第19話
死んで蘇るたびに変化するのは変わらなかった。
だけど、どうしてかその変化は〈俺〉から〈僕〉へと遡っていくものだった。
四天王ドラキュリアと戦うために強くならなくては行けないのに。
弱いリスタ、弱い僕になってしまった。
「ふむ? 本当に同一人物ですか? なんだか様子が違いすぎますが」
痛い……動けない……。
両手両足に白い槍が突き刺さっている。
神経がやられたのかピクリとも動かない。
それに白い槍は非常に細く、おかげで出血量が少なく死ねない。
明らかに僕を生かして、拘束するためのものだ。
「ずっと……ずっと見ていたのか!?」
「船に居た兵士と同じか分からなかったので、遠くから見ていました。死んだぁ! と思ったら、パッと近くに現れるのは見ていて、ちょっと笑えましたよ」
ドラキュリアは、あの戦いから僕の『祝福』に気づいたようだった。
それを確かめるために、コイツは
「それにしても、人間ひとりに負けるなんて、やはり学のない種族なんて、この程度ですね」
近くにあった
偶然にも、焦げた腕は、別の
……コイツの行う全てが、心の底から不快だ!
「どうして僕を捕まえた!?」
「決まっているじゃないですか、貴方を西大陸にある、ワタクシの城へと持ち帰り──毎日決まった時間に何度も殺し続けるためですよ」
あまりにも悪趣味な目的に、痛みを一瞬忘れる。
「何度でも蘇るなら、何度も殺せる。いくらでも人殺しカウント上げ放題です! 序列一位だって夢ではありません! いいえそれだけには留まらず、無限に神々に褒められる事だって可能になるのです!」
言葉はわかる。意味はわかる。
魔族が人種を殺すのは、殺した人数だけ神々に褒められるから、そして序列を気にしているということは、西大陸での地位にも深く関わっている可能性が高い。
それでも理解できない、魔族の文化が心底理解できない。
だが、それでもとある考えが頭を過った。
「……お前は、このまま西大陸へと帰るのか?」
このまま大人しくしていれば、コイツは僕を連れて、西大陸へと帰るんじゃないかと。
なら、僕がやるべき事は、どんな手段を用いてもドラキュリアを『砦』から離れさせることで、僕を囮に──。
「そんなわけないじゃないですか」
心底理解できないと言わんばかりに、ドラキュリアは答えた
甘い幻想でしかなかったのだと、突き付けられる。
「この道の先から、たくさんの人種の匂いがします。城に帰るのは、そいつらを皆殺しにしてからですよ」
「──やめろ、やめろよ! 僕を殺し続ければいいだろ!? そっちのほうが効率的だ!」
このままでは、『砦』で待っているレティが、ドラキュリアに殺されてしまう。
そんなことはさせない。
できるだけ、わざとらしく喚き立てる。
「お前、賢い振りしていて頭が弱いのか!? どう考えたって、今から人を探しに行くなんて非効率だろ!? それに僕はどうするつもりだ? ここに置いていくのか!? 少しは考えたらどうだ!?」
「──うるさいですね」
「がっ!?」
大きな三本指で顔を掴まれる。
頭が締め付けられる。あとほんの少し力を入れたら果物のように潰れてしまうだろう。
「挑発すれば殺してくれると? そうすれば自由の身になれると? 本当に馬鹿ですね。もし外れても、また同じように刺せばいいんですよ。どうしてか今の貴方はとても弱いんだから簡単に出来ます」
──なにもかも、気づかれていた。
「置いていくつもりはありません。このまま刺しっぱなしにして持っていきますよ。全てが終わるまで、黙って見ているのです」
「や、やめ……」
「ああ、そういえば死んだ時、身体が欠けていたらどうなるのでしょうね? 一々面倒なので、できれば元に戻らないといいのですが──1度、試しましょうか」
駄目だ。
いつだってそうだ。
芋のときだって見つけた時、本気で助けられるって思ったんだ。
どうして僕は肝心な時に、期待を外してしまうんだ。
僕は、なんのために──。
「──〈
強烈な突風が吹き荒れる。
ドラキュリアが反射的に顔を覆った。
何が起きたのかと薄目で見る中で、ドラキュリアの背後から槍を刺そうとしている“ランキールさん”が見えた。
「おっと」
「チッ!」
完全な死角からの奇襲だった筈なのに、寸前、ドラキュリアが見えていたかのように身体を半歩ずらして回避する。
「何かと思えば魔族になれなかった半端物ではありませんか、相変わらず人種に媚び売る憐れな生き方をしているのですね」
「消えロ、クソ魔族」
ランキールさんがドラキュリアと戦闘になる。
ひたすら攻勢に出るドラキュリアに、防戦して時間稼ぎをするように戦うランキールさん。
その理由は明らかだった。
