第21話
本当の名は〈
その能力は、“復元し更新する”。
能力を発動すると、リスタは現状から最も最適な姿へと復元する事ができる。
そのさいに本人が望んだように身体をある程度変更する事が可能。
変更の度合いと内容は、本人の意思に直結する。
本来であれば発動条件は全く別のものであったが。
死にゆく寸前、生きたいという気持ちが能力を強引に発動させたことで、『祝福』が発動条件を再設定してしまう。
これにより、〈
そうやって新しくなり、新しくなり、徐々に原初から遠く離れていき、望んで到達した右端の果ては何だったのか。
「ふざけるなっ! 四天王で万人殺しで串刺し公と謳われた、このワタクシが! こんな人間一匹にっ! 貴様は何だ、何なんだ!?」
「〈自分〉はリスタです」
その答えが〈自分〉のリスタであった。
存在しなかった、十三番目のリスタ、神の子リスタ。
戦いは一方的となっていた。
四天王、万人殺し、串刺し公。
幾多の異名を持つドラキュリア相手に、リスタは圧倒する。
「ギッ!? き、貴様っ! また、また体に傷を付けたな!?」
リスタは機械的な挙動で、一切の容赦なくドラキュリアを斬りつけ、引っ込み遅れた長い右中指を切断。
ドラキュリアは純血ではないとはいえ、魔族の中でも化け物と評される強さを誇る竜人族である。
そんな化け物相手に、リスタは身体能力で凌駕していた。
「舐めるなっ!!」
生やした白い槍を掴み折り、リスタに向かって投擲するが当たらない。
回避した瞬間を狙って、〈
そのどれもを、リスタは半分浮いているかのような不自然な動きで全て回避する。
「まただ、また私の攻撃が避けられる!? 何故だ、何故ただの人間が追いつける!? 何故だ!?」
多くの人種を葬ってきた。
その中には勇者や英雄と呼ばれる強者だって居た。
しかし、どのような人種だって『
それなのに、リスタは殺せない。傷ひとつ付けられない。
それどころか、己の傷ばかりが増える。
「私の攻撃を全て読んでいるというのか!?」
動きだけじゃない。リスタは未来が見れるかのようにドラキュリアの動きに合わせていく。
攻撃すれば回避、回避すれば攻撃。
距離を詰められれば離れ、逆に離れようとすれば詰める。
〈
そうして生まれた隙に、完璧なタイミングで極東刀【
それなのにリスタは未だ無傷、ドラキュリアの余裕は、とっくの昔に消え失せていた。
「はい、貴女の全ては対策済みです」
リスタは常にドラキュリアを殺そうとしている。
それでも殺しきれないのは、ドラキュリアが強いからだ。
だが、傷を増やし、その強さを無意味だと突きつける。
何れ、お前は負けるしかないのだという事実を与え続ける。
「──クソが、クソがクソがクソが! ふざけやがってっ!! ワタクシは
ドラキュリアの本性が露わとなる。
高貴なもの生まれぶっているが、彼の本質は教育の行き届いていない他の魔族と大差ない。
「ああそうだ、思い出した! 知っているぞ、その力!! 貴様らが厭らしくも神々から与えられた『祝福』を弄った力だ! 『
怒り狂い、今更になって正々堂々とかいい出し始める。
生き残るための戦争なのに、ルールを守れと言わんばかりの批判。
所詮は彼にとって、この戦争は負けないお遊びという感覚だったのだろう。
誇りなんてありはしない。単なる負け惜しみの熱弁。
「──いいえ、違います。自分が生まれたのは例外ではありますが、〈
リスタは淡々と、されど力強く断言する。
「それと“エルフ”、“ドワーフ”、“プティット”、“ランキール”の導きが有り、〈リスタ〉の強い願いが有ったからです」
プティットのサポが〈
ランキールのウィルバスが逃がしてくれなければ。
エルフのガイードが時間を稼いでくれなければ。
