第20話


「やつは『砦』に向かうと思うか?」

「その前にリスタを手に入れるため、私たちを狙ってくる」

「逃げられるかね?」

「純粋な竜人族ドラコニアではないとはいえ、五感と身体能力は人種を遥かに超えている。走る速度は馬を超えると言う、あと数分もすれば追いついてくるだろう」

「とんと手詰まりってやつだな、ナハハ、もう笑うしかねぇぜ」


プティットさん最後の〈転移扉ワープゲート〉によって移動した先は、見たことない不規則な丘陵地帯。

おそらく一本道から外れた丘を登った先の何処か。

ドワーフさんが僕をおんぶして、エルフさんと共に移動している。

何処へ行こうとしているのか多分、目的地なんてない。


「……僕を置いていってください」

「それはできない」

「ランキールさんを助けに行ってください」

「それもできない、恐らくもう手遅れだ」

「だったら殺してくださいよっ!」


〈僕〉なのに、〈俺〉のリスタみたいに、感情が抑えきれず叫んでしまう。


「こんな足手まとい、生きていたって何になるんですか、つぎ死ねば強くなるかもしれません、せめて両手両足が元に戻れば歩けますし、武器だって振るえるようになります。それにこのままだと痛いんですよ、苦しいんですよ……だからっ!」


ずっと泣いている。

こんな筈じゃなかった。

どうしてこんな事になったんだ。


何が起こるのか分からないのは、承知の上だった。

だけど神々よ、どうして、こんな時に僕を〈僕〉にした。

それの所為でプティットさん、ランキールさんが死んでしまった。

僕だけが死ねばよかったはずなのに、二人が死んでしまった!


「……リスタ、『祝福ギフト』とは、神々から授けられる祝福であると同時に、試練だという見方もある」


エルフさんは足を止めて、優しい声色で話し始めた。


「『祝福』は良くも悪くも、その者の運命を決定付けてしまう。故に我々は『祝福』について深く考えなければならない、こんな時だからこそ余計にな」

「……今更考えたって、なにも……」

「そんな事はない、『祝福』の変化には必ずしも“理由と意思”がある筈だ。リスタ、今までと違う“自分”を探せ」

「違う自分……」


──『祝福』の理由と意思。


死んで蘇ったときの変化には何かしらの理由があって、僕の意思が関係していると、エルフさんは言っている。


もし、それが本当ならば〈俺〉が僕になった理由があって、それは僕の意思によって引き起こされたものという事だ。

もしそれが分かれば、僕は再び〈俺〉に成れるかもしれない。

それよりもさらに、右端へとズレた果てに至れるかもしれない。


──そうなれば、ドラキュリアを倒せるかもしれない。


「そうだ、考えろリスタ。さすれば『祝福』は、人種を愛する神々の想いに沿うはずだ」

「エルフさん……」

「……さてとだな、そろそろ私は行く」

「……え? 何を言って……」


何を言っているのか、一瞬分からなかった。

分かりたくなかった。

それでも、僕の頭は理解してしまう。


「風の流れが変わった。尋常ではない速度で、こちらへと向かってきている者が居る。十中八九、串刺し公だろう。“ドワーフ”、リスタを連れて、できるだけ遠くへ逃げてくれ」

「ど、うするつもりですか?」


尋ねられずにはいられなかった。


「足止めをする。せめて仮説を立てられるだけの時間は稼ごう」

「なんで……っ! 一緒に逃げればいいじゃないですか!? 人に散々死ぬなって言っておいて、死なせたくないって言っておいて、どうして死にに行こうとするんですか!? 意味わかりませんよ!?」

