ズレるリスポーン
庫磨鳥
第1話
僕が死んでいる。
目の前でリスタが死んでいる。
でも僕は生きている。
リスタは生きて立って、死んだリスタを見ている。
魔族に殺された、そうしたら魔族の横に立っていて、とっさに剣を振るって魔族を殺した。
どうして生きているんだと下を見れば、僕が喉から血を出し、空を見つめて倒れていた。
息をしていない、瞳孔が開いている、死んでいる。
やっぱり殺されている、でも僕は……リスタは生きている。
この現象は、神々から授かりし『
僕たち“5つの人種”を愛する神が与えてくれているとされる特別な力。
全員に与えられているとされているが、神々は何を与えたのかは教えてくれない。
だから今日、僕は魔族に殺されて初めて知った。
死んだら蘇る。
これが僕が与えられた『祝福』の能力。
確か、大昔に活躍した勇者と同じ『祝福』だ。
名前は〈
死んだら、その場で蘇る。
単純だけど生物の絶対的であるルールを捻じ曲げて、生き返る事ができるなんてと本を読み知った時には恐怖すら感じた。
でもなんていうべきか。
蘇り方が、イメージと違った。
てっきり死体が修繕されて、息を吹き返すというのをイメージしていたが、まるっきり違っていた。
まるで人形師が、最初に作った人形を参考に、全く同じ二体目を作ったかのように蘇った。
だから、なんていうか……違うんだ。
倒れて死んでいる一人目の僕と、いま立って生きている僕。
鏡で見たことのある年相応の人間の顔つき、黒髪に赤目。
着ている衣類や鎧、腰に携帯している剣の全てが一緒。
この『祝福』による蘇りというのは。
僕の服が血に汚れていないところを見るに、衣類や装備も纏めて無事だった状態にまで遡り、複製するものらしい。
──そう複製だ。
記憶は全てリスタのものだ。
自分の名前や経歴、そして大切な人の顔もはっきりと思い出させる。
──だけど違う、僕は違う。
見た目は何も変わっていない、どこもおかしくはない。
僕はリスタだ。
それはきっと間違いないのだと思う。
記憶がそうであると告げている。
でも違う。
自分の死体を見て、パニックを起こしているわけじゃない。
殺された事に心を無くしてしまったわけでもない。
きっと〈魂〉と呼べるものが訴える。
──僕は、死んでいるリスタとは違うヤツなのだと。
僕はリスタ。
でも、違うリスタだ。
+++
この世界は僕たち“人種”が住む東大陸と“魔族”が住む西大陸が存在する。
そして、東と西の間には、大陸同士を遮る巨大な『運河』が有る。
人種と魔族はお互いに干渉することは殆ど無く、各々で『運河』を利用しながら生活をしていた。
しかし60年前、突如として魔族が『運河』を横断し、東大陸に攻め込み人種を襲いはじめた。
それが長い長い戦争の始まりとなった。
この戦争は現代でも続いており、人種側が追い詰められており、戦争貧困により生活がままならない所は少なくないらしい。
このバルベール王国もそうだ。戦争前は『運河』を用いた貿易産業が盛んで、どこもかしこも潤っていたが、今ではどこもかしこも貧困に苛まれている。
生まれ故郷であるカーツ村も、そのひとつであった。
なんとか食っていてはいたが麦が不作になった事で、ついに口減らしが必要となった時、両親が他界して独り身であるが僕は手を上げて村を出ていった。
村の人たちには恩義はあったが、なにも自己犠牲のつもりで出たのではなく、きちんと勝算があっての事だった。
村が貿易品である絹の生産製造で潤っていた時代に建てられた図書館にて、値打ちが無いからと売れ残った本を見ていた事もあり、学はそれなりに有ると自負をしていた。