ドワーフのベルブが己の命を掛けてくれなければ。
人間のリスタが望んでくれなければ。
この五人五種の選んだ過程が有ったからこそ、神の子のリスタという結果が生まれたのだ。
「故に自分が貴方を倒すのは彼らの英断の結果──単なる答え合わせにすぎません。分かりましたか?」
「うるせええええええええええええええええええあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ドラキュリアは狂い叫ぶ。
「〈
伸び生えてくる白い槍を、リスタは避ける。
「
電子音に近しい展開の音と、ドラキュリアの
荒れ狂う感情と共に白い槍が考えなしに生えていく、大きさも太さも全てが疎らで、丘が白い槍で埋め尽くされる。
もし『砦』の兵士総出で立ち向かい、これをされていたら、あっという間に全滅していただろう。
しかし、リスタは現れている白い槍の場所、今から会われる白い槍の場所、その全てを読み切っている。
当たりはしない。意味をなさない。
〈自分〉のリスタにとって白い槍の丘は、平地と大差無かった。
リスタは、我を忘れて白い槍を生やしているが故に、足を止めてしまったドラキュリアに向かって急接近。
「死っ……な!? き、きさっまぁ、いつのま──」
「【
「ギッ!?」
極東の刀鍛冶が、己の『祝福』を用いて打った二本の名刀。
その片割れがドラキュリアの骨を貫通し、心臓を貫いた。
「アぁぁ──が────ゴホ」。
ドラキュリアは身体を震わせると、両腕をダラリと垂らし、膝を地面に付ける。
【
そんな心臓が損傷した場合、死へと至るまでの時間は人種と比べて恐ろしく短く、即死に等しい。
鉄の硬さを誇る頭蓋に守れた脳よりも、骨の隙間を狙いやすい心臓は、最強の魔族である竜人族最大の弱点であった。
「──うそ、だ──このワタクシが──こんなにんげ──に──」
四天王。
万人殺し。
串刺し公。
多くの異名で呼ばれた
なけなしのプライドで保っていた、背筋を曲げて倒れ伏した。
「ドラキュリアの削除を実行しました。次の“望み”を叶えます」
神の子リスタは無感情に、【
リスタは鳥よりも早く、空を飛行する。
こちらへと近づいている、とある人物の元へと。
+++
──ユキネ=トゥルベントは馬に乗って『港』へと続く、一本道を駆けていた。
なにかあった訳じゃない。
ただあの夜と同じ、屋敷で知らせを待つ事に耐えられなくなったのだ。
父親のように大切な人の死を、景色が変わらない室内で情報として知る。
それはユキネにとって、最大のトラウマであった。
「みんな……どこ!? ガイード、ベルブ、サポ、ウェルバス!」
友が遺した物を出来るだけ守りたいと、本人たちの願いによって数年間、口にすることが無かった本名を叫ぶが返事はない。
「──リスタ! みんな返事をして!」
自分を認めてくれた。価値がある事を教えてくれた、年下の男の子。
そうして、ユキネにとって新たなに特別となった名前を叫ぶ。
それでも返事は無く、気が狂いそうだった。
ユキネはドラキュリアがやってくる知らせを受けた時に出来たのは、狼狽えて固まる事しかできなかった。
そうしている内に大人たちの会話は進んでいき、自警団を含めた兵士は戦い。
その間に、ユキネは屋敷の者たちと逃げる事とが決定された。
その選択を前にユキネは、何か別の良案を思いつくことは出来なかった。
だけど納得なんて出来ず、私室へと戻ったユキネは悩み、泣き、叫び、暴れ、最終的に無力で何も出来ない己を突き付けられる。
この時点でユキネがリスタを呼んだのは、ただ会いたかったからだ。
そうして案内されて、やってきた様子のおかしいリスタ。
彼が持つ『祝福』の真実を知ったユキネは、藁にも縋る想いで、ある行動へと出た。
