第13話
会場入りを果たした五人五種の勇者パーティ。
語彙力のない感想になるが、彼らは勇者と、そのパーティと呼ぶに相応しい人たちだった。
彼らの素性は、周りの参加者たちの話を聞いて、おおよそ知る事ができた。
人間の勇者は、あらゆるものを瞬時に習得できる天才。
幼少期、自ら勇者になりたいと単身で『城』にやってきて、王へ直訴、大人たちを納得させて実現させた傑物である。
微笑みを浮かべながら語られた勇者らしい演説は、やけに心が残った。
踵まで伸びる長い紫髪の、退廃的な女性エルフ。
人間で言う所の20代前半の姿から年齢は200歳ほどか。
エルフさんと同じく、神々から授かった自分の『祝福』を探求する術師。
材料さえあれば、あらゆる薬を作り出す事ができるらしい。
『教会』から聖人認定された者のみが授けられる法衣を着た、男性プティット。
四肢が欠損しても完全再生する事のできる『祝福』を持っている。
聖人が勇者パーティに参加するのは極めて異例な事のようで、よく『教会』が許可を出したなと驚いていた。
バルベール王族に長く仕えていた執事長のドワーフ。
国内のドワーフたちの間では、誰もが知るほど有名人らしく、彼らによるサイン会が発生していた。
ドワーフは上に立つ事よりも、上に立つ者に仕える事を誇りに思う文化がある。
ゆえに王族に仕え、勇者に仕える事になった彼はドワーフたちからすれば、憧れるほどの成功者なのだろう。
背中に二本の長剣を携えているランキールの剣士。
僕も名前を聞いたことがある傭兵で、心から驚いた。
帝国領土の激戦区にて数々の武功を立てた人で、その実力は東大陸でも指折りとされている。
ある意味で、この中では最も予想外の人物だ。
本当に、バルベール王国の勇者パーティかと疑いたくなる人選だ。
よくもまあ集められたものだ、王都の本気度が伺える。
逆に言えば、この五人を集めるために、どれほどの時間を労力を掛けたのか分からないが……。
「はぁ、すごかったわ……。本当に小説に出てくる勇者様たちみたい!」
レティにとっては、勇者パーティを見るだけでも娯楽になったようで、終始楽しそうにしていた。
「実際、見た人が、そう思うように意識していると思うよ」
「そうなの?」
「物語の勇者パーティらしい勇者たちを活躍させて、宣伝させる事で、国民に安心感を与えて溜飲を下げたり、他国に移住する事を阻止したりとかね……でも」
「リスタ?」
「ううん、なんでもない」
バルベール王国は、初の勇者パーティたちに地道な活動させるよりも、偉大な功績を得させる事に賭けた。
彼らは翌日には『港』へと赴き、船で『運河』を横断。──魔族たちの住む西大陸へと渡る。
その目的は、バルベール王国へ到達する事のできる魔族側の港の占拠、および防衛地点の設置である。
たしかに勇者パーティが西大陸側の港を抑える事ができれば、バルベール王国への侵攻を止める事ができるかもしれない。
もし、そうなればバルベール王国は、再び『運河』での貿易事業を復活させる事ができ、王国は貧困から抜け出せるかもしれない。
──だが簡単じゃないことじゃない。魔族側の防衛拠点の設置は、帝国も諦めた偉業だった筈だ。
『運河』は流れの強い川だ、横断する船は流れに逆らう事ができず、必ず下流を斜めに進む形となる。
そのため、『運河』を横断して辿り着く事が出来るのは出発地点よりも、下流にある土地だけである。それは勇者パーティも同じ事であり、西大陸側へと到着した後、上流を目指して危険な旅をしなければ行けなくなる。
上流へと移動中、多くの魔族に襲われる事だろう、陸を移動してきて三百種族いるとされる魔族たちが何時でも、何処でも襲って来る。
その話によれば、上流に近づくにつれて強い魔族が住んでいるとされる。
その中には帝国にしか現れない、万人殺しの四天王と呼ばれる魔族と遭遇するかもしれない。
それにもし、仮に全てが上手く言って防衛拠点を設置出来たとしても、維持は極めて難しい。
魔族たちは引っ切り無しに攻めてくるだろうし、防衛拠点が作られる港の場所はバルベール王国よりも上流の位置となるため、こちらから補給や支援を行うのは難しい。
勇者たちは、長期に渡り孤立した戦いを強いられる。
はっきり言って、死にに行くようなものじゃないかと、どうしても思ってしまう。
──優しい微笑みを浮かべながら、あの勇者は何を考えてるんだろう。
「ねぇ、リスタぁ、私たちも勇者たちに挨拶しにいきましょ~」
「あー、僕は遠慮しておくよ」
「え~。リスタと一緒じゃなきゃやだ~ 意味ない~!」
「……レティ、それなに飲んでいるの?」
「わかんにゃーい! でもこのジュース美味しかったー!」
色がカラフルでジュースかと思ってたいけど、おさ……お珊瑚水だったんだね。
だいぶ飲んでるね。グラスの中身が空っぽだ。
僕も同じものを飲んでいたけど全然気が付かなかった。
「リスター!」
「姉さん、人前です」
どうも、レティは酔うと抱きつき癖があるようで、正面からがっしりと腰を回して密着してくる。
周りの生暖かい視線が痛い。
「やだ! 姉さんって呼ばないの! レティって呼んでって約束したじゃん!」
「そうですけどね。僕の姉である事は変わりないんだから、そんな怒らなくても……」
数年前、ある日突然、姉さんじゃなくて名前で読んでと言われた。
なんでと聞いても教えてくれず。人間の弟が嫌になったのと言えば全力で否定され、ちょっとの喧嘩したあとのに、結局レティと呼ぶことになったのだが、今でも理由は分かっていない。
「だーって、姉のままじゃ……おわりたく……むにゅ~」
「あ、レティ……まったく」
また寝落ちしてしまった。仕方なしに身体を抱きかかえる。
相変わらずプティットの身体は軽い。
でも、前よりも軽い気がする。もしかして痩せたのか?
