第2話

自分たちが生まれ育ったバルベール王国は、小さな国だ。

それでいて自然が豊かすぎるゆえに獣が多く生息しており、領地の大半が丘陵地帯で街を作るには不適切な場所ばかり、歴史こそあるが人種が住める土地を広げられなかった。

さらには貿易産業の盛り上がりにより、品物を運搬するための効率的な“道”のみを維持し続けた結果、この国は『王都』と『運河』を繋げる長い一本道周辺のみが人種の生活可能領域となった。

生まれ故郷のカーツ村も、『王都』までの道の途中に存在する。


そんな一本道の端っこ、もっとも『運河』の近くであり、もっとも『王都』から遠い街こそが、僕とレティシアが現在暮らしているトュルベント辺境伯街砦。通称『砦』。

戦争が始まってから要塞化して『砦』と呼ばれるようになったが、トゥルベント辺境伯が在住している街でもあるので、最前線でありながらも兵士だけではなく老若男女の市民が生活している。


この『砦』はバルベール王国にとって、魔族の侵攻を食い止める防壁だ。

だからこそ優先的に物資が支給されており、その生活水準は長期的な貧困に見舞われる王国の中で、唯一と言ってもいいほど普通の暮らしが出来る場所とされている。


とはいえ長い戦争によって、バルベール王国の人口自体が減り続けている事もあり、それに伴い『砦』の人口も減り続けている。

戦争前は二十万人が暮らしていたとされるが、今では一万三千人、兵士に至っては千人ほどしか居ない。

そう遠くない未来、女性が徴兵されるのも時間の問題だと、余計な事を考えてしまう。


「リスタ、本当に怪我していない?」

「だから無いよ、信用してくれ」

「うー、分かった。でも転んだ時とは違うんだから、ちゃんと怪我したら直ぐに言いなさいよね」

「分かってるよ」


『砦』の中へ入ってからというもの、街中を横並びに歩くレティが何度も怪我がないかと尋ねてくる。

彼女が、ここまで心配するのは前のリスタが子どものころ、転んで擦りむいた怪我を隠そうとした事があるからだ。

昔の事で余計な心配を掛けさせてしまうことは申し訳ないが、同時に嬉しいと思ってしまう。

でも今は、後ろめたい気持ちが勝ってしまう。


本当に怪我はしていない。

致命傷となった首の切り傷は、には無い。

だから嘘は言ってない。


「そもそも、魔族とは戦っていないしね」

「そうなの?」

「うん、今回は戦場慣れするために連れて行かれただから数も少なかったし、戦っている間は後ろで見ていただけだよ」


これも嘘じゃない。

小鬼族ゴブリンに殺されて、殺し返した時のは暗殺とか不意打ちの類で、到底戦いと呼べるものじゃない。


「じゃあ戻って来るのが遅かったのって……」

「気持ち悪くなって道外れの草原で……その……」


……嘘じゃない。

でも誤魔化しばかりだと、途中で言葉がでなくなってしまう。

これじゃあレティに心配されて当然だ。


「そうだったの!? 平気? もしかして食欲無い?」

「あー、どうだろう……」


お腹は空いていないが、食べる事はできる。

でも、心の整理を仕切れていないのに、レティの側に居ていいのか?

僕はちゃんと、リスタとしての言動を出来ているだろうか?


もしも、バレてしまって、レティに僕らしくないと、リスタじゃないみたいだと言われるのが心の底から怖い。

別人だからと、拒絶される事が恐ろしくてたまらない。


「リスタ? リスタ! もう、また考え込んでっ! 道の真ん中で立ち止まらないの!」

「あ、ごめん」


プティットであるため身長が125センチしか無い姉は、呆れた顔で見上げてくる。

それを169センチの人間の弟が見下ろす。

身長を遥かに追い越してしまった日から記憶にある見慣れた角度。

レティの方はどうだろうか?

見上げる僕は何も変わっていないだろうか?