明らかに僕のためだった。
「リスタ!」
「ドワーフさん、エルフさんも! どうして!?」
「
助けに来てくれた。
申し訳無さと嬉しさが交じる。
あんなことを言っておいて、僕は成し得ることができなかった。
まただ、また僕は失敗したんだ。
「“ドワーフ”の!」
「おうよ!」
両手両足に刺さっていた白い槍の柄の部分を、ドワーフさんが斧を振るい破壊。
倒れる僕を受け止める。
「どうだ?」
「返しが突き出る寸前で止まってるから出血は抑えられているが、激しく動くとヤバそうだ。慎重に運ばねぇとな」
「……ドワーフさん」
「喋らなくていい。死ぬんじゃねぇぞ」
「違います、僕は──」
「リスタ、喋らなくていい……死ぬな、これは私たちの我儘だ」
「……どうして、ですか!?」
僕は死ななければならない。
そうすれば、戦えるかは分からないけど、少なくとも怪我は治り、歩けるようになれる。
なのに、エルフさんに止められる。
やっぱり分かっていたんだ。
エルフさんだけじゃない、自警団の皆が僕の『祝福』、〈
それを分かっていて死なせないように、助けようとしてくれている。
「いつ知ったかなんて、もうどうでもいい! 知っているなら、これは違うって分かるでしょ!?」
「……先ずは、ここを切り抜けてからだ。“ランキール”!」
「保たなイ、早くいケ!」
「みなさん! 急いでリスタくんを連れて、こちらへ!!」
プティットさんが、〈
エルフさんの手の平に、透明の球体が生成されていく、ドラキュリアに対する牽制用の風の塊だ。
「風ですか、それはもう受けました──〈
「エルフ! 来るゾ!」
「分かっている! “ドワーフ”も気をつけろ! リスタを死なせるな!」
「おうとも!!」
自警団全員が、白い槍に警戒する。
──嫌な確信を持った。
ドラキュリアは“風ですか”と言った。
なら狙う対象は、エルフさんだと思える。
でも続けて“もう受けました”と言った。
それが、エルフさんの生み出す風は、受けても怪我をするものではないのを、もう知っている。
あるいは、己を遠くへと吹き飛ばす風力は無い事を、もう知っている。
そういう意味で言っていたのならば?
──ランキールさんの猛攻を避けている最中に、動いた視線を辿る。
違う。
狙いはエルフさんじゃない。
その方向に居るのは──。
「逃がしませんよ」
「プティットさんっ!!」
「
「──あ?」
──地面から生えた白い槍が斜め直角に伸びていき、〈
「──こ、れは──ッ」
口から血を吐き出して、ぐったりと猫背になる。
なんとか引き抜こうとしているのか、白い槍を両手で掴むがビクともしない。
でも。
どっちにしても。
なんにしても。
どう見たって誰が見たって。
致命傷だ。だからそう──プティットさんは死ぬ。
「サポっ!!?」
“サポ”ってなんですか? エルフさん。
ああ、プティットさんの本名か。
今まで頑なに呼ばなかったのに、なんで──。
なんでってそれは────
「あ、あああああああああああああああああ!!」
起きた現実の、理解が追いついたら、叫んでいた。
「
魔族が嗤う。
「貴様ァ!!」
常に落ち着きを払っていたランキールさんが激怒。
ただひたすらに勢い強く、槍を振るう。
「そんな考えなしに振るって当たるとでも? やっぱり君たちは、救いようのない馬鹿ですねぇ!」
「ぐっ! ──舐める、ナぁ!!」
ランキールさんは槍を斜めに持ち、柄を当ててドラキュリアを抑え込んだ。
「
「おっと」
エルフさんが『祝福』を発動させると、ランキールさんの背中を押すように風が吹いた。
これによってランキールさんは、ドラキュリアを三歩ほど後退させる。
「行ケ!!」
エルフさんと、僕を持ち上げたままドワーフさんの2人が、その言葉を合図に〈
「逃げろヨ!」
「ウィルバス!!」
──今度はランキールさんの本名だ。
呼んだということは、もうこれが今生の別れであるのだと理解してしまう。
ランキールさんは──ウィルバスさんは足止めのために、1人残る気だ。
「あ、やめ……」
声が出なかった。〈
「──り、すた君」
串刺しになっているプティットさんの──サポさんの息も絶え絶えな掠れた声が、ハッキリと聞こえた。
「生きな──さ────」
槍を掴んでいたサポさんの腕がだらりと垂れ下がる。
扉は閉まること無く、〈
『祝福』そのものが消えた。つまりサポさんはたったいま亡くなった。
ドワーフさんも、エルフさんも振り向くことなく、この場から離れる。
僕は現実を受け入れられず、なされるがままに運ばれた。
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