「すまないな。ヤツ相手では勝つ事はできない、逃げ続けることも無理だ。どうすることもできない……だから、リスタ」


エルフさんは深々と頭を下げた。


「どうか『砦』の皆を守ってくれ、君の苦しみは、私たちには到底理解できないものだ。それでも頼む」

「違う! 元はといえば僕が失敗しなければ、最初から打ち明けていればこんなことには……!」

「それこそ違う、リスタ。これは君を蔑ろにしてしまった私たちの罪だ。他人でしかなかった君に救いを見出そうとしてしまった私たちの罰だ」

「さっきから何を言っているのか、全然分かんないですよ!」

「──私は、私たちは五人だったんだ」


顔を上げたエルフさんは、見たことのない老いた表情で語り始める。


「人間の友が居た。『自警団』の生みの親で、我らのリーダーだった。偏屈なところがあって素直ではなかったが、自分の事よりも他者を優先する善い奴であった」


どうして“人間”は居ないのだろうと、ちょっとだけ不思議に思っていた事はあった。

普通に偶々だろうと思って、あまり考えなかった。

でも居たんだ、自警団は元々五人五種の集団だったんだ。


「だが彼は死んでしまった、他者を救うために無謀な戦いを挑んで……すまないリスタ。私は君の面影に亡き友、“アシス”を見ていた」

「……だから僕を気に掛けてくれたんですか?」

「死者の代わりにするなど、最悪の愚行であることは承知していた。だが『砦』にやってきた君は、まるであの頃のアシスと重なって見え、神々から与えられた救いだと──縋ってしまった」


──少し良いだろうか、もしかして君は今日、この『砦』に着たばかりか? ……そうか、なら君が良ければだが、老いぼれたちの話に付き合ってくれやしないだろうか?


兵士になって途方に暮れていた僕に、気さくに声を掛けてくれたエルフさん。

まさか、あの言葉に、そこまでの気持ちがあったなんて思いもよらなかった。


「アシスが死んだのは、友の身を案じるだけで、考えもせずに意思を曲げようとした私たちの愚行によるものだ。否定だけして共に行こうしなかった。その所為で彼の命も、彼の想いも、彼の優しさも全てを無に帰す結果を招いてしまった──それを私たちはずっと後悔して生きてきた」

「……そのアシスさんが、どんな人であるかは知りません。でも僕に似ているって言うなら、エルフさんに死んでほしくないって言うに決まっています!」

「そうだな。だからこれは老害の我儘なのだよ──リスタ」


エルフさんの手の平に、透明の球体が生成される。

もう何度も見てきた風の塊だ。


「私の本は好きにしてくれて構わない」

「エルフさん!」

「ユキネの事を嫌わないでやってほしい、最期まで悩み抜き、震えて泣いていた」

「待ってくれっ!」

「──風塊爆弾ウィンドウ


透明の塊が弾けて爆風が発生する。

風が勢いよく顔にあたり、瞼を開けられなくなる。


「──私の名はガイードだ。どうか忘れるまで長生きしてほしい」

「エルフさん! エルフさんっ!!……ガイード!!」


名前を呼んでも反応は無く、風が止み、目を開けるとエルフさんは居なくなっていた。


「……どうして! どうして死にたがるんですか!?」

「老いぼれ爺なんて、自分勝手なもんなんだよ。あいつらも……俺もな」


勝つための作戦なんてない。

賭けにすらなっていない。

単に僕に考えるだけの時間を与えるためにエルフさんは囮となり、ドワーフさんは歩き始める。



+++



ドワーフさんに運ばれる中で、僕はずっと考えていた。

それがエルフさんの望みだったから、今の〈僕〉には、それしか出来ないから。


──どうして〈俺〉は〈僕〉へと戻ってしまったのか。


もし、この変化が定められた順番ではなく、何かしら“意思と理由”によるものだったとしたら何が考えられる?

死に方に違いはない、全てが他殺によるものだ。

殺され方も関係ない、法則性は無い。

蘇り方は統一している、場所は違うが、それは関係ないだろう。

魔族であるか人種であるか、あり得ない。男に殺された時は〈俺〉の方へとズレた。


この『祝福』について、改めて考えなければならない。

これは本当に〈瞬時復活リスポーン〉という『祝福』なのか?