それこそが、あの全裸での懇願であった。
価値が有ると言ってくれた彼ならば、私の願いを無碍にはしない。
そんな吐き気を催す打算は、望み遠りの結果になった。
──ユキネは、リスタが退散したひとりぼっちの室内で泣き震えて、何度も何度も本人に届かない謝罪を繰り返した。
それから自警団がやってきた。
彼らは、なんの事情も聞かず、自分たちの一緒にリスタと戦うと言った。
行かないでって言いたかった。
止められる訳が無かった。
「嫌だ! 誰か返事をして!! ──リスタ!」
そうやって見送った、五人の大切な人たちは、いくら経っても帰ってこなかった。
もしかしてと不安と絶望に支配されそうになる。
このままだと、こちらに向かってくる魔族と出会ってしまうかもしれない。
それでも、ユキネは前に進む。
リスタを殺してしまった愚行を、繰り返している自覚はある。
しかしもう『砦』に帰れるほどの、心の余裕はなかった。
「ユキネ=トゥルベント」
「っ!? だ、誰!?」
名前を呼ばれて、馬を止める。
首を左右に動かして声の主を見つけようとするが、姿は見えない。
もしかして魔族かと震えた手で、腰の極東刀【
「上です」
「え? あ……リス……タ?」
「はい、自分はリスタです」
言葉に従い頭上を見ると、こちらへと降りてくるリスタが居た。
望んでいた人物の到来、しかしユキネは戸惑う。
馬から降りて、彼の側に寄る。
自分が見えている“違い”が気の所為では無かった事を知る。
「貴方は……リスタなの?」
髪や瞳の色、頭上の輪 背中生えた羽。
姿が変わったリスタは、まるで物語に出てくる天の使いのようであった。
「はい、自分はリスタ。ただし『祝福』、〈
言っている事の半分も理解できなかった。
だが、ユキネはリスタに何があったのかは理解できた。
これが、彼が恐れていた変化の果てだと、それが現実に起きてしまったのだと、ユキネは知る。
「そ、んな……!」
彼の優しさに付け込んだ己の懇願で、リスタは別の存在へと変化してしまった。
自分が殺してしまったようなものだと、ユキネは罪悪感に押しつぶされそうになる。
今にも地面へとへたり込みたかった、だけど、どうしても確認しないと行けない事がひとつあった。
「ま、魔族は……四天王ドラキュリアはどうなったの!? それに自警団のみんなは……まさか……」
「はい、詳細を説明します。四天王ドラキュリアは自警団、サポ、ウィルバス、ガイード、ベルブ四名の命をかけた支援により、その生命を消す事が出来ました」
「……あ、ああ……!」
淡々と語る報告は、ユキネにとって吉報であり、悲報であった。
たった五名だけで敵うはずがなかった四天王ドラキュリアの打倒。
歴史に残すほどの功績の代償は、父の代から見守ってくれた自警団の命と〈リスタ〉の変化。
これが釣り合ったものであると、ユキネは思えなかった。
「申し訳ありません、ユキネ様。速やかに実行して欲しいお願いがあります」
「お、お願い……?」
いま直ぐにでも額を地面に擦り付けたかった、それを止めたのはリスタの懇願。
「先に結果を申し上げれば、この願いを叶えてくれるなら、〈リスタ〉を最初期の存在に戻す事ができます」
「ほ、ほんとに!?」
ユキネは希望を見出し──。
「はい、自分は領域に保存されているリスタのデータを自由に選択する事ができます。しかし〈
「……え?」
──絶望に叩き落される。
「……やだ……こ、殺すって、どうして!?」
「死ななければ〈
「で、でも貴方だってリスタなんでしょ!? それに神の子って……わ、私には手に負えないよ!」
ユキネはいま直ぐここから逃げ出したくなった。
誰も殺したことのないのに、どうしてリスタを殺さなければならないのか?