だから、安全な事務仕事に就けるかもしれないとして、常に人手を募集しているバルベール王国の、『運河』に最も近いゆえに戦争の最前線である『トュルベント辺境街砦』。
通称『砦』へとやってきたのだが……。
「──カーツ村のリスタさん。申し訳ありませんが、貴方のご要望を叶えることはできません」
楽観的な気持ちは、初っ端から打ち砕かれた。
門兵に事情を話たところ慣れた様子で対応してもらい、面談を受けた。
きちんと掃除が行き届いている狭い室内に連れられて、文官らしき男性にもう一度事情を話したさいに言い渡されたのは、男は必ず兵士になる事が『砦』の絶対的なルールだということ。
ここは『砦』であると同時に、トュベント辺境伯の現当主様が住んでおられる街でもある。
そのため、兵士以外の職に就くのは難しくないと思っていたのだが、見積もりが甘かった。
「……僕は村の出ですが、文字の読み書きと数字の計算が出来ます。少しですが国の歴史とか法律にだって詳しいです。一方で戦う力はからきしで、木の棒だってきちんと振るうことも出来ません。こんな“人間”なので事務仕事に勤めたほうが、みなさんの役に立てます」
「リスタさん、貴方の言葉に嘘偽りがないのは分かります。そのような自己紹介ができる方は多くありませんので」
「……それでも、駄目なんですか?」
担当の人は静かに頷いた。
「本当に申し訳ありません、これが今の『砦』のルールなのです。資格が必要のない後方業務は現在、女性と戦争負傷者で十分に補われています。ですが兵士だけは常に足りていないのです。なので、この『砦』で生活をしたいのであれば、男性である以上は兵士として戦っていただく事になります」
彼は単なる村人でしかない僕に、物凄く丁寧に接してくれている事から、真面目で誠実な人である事がわかる。
だからこそ定められたルールに準じており、例外を認めてくれそうにないと、この時点で諦めが勝ってしまった。
──こうして〈僕〉は向かない兵士になって、何週間が必死に訓練をして、初めての戦場に赴き──魔族に殺された。
それも、随分と馬鹿な殺され方だった。
初めての戦場で、僕のやった事は見学だった。
先輩兵士たちに場の空気に慣れたほうがいいという事で連れられてきて、後方で戦っているのを見ているだけ。
何か予期せぬ自体があれば、僕も戦わなくては成らなかっただろうが、攻めてきた
それでも初めての実践を目の当たりにした僕は気持ち悪くなった。
何よりもキツかったのは物語では体験する事のできない、風に乗った血の匂いであった。
我慢できなくなった僕は、草が生い茂っている道の脇へと駆け込んだ。
茂みは体を隠せる場所が多い。
だから隠れて何かをするのは最適だ。
トイレなり、嘔吐なり──奇襲なり暗殺なり。
僕は殺された。
仰向けに倒されて、喉を切られて、走馬灯が駆け巡って、寒くなって、呼吸ができなくなって、何も感じなくなって、嬉しそうに嗤う
僕は蘇った。
そして、嗤っている
魔族がやってくる『運河』と『砦』をつなぐ道は、丘によって挟まれている一本道であるため迷う事はない。
それでも方角を間違え無かったのは、リスタの記憶があるからだ。
歩いていると、どうしたって僕の事について考えてしまう。
こんな時、好奇心旺盛で考えが止まらないのが恨めしい。
──僕が神々から与えられた『祝福』は〈
能力は極めて単純、死んだら蘇る。
正に神々の『祝福』と呼ぶにふさわしいものだ。
でも僕は本当に死んだリスタと、同じリスタなのか?