もし、そうでないならば、“死んだら蘇る、蘇ったさいに変化する”という認識が間違っていたのかもしれない。


思えば戦闘能力が向上するというのは、あまりにも兵士として戦う僕に都合が良かった。

もしも、この変化が僕の意思によって引き起こされたものならば。

僕が与えられた『祝福』は“死んださいに蘇る”のではなく、“変化”する事が主体なのではないか?


もし、この仮説が正しいのであれば。

〈俺〉へと変化した理由と、〈僕〉へと変化した理由。

それを何であるか知れば、僕の“意思”によって自在に変化する事ができるようにある筈だ。


──そして、その理由が何であるか、直ぐに思い当たった。


「ぜぇ、ぜぇ──! ああくそ、ドワーフに生まれて一番の大当たりを引いたと思って生きてきたが、今日だけは違う人種に生まれたかったぜ、ナハハ……」


白い花が咲き乱れる平地にて、ドワーフさんの足が止まる。

ドワーフは器用な手先と強靭な筋肉を持ち合わせるが、持久力が無く、回復能力が他の人種に比べて劣っている。

上り下りが多い丘陵地帯の邪魔な木々の中での移動は、ドワーフさんの老いた体力を容赦なく奪っていった。


「……ドワーフさん、改めてお願いします」

「……おう」


こんなこと、頼みたくはなかった。

でも、状況が許してくれない。

身体が拒絶反応を起こす。

それでも口にする。


「僕を──「見つけましたよ」──!?」

「がっ!?」

「ドワーフさん!? ──ぐっ!?」


地面から生えてきた白い槍が、ドワーフさんの両手両足を突き刺した。

抱えられなくなって、地面へと落ちる。


「い゛っ!?」


仰向けに倒れていた僕にも再び白い槍が突き刺さり、拘束される。


「危ない危ない。危うく逃げられる所でした。まあ、こういうトラブルがあるから狩りは楽しいのです……さて、どちらが無限に殺せる方でしたか? ……間違うと行けないので、とりあえず捕まえてみましたが……ああ、こちらでしたね!」


──ドラキュリアが追いついてきた。

どうして、この場所が分かった?

そういえばコイツは数キロ先の『砦』に居る人の匂いも感知していた。

走る速度が馬よりも速いって言っていたけど、それにしたって早すぎる。


「お前!? エルフさんとランキールさんをどうした!?」


ドラキュリアは無傷だった。

ランキールさんとエルフさんと戦った筈なのに、かすり傷ひとつ負っていない。


「あの半端者はとっくの昔に殺しましたよ? エルフの方も見ての通りです」


大きな三本指の手に掴まれていたものを、僕たちに向かって雑に放り投げた。

丸いものが転がり、眼の前で止まる。


──それは、エルフさんの頭だった。


「え、るふ、さん……?」


名前を呼んでみるが、反応はない。

目があっているのに。

さっきまで話していたのに。

本当についさっきまで生きていたのに。

こんなにも呆気なく……。


「風をびゅーびゅー吹かせて、本当うざくて仕方ありませんでしたね」

「ふざけ──ふざけるな、その人は……あの人たちは、お前みたいな奴に殺されていい人たちじゃなかったんだ!!」


痛みを忘れるほど頭に血が昇る。

どうにかしてやりたいのに、起きることすらできやしない。

手足が動かない、身体も起こせない。

このままじゃ死ぬことも出来ずに、こいつが皆を殺すところを見せつけられる。


あんまりだ、なんで何もできない。

こいつの嗤いを止めることもできない!?

舌を噛もうとするが途中で止まる。どうして!?

まさか自死は駄目だっていうのか? ふざけるな!?


「なんで死ねない! なんで、なんでだ!?」

「やめろリスタ。どんな理由があるにしろ自分で死ぬのだけは絶対に止めてくれ」

「でも死なないとっ! 俺が死ないとアイツは──アイツだけはっ!!」

「なぁ、リスタ。さっき何を言おうとしたんだ?」

「こんな時になにをっ! ……ドワーフさん?」


ドワーフさんの手に、見覚えのあるものが握られていた。

ルカさんに作ってもらった爆薬が入った瓶。

どうして持っているんだ。もしかして人狼族ワーウルフに殺された僕の死体から、使わなかったものを拾ってきたのか?