あの夜で首を落とせたのは死体だったからだ。
それに神の子を殺めるってなに?
どうして、そんな恐れ多い事をしないと行けないのか?
『教会』に知られれば大罪人として処罰されるどころの話じゃない。
「お願いします。もしこのまま〈自分〉が存在しつづけた場合、保存されているリスタのメインデータは、自分を維持するための容量を確保するために自動的に消去されてしまう可能性が高い」
「言ってる意味が分からないっ! なにも分からないっ!」
「時間が無いのです。リスタが元に戻るために、リスタが帰るために──自分は死ななければなりません」
神の子のリスタは、ユキネに深々と頭を下げた。
「お願いします、ユキネ=トゥルベント。私も〈リスタ〉の記憶を持って生まれたリスタ。別人同然である〈自分〉が、リスタとして帰りたくありません。レティシアを悲しませたくないのです」
ユキネは、どうするべきか考えようとした。
でも、頭が真っ白になって、よくわからなくなった。
そうして思い起こしたのは、今までのリスタの記憶であった。
接した時間は、一日にも満たないけど……。
優して寄り添ってくれたリスタ。
痛かったのに守ってくれたリスタ。
辛かったのに戦う事を決めてくれたリスタ。
そうして眼の前に居るのは、私たちを守ってくれたリスタだ。
全員が違うリスタだ。
元に戻るからといって、殺すのは嫌だ。間違ってる。
「お願いします」
──でも、私ができることなんて……。
「──私は、貴方に……リスタに恩義があるから、なので、これは恩返し……」
「ありがとうございます」
単なる言い訳であるのは分かっている。
震えた手で【
膝立ちになり、首を前に出すリスタに対して、横へと移動する。
両手で握りしめて上段に構えると、鍛錬の成果か震えがピタリと止まる。
開けられたうなじを見ながら、辞めるなら今だよと待っていても、返ってくるのは沈黙だけだった。
覚悟を決めるしかない。
リスタは私の願いを叶えてくれた。
だったら私も、彼の願いを叶えれなければならない。
「──行きます」
「よろしくお願いします」
【
──二人を慰めるかのように、そよ風が吹いた。
+++
──僕はリスタ、最初のリスタ。
目が覚めた時に思ったのは、それだった。
どうしてか僕は、最初の僕に戻ったらしい。
初めての戦闘で
「……?」
仰向けとなっている僕の頭の上で誰かが泣いていた。
「あ、ユキネ……様」
それはユキネ様だった。僕の頭を膝に乗せて、顔を両手で覆っていた。
「──さい──めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい──!」
どうして、謝っているのだろうか?
もしかして、『砦』に何かあったのか?
レティは無事なのか?
いや、それにしたって状況が意味不明だ。
「ユキネ様」
名前を呼ぶと、僕を見る。
そうだ、自分の世界に閉じこもる必要はないよ。
記憶がない。アレからどうなった。
ここにユキネ様が居るということは、ドラキュリアは倒せたのか?
どういう結果になったのか何もわからない。
でも先ずは言わないければならない事がある。
「ユキネ様……ごめんなさい、みんな……『自警団』のみんなを、死なせて……しまいました……」
また僕は約束を守りきれなかった。
僕がもっと速く、『祝福』について深く考察していたら、不可能ではなかった筈だ。
あまりにも情けなく、不甲斐ない結果になってしまった。
「やっぱり、僕は何も守れない──」
「──そんなこと無いよ」
顔が露わになる。綺麗な瞳には涙が溢れていた。
ユキネ様は僕の頭を撫でる。
心地いい。
「ありがとう、みんなを守ってくれて──お疲れ様」
その言葉に、感情を抑えきれずに泣き始めた。
泣きじゃくる僕に、ユキネ様は悲しみにくれながらも、気が済むまで撫でてくれた。
──こうして、多大なる犠牲を払いながらも、四天王ドラキュリアという脅威から『砦』を守る事ができた。
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