僕自身で答えを出すならば──否だ。
肉体と記憶の全てがリスタである事を客観的に証明しているが、心が違うと否定する。
哲学書曰く、個人が自己を確立するために必要なのは、確固たる自己肯定だと言う。
我ゆえに我あり。
だが、どうしても
この気持ちを、どうにか言葉で表現するならば、適切であるかは分からないけど。
強い他人感と呼ぶべき感覚が、ずっと付きまとっている。
僕はリスタ、違うリスタだ。
本当のリスタは死んだ。
ここに立って『砦』へと帰っているのは、リスタを元に複製された全くの別人。
元は知らない誰かの記憶と姿を奪って成りすました誰か。
このような表現が、しっくりと来てしまい──心底気持ち悪い。
「……はぁ」
『砦』の門が目前に迫る。
無事に帰って来られたのに嬉しくない。
これから、どうすればいいのか。
『祝福』の事は秘密にしたほうがいい。
今は魔族との戦争中。そんな時代に死んでも蘇る能力を持っているなんてバレてしまえば、どんな扱いをされるのか悪い想像の方が数で勝る。
なによりも、僕が死んだ事を彼女に知られたくなかった。
「──リスタ!」
〈リスタ〉の名前を呼んだのは、ショートツインに纏められた金髪の、シスター服を着た小さな背丈の女性。
ああ、間違いない、彼女だ。
「……レティ」
彼女はレティシア。
大人になっても子供の姿のままである“プティット”と呼ばれている人種であり、年下の子供に見えるが年齢は僕の一つ上である17歳。
物心を付く前に両親を亡くした僕を引き取ってくれたプティット家族の一人娘であり、僕の義理の姉である。
「リスタ! 無事なのね!? 戻ってこないから心配したのよ!?」
「ど、どうしてここに?」
「リスタが魔族と戦いに出たって聞いたから、居ても立っても居られなくなったの!」
レティは安堵したかと思えば、怒りを露わにする。
「どうして兵士になったこと黙っていたのよ!?」
「それは……心配すると思って」
「当たり前よ! リスタは本当にいつもそう! ひとりで黙って危ない所に行っちゃうんだから!」
「……うん、レティの言う通りだよ」
好奇心旺盛な〈僕〉は川の側に、森の近く、放置された廃墟の中など興味ができれば、危険を顧みずに何処でも行った。
そんな僕をギリギリの所で止めて、命を救ってくれた事もあるのはレティだった。
姉として、いつも彼女は自由奔放な弟の僕を側で見守ってくれていた。
弟である僕の事を放っておけないからと、一緒に村を出てくれた。
そんな風にレティは、人間である僕を家族として想ってくれる。
──でも、それは僕じゃなくて、前の〈僕〉だ。
一瞬、気持ちの悪い思考が挟まれて体が震えてしまった。
思い浮かべた記憶が間違っていないのかと不安に襲われる。
そんなまさかと否定するも、疑念が晴れてくれない。
「震えてるじゃない……。ねぇ、兵士なんて辞めましょう、リスタには向いていないわ」
「……自分でも分かっているよ。でも男は兵士にならないと行けない、それが『砦』の決まりなんだ」
レティは身体の震えを上手く勘違いしてくれたようで、訂正する事なく乗っかる。
「それなら村に帰りましょう。兵士にさせられたって分かったら村の大人たちも分かってくれるわ」
レティの提案に心が惹かれる。
戦場から離れたい、村に戻りたいと強く思う。
でも、今は無理だ。
「でも僕の分、誰かが飢える事になる。それに兵士は給料が良いんだ。食料や日用品を村に送る事だって出来る」
「でも」
「だいじょうぶ……僕は、ここに残るよ」
それに、それよりもカーツ村に帰った時、この“他人感”がどうなるのか想像がつかなかった。
もしかしたら心が壊れてしまうかもしれない。
今だって、本当はギリギリだ。
レティが僕に違和感を持って、誰だと言われたらどうしようと怯えている。
「……分かったわ。でもリスタ、もしまた戦う事になっても、今日みたいに生きて帰ってきてね、約束よ」
「レティ……ああ、分かったよ。約束だ」
小指を合わせる約束の誓いを交わす。
絶対生きて帰ってきてねと約束をした。
でも、もう半分も守れていないんだ。
リスタは死んだ。
もしかしたら、ここにいる僕は全く別の存在かもしれない。
言えるわけがない。
「それじゃあ中に入りましょうか、お腹空かない? 今日は店で食べるわよ!」
レティは僕の手を掴んで『砦』の中へと入る。
戸惑う僕に、レティは歩きながら笑いかけてきた。
ふと、もし1人だったら、僕は『砦』の中に入っただろうかと、そんな事を考えた。
村に居た時も、レティはこうやって手を引っ張り、〈僕〉を家に帰らせてくれた。
僕が居場所を、帰る場所を見失わずに生きてこられたのは、彼女が居てくれたからだ。
「リスタ、おかえりなさい!」
「……ただいま、レティ」
そんな小さな姉を悲しませたくない。
────どうすればいいんだ。
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