それを、どう使うのか……考えなくても分かってしまう。


「──だめだ」

「頼む、言ってくれよ」

「でも、だってっ!」

「これは年寄りの我儘だけどよ! オレだって何も出来ずに死にたくねぇんだっ!」


ドワーフさんは泣いていた。

ずっと共にしてきた仲間が殺されて、何も感じない訳がない。

プティットさん、ランキールさん、エルフさん、ドワーフさん。


「どうせ助からないんだ……だからな……頼むよ」


──できない……この人たちを無駄死にさせることだけは出来ない!


「……お願いします、僕を殺してください! そうしてくれたら僕は──アイツを絶対に殺します!」

「ああ、後は任せるぜ……」

「何をするつもりか分かりませんがさせませんよ。〈白決槍カーソル・ランス〉」


ドラキュリアが気付き、白い槍を生やそうとしている。

でも遅い、ドワーフさんは後は手に力を込めるだけだ。


──変化した時の違い。それは直ぐに分かった。


小鬼族ゴブリンに殺された時も。

四腕系巨人族クワ・トロールに殺された時も。

人間荒くれ者に殺された時も。

ドラキュリアに殺された時も。

僕は、まだ生きたいと願いながら──殺意を抱いていた。

〈リスタ〉を殺した相手を、殺したいと思っていた。


でも、この戦いの中で、僕は死ぬ間際、ずっと違う気持ちで一杯だった。


──必ず、帰ってきてね。


リスタとして大切な人が待っている家に帰りたいと、そればかりを考えていた。


これこそが違いだ。

〈俺〉から〈僕〉へと変化した“理由と意思”だ。


だったら心の底から思えばいい。


四天王ドラキュリア。

自警団を殺した。

レティを、『砦』の皆を殺そうとしている。

理由は十分だ。


思え。

コイツを必ず殺せるだけの殺意を──。

溢れんばかりの殺意を──。

全身を満たしても足りないほど殺意を──。

〈僕〉は、〈俺〉はっ──!!


「リスタ! オレの名前はベルブだ。覚えていてくれよな!」


ドーワフさんは、手に握っていた躊躇なく、爆薬を握りつぶした──。










──。


──────。


──────────。


──────────────。


保存領域にセクター13を生成。

続けてセクター13に〈リスタ〉のバイオメトリクスをコピー。

セルフコンフィギュレーション開始──完了。

自我の発芽を確認。

続けて発生理由を考察。

ヒューマンのパラメータでは“リスタの望み”を叶える事が不可能とギフトシステムが判断。

了承、解決策をサーチ。

ユーザー・ドメインから、必要データをリトリーブ。

完了。サブデータとして保存。

マスターデータおよびサブデータのコンポジションを開始。

オプティマイゼーションを実行。


「──〈復元更新アップデート〉を完了します」


白い花弁が舞い散るなか、爆心地の中央にて現れた青年。

姿形は極東鎧に身を包んだリスタのままであったが、黒髪は白へと、赤目は青色へと染まり、瞳の形が十字架へと転じていた。

その頭には白光色に輝くヘイロー、背中にはガラスで出来たような翼が本体に追従するように浮かんでいた。


「貴方誰です? 人間とは違う匂いがしますね」


変わり果てた姿にリスタだと認識できなかった、ドラキュリアが問いかける。


「──〈自分〉はリスタ、神の子のリスタ」


刹那。ドラキュリアですら認識できない速度で迫り、【夜終よもすがら】を振るった。


「ぎっ!? ……ば、馬鹿な、このワタクシが!? このワタクシが傷をっ!? やってくれたな貴様っ!」


寸前、危機を察知したドラキュリアが後ろへと下がったが完全に避けきれず、突き出た蜥蜴顔が斬られる。

信じられないと、傷を負わせた人間に、憎悪の目を向ける。

それに返さず、リスタは言い放つ。


「──リスタの願いを聞き届け、貴方を消すものです」

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