ああいや、僕が変わったからか。
また変わった時、レティの重さが分からなくなったら嫌だな……ひとりになると直ぐコレだ。
起こしたいなという邪な考えを打ち払いつつ、会場の外へと出る。
+++
道中通りかかったメイドさんに事情を説明して、案内してくれた客室にレティを寝かせると、ユキネ様との待ち合わせ場所である屋敷の庭園へと訪れた。
光石式外灯に照らされる花壇や噴水のある庭園は、ぼくの住む世界とは、全く別の場所だと思えるような景色で、ここが最前線であるのを忘れそうになる。
「……あれは?」
噴水の側には二人先客が居た。
「──本当に行くの?」
「うん、そのために来たんだからね、ルカ、不安かい?」
「……アナタが決めた事だもの、私は付いていくだけよ」
勇者さんと、エルフの術師さんだ。
ちょうど会話が終わったのか、エルフの術師さんが屋敷の方へと戻っていく。
勇者さんは、どうするのだろうかと思ってみていたら、気づかれていたのかこちらを振り向いた。
「こんばんは」
「え、あ? こんばんは」
挨拶を返すと、勇者さんは近づいてくる。
優しそうな微笑みに惹きつけられる。いわゆる勇者のカリスマ性という奴なのだろうか?
「確か会場にいたから僕の事は知っているよね? それで君は誰だい?」
「リスタです、単なる兵士をやってます」
「兵士だったんだ。会場に居たのは警備のため?」
「いえ、ユキネ様と縁がありまして、招待させてもらいました」
「なるほどなるほど」
穏やかな人だ。なのに妙な存在感を放っている。
勇者としてのカリスマと言うべきか、初めて会うタイプだ。
……見る感じ、無謀な事をする人には見えないが、どうして西大陸へと行くのだろうか?
「さっき、仲間の人と何を話していたんですか?」
「明日の件でね。ルカ、あ、仲間のエルフね……彼女を心配させてしまったんだ」
「……失礼ですが、本当に西大陸へと行くんですか? 正直いって幾ら策を練っていたとしても、魔族たちの猛攻をたった五人で耐えられるとは思えません」
このまま見送るのは納得ができないと、素直な意見をぶつけてみる。
「──そうだね」
返ってきたのは、苦笑交じりの肯定。
「西大陸は魔族の巣窟、ボクたちにとって敵地のど真ん中だ。窮地に陥っても逃げる場所なんてないし、どうなっても助けなんて来ない。もしかしたら上陸一歩目で殺されるかもしれないね」
「それを……分かってて行くんですね?」
「うん、勇者としてやるんだ」
決して崩さない笑みの中に、隠された決意を垣間見た。
「正直、西大陸へ渡れた事実さえ作れれば御の字だと思っている。そうすればボクたちがこの世から居なくなっても王国の希望として紡がれる。だから死ぬ前には証拠の一つは絶対に、こっちに送るつもり」
「……どうしてですか?」
曖昧な問いかけになってしまったが、勇者さんは意図を汲み取ってくれたらしく、少し恥ずかしそうに話す。
「だって、こうでもしないと故郷が無くなっちゃうと思ったんだ。家族や友達が殺されるかもしれない。国を出たとしても苦しい思いをさせてしまう。そんなのは嫌だからね。ならボクはボクとして出来る事をしようってずっと考えて──勇者になったんだ」
――カーツ村の事が頭を過ぎる。僕は何者にも成れなかったけども……。
「といっても、ずっと成り行きだったんだけどね。ちょうど勇者パーティの設立案が出ていたらしくって、それに乗っかったんだ」
「随分と軽い表現をしますね」
「ははっ、ごめんね。でも全部納得した上で勇者になったよ。この計画の参加もね」
「それが、死に行くだけのものだったとしてもですか?」
「うん、ボクも、そして仲間たちも覚悟はできている。でも死ぬつもりはないよ。絶対生き残るって約束の誓いを立てて『運河』を渡るんだ」
死ぬことを受け入れながらも、生きるために進む……。
そんな単純でいいのか。
これで納得していいのか。
疑問は尽きないが、羨ましいなと思う。
僕も、そうでありたかった。
でも、死んでも蘇るんだ。バカみたいな話だよ。
「すまない、話しすぎてしまったね、ふふっ、どうにも君とは他人な気がしないな。もしかしたら似たもの同士なのかもしれないね」
単なる兵士としては、あまりにも恐れ多い。
……でも、似た者同士だと言うなら、いつかは僕も、貴方みたいに全て納得した上で戦えるようになれるかな?
「おっと、どうやら君の待ち人が来たようだし、ボクは退散させてもらうよ……単なる兵士なんて、よく言うね」
勇者さんはボクの肩を叩くと、屋敷へと戻った。
……どうやら、なにか誤解をされてしまったようだ。
「リスタ殿!」
見て明らかに嬉しそうな様子で近寄ってくる。ユキネ様。
小さくため息を吐くことを我慢できなかった。
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