狼族ワーウルフたちは、噂に違わぬ速さだった。

あっという間に間近へと迫られて、ナイフ並みに切れるとされる爪で切り裂こうとしてくる。

避けて反撃、【夜終よもすがら】で斬る。

邪魔な人狼族ワーウルフの伸びた腕を切断し、そのまま首を落とす。


……なんて切れ味だ、全く力を入れていないのに骨ごと断てた。

夜終よもすがら】。剣と違い、正に斬ることしか頭にない、殺傷特化の兵器だ。


続けざまに、もっとも近かった人狼族ワーウルフを、雑な胴当てごと切断。

三体目が腰を低くして接近、噛み砕かんと開いていた口の中に【夜終よもすがら】を刺しこんだ。


「──アォ、アオオオオオオオオオオオオ!!」


死体から刀身を引き抜くと、残っていた人狼族ワーウルフが吠えた

何かの合図だったのか、人狼族ワーウルフの動きが変わる。

一定の距離で立ち止まり、腰を低くして、両手を地面においた。

腰を上げている四つん這いの姿勢と呼ぶべきか、口を開いて牙を露出させたのを見て、脇を締めて刀を盾にするように構えた。


──人狼族ワーウルフの足元が爆ぜ、大砲で撃ち出された玉の如く、超高速で俺に向かって突進してくる。

人狼族ワーウルフの『血脈』、〈拒絶衝撃ヒットバン〉は肉体に触れている部分に衝撃を与える能力。

人狼族ワーウルフは足元の地面に衝撃を与えて、今のように急加速して、相手に襲いかかる戦い方を得意とする。


ただ、弱点として使ってしまえば直進にしか動けなくなるのが挙げられる。

反応できれば、そこまで脅威ではない。

向かって来る一体にタイミングを合わせて、【夜終よもすがら】を上段から一気に振り下ろす。

真っ二つとなった肉体が、左右に別れて通り過ぎる。

続けて左から突進してきた人狼族ワーウルフを横薙ぎに切り捨てる。

背中に衝撃。ぶっ飛ばされる。


「がはっ!?」


何度も転がってから、仰向けに止まる。

体内の空気が一気に吐き出された、痛みで息が出来ない。

刀は握れている、人狼族ワーウルフたちが囲んでくる、直ぐに反撃しないと。


そう思って頭を上げて瞳に映し出されたのは、何体もの口を開いた人狼族ワーウルフが襲いかかってくる光景だった。

狼たちが倒れている俺を囲い、好き勝手に爪で身体を切り裂き、牙で噛み千切ろうとする。


痛い、大丈夫、計画の家だ。

それでも痛い。

本当に痛い。


──ああ、やっぱ嫌だな。もう帰りたいな────。


右腕を動かし、腰にあるポーチから瓶を握りしめて、前へと突き出した。

すると人狼族ワーウルフの1体が、ニヤつきながら手を瓶と噛み砕いた。


──轟音と共に、全てが弾け飛ぶ。


一瞬、羽のように軽くなり、浮遊感に包まれる。

視界が何処かへと飛んでいく。

ああ、吹き飛んだんだなと理解した時には、視界が真っ暗になって──。


──蘇った。

人狼族ワーウルフたちが喚いている。

見た感じ、俺の身体で遊んでいたやつら六体全員、爆死したようだ。


ルカさんに作ってもらった“爆薬”は、想像よりも強力だった。

外気に触れるだけで爆発する超危険物。

人狼族ワーウルフが瓶を噛み砕いた事で俺たちを巻き込んで爆発。

本人には内緒だが自爆用にと作ってもらったもの。

その威力は想像以上になっていた。


ポーチの中身を確認する。予想通り瓶と中身が戻っている。

ダメ元だったけど、ここまで戻るのか。

ここでようやく気づく、何かがおかしいという違和感。


「──どうして?」


それに気づき、動揺する。

焦る、不味い、意味が分からない。

不意打ちするつもりだったが、人狼族ワーウルフたちが蘇った事に気づいて復帰。

襲いかかってきたので【夜終よもすがら】で斬っていく。

逃げ出して『砦』の方へと向かうものが表れ始めたが、追うことはできず、自警団に任せるしかない。


そんな中で、何度も同じ言葉を繰り返す。

どうして、どうして、どうしてと。


「あ」


戦いに集中しきれずに、一瞬の油断が命取りとなる。

『血脈』による急加速接近を許し、喉元を噛みつかれた。


「ぎゅ! が──!?」


人狼族ワーウルフの咬合力は尋常ではなく、そのまま喉を骨ごと噛みちぎれられる。

首の半分以上が食われたようで、ぐるんと視界が反対になりながら落ちる。

地面にぶつかった衝撃を最期に──


蘇り、首を食べた人狼族ワーウルフの首を斬り返す。


「……どうして、どうしてっ!?」


──それから何度も殺し、殺された。

人狼族ワーウルフの数は着実に減らせている。

だけど、死んで蘇る度に、人狼族ワーウルフたちを殺せる数が減っていく。


刀を振るう速度が遅い。動きが鈍い。

爪の斬撃に追いつけず、体を引き裂かれる。

噛み付きには、腕を犠牲にしないと反撃できなくなった。

急加速の突進は完璧に避けられなく成って、瓶を割らせる事で諸共、爆死する事しかできなくなった。


「どうして」


それでも、ここに残った人狼族ワーウルフたちは何とか倒しきった。

終盤逃げるように何体か、『砦』の方へと向かったが、そちらは自警団に任せるしかない。

なにせ、いま起きている現実を、受け入れられていないのだから。


「どうして、どうしてだ! どうして〈僕〉になる!?」


──〈僕〉はリスタ、〈俺〉じゃないリスタ。

蘇る度に僕は弱くなっていた。

戻れるなら戻りたいと、確かに望んでいた。

でもどうして、このタイミングなんだ!?

まだ僕は戦わないと行けないのに、このままじゃ──。


「──やはり間違っていなかったようですね」

「がぁっ!!?」


地面から伸びてきた白い槍が、篭手と脛当てを容易く貫通して突き刺さる。


「……っ! まさか、ずっと見ていたのか……部下の人狼族ワーウルフを殺されるのを、ずっと遠くから見ていたのか!?」

「貴方、どうやら死なないみたいですね?」

「四天王ドラキュリアっ!!」


──ゆったりとした足取りで、ドラキュリアがやってきた。


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