「……レティ、やっぱり今日は──」

「──おーい、リスタ!!」


食欲が無いと言い、断ろうとしたら聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。

声をしたほうを向けば、こちらに向かってが歩いて来ていた。


「ちょ、ちょっとリスタ、呼ばれているけど、あの人たちと知り合いなの?」

「あ、うん。ここに来てからずっとお世話になってる人たちだよ」


四種四人の男性たちに圧倒されたレティが、僕の後ろに隠れる。

〈僕〉も初めて出会った時、かなりビビったのでレティの気持ちがとても分かる。

良い人たちだ、でも圧が凄い。


「ナハハ! どうやら無事に帰ってきたみたいだな! 帰りが遅くて“エルフ”の奴がめちゃくちゃ心配してたぜ!」

「抜かせ“ドワーフ”。なにはともあれ無事でよかったぞ、リスタ」

「……はい、ドワーフさんに、エルフさん。ご心配をお掛けしました」


低身長で筋肉質な体系、顔の下半分を隠し切るほどの髭が特徴的な『ドワーフ』が笑い。

300年以上は生きているらしい、耳の長い『エルフ』が安堵の息を漏らす。

自分が無事であることを心から祝ってくれる彼らに、後ろめたさで濁った返事をしてしまう。


「そちらの女性プティット、もしかしてリスタくんの良い人かい?」

「良い人!?」


白髪と顔に浮き出るほうれい線から年老いているのだと分かる『プティット』が、同種であるレティの事を訪ねてくる。


「はい、以前話した大切な家族です」

「え゙っ!? ああ、うんそう、ね! ……レティシアです、リスタの姉のようなものです……」

「どうしたんだ?」

「なんでもないわよ!」


みんなに紹介すると、レティは様子をおかしくする。

理由が分からず首を傾げていると、高い位置からクツクツと笑い声が聞こえてきた。


「クク、姉では不満のようダナ」

「ぴっ!」


その笑い声の主は、長身痩躯が特徴的な人種『ランキール』である彼。

無口だけど、時々何かしら笑いのツボに入ると、こんな風に笑う人だ。

レティは急に話しかけられて驚いたのか、顔を赤くして変な声を出す。


「こら“ランキール”、あまり同種を虐めてやってくれるでない」

「事実を言っているだけダ」


130センチのプティットに、210センチのランキールが並ぶと身長差から、どちらかの顔しか見れなくなるのは、この『砦』に来て慣れた事だ。


「あー、レティ。この人たちは『自警団』だよ。知ってる?」

「え? 自警団って『砦』の治安維持活動をしている最強の兵士集団って言われてるあの!?」

「ナハハ! 俺たち単なる見回りジジイだよ!」


本人たちについては知らなかったようだけど、どうやら自警団の事は聞いたことがあるらしい。

ドワーフさんが謙虚に応じるが、数週間お世話になった身からすれば、その評価は決して誇張ではないと断言できる。


『砦』に来た初日、予定外だった兵士になって途方に暮れていた時に声を掛けてくれたのが最初の出会いで、それからと言うもの『砦』に生活するに当たり、彼らはとことん面倒を見てくれた。 

おかげで村の外に出たことが無かった僕であったが、直ぐに『砦』に馴染むことができた。


──できれば、今日は会いたくなかったな。


「どうだ? 祝勝会というわけではないが、これから私たちと共に食事でも、2人の会計は私たちが持とう」

「いいんですか! ありがとうございます!」

「……えっと、その、あ、ありがとうございます」


レティが嬉しそうにしているため、断りたくない。

こうなったら同行したほうが怪しくないかと、誘いを受ける事にしたのだが、明らかに感謝の中に動揺が混ざってしまっている。

不自然になってしまったかと不安になっていると、ドワーフさんが口を開いた。


「リスタ……おめぇほんと人見知りだよな」

「でも、初対面の時よりも柔らかくなったよ」

「身内がいるからじゃないカ?」


──ちょっとだけ複雑な気持ちになった。


+++


人間、ドワーフ、エルフ、プティット、ランキール。

東大陸に住む五種の人種が勢揃いして歩く姿は、客観的に見て結構物々しい気がすると思いつつ店まで移動する。


「では、やはりレティシアさんは『教会』のシスターでしたか」

「はい! といっても『砦』に来るまでは単なる村娘だったので、今は見習いをやっています」


その中で紅一点のレティは、すでに自警団のみんなと打ち解け、談笑していた。

レティは『砦』に来てからシスターとなり、神々を信仰する『教会』で働いている。

ただ、レティの神々に対する信仰心は、食事の際に祈る程度の一般的なもので、シスターの職務もあくまで職業として勤めているという感覚だ。


「ふむ、興味本位で聞くが、どうしてシスターに?」

「『砦』に来た時に先輩シスターに勧誘を受けまして、そのままって感じですね」

「そいつはすげぇな! 『祝福』か、それともなんか秀でた才能があったのか?」

「それは無いですよ! 私はまだ自分の『祝福』が何か分かっていませんし、特別な才能も多分ないと思います。先輩シスターが私に声を掛けたのは単なる人手不足で働き手を探していたからだと聞きました」


本人から日々の業務を聞く限り、主な仕事は『教会』が管理している書庫の整理。

村の廃図書館で〈僕〉が読み終えた本を片付け慣れていたレティは、手際が良いと先輩のシスターに褒められたらしい。


「そういえば、どうして皆さんは人種名で呼びあっているんですか?」

「特に深い意味はない。出会った当初、全員が相手の名前を覚える気が無くてな。それから人種名で呼び合うのが定着してしまっただけだ」

「おかげで種族名で呼び合うのは自警団の特権、なんて暗黙の了解が根付いてしまいました。これによってお互いを名前で呼び合う常識も生まれたのは良い事なのでしょうが、なんだか申し訳ない気持ちになります」

「好きにさせればいいサ、なぁ“人間”?」

「……そうですね」


ランキールさんがニヤつき顔で僕を見てくるが、視線をそらして気付かないふりをする。


「この店ですよ」

「ここって、酒場ですか?」

「おうよ。だが食事も絶品だぜ!」


そんな風に話している内に大衆酒場へと到着する。

〈僕〉は何度か自警団の皆とご飯を一緒に食べたが、ここに来るのは初めてだ。

店に入ると日中なのに、けっこう席が埋まっている。

見た感じ客の大半は兵士たちで、テーブルを見る感じ酒盛りというよりも昼食を食べに来ているようで、この酒場は兵士たちの溜まり場なのかもしれない。


「お、自警団じゃないか!」


店にはいってすぐ、店内に居た客や店員が『自警団』に気づいて声を掛けてきた。

その内容は様々であったが、どれも好意的なものばかり。

彼らが〈僕〉のように色んな人の面倒を見てきて、助けてきた『砦』の英雄だと証明する光景だ。


「みなさん好かれていますね」

「ありがたいことだ。席に座るまで一苦労しなければならないのが難点だがな」

「す、すごい」

「レティ、ほら、こっち」

「あ、うん、ありがと……」


猛烈な歓迎に、レティが圧倒されていたので、プティットの小さな手を掴んで誘導する。

いつもは僕を引っ張ってくれる彼女だが、こういう時は何時もと逆になる。


「あれ? ランキールさんは?」

「先にカウンター席の方に行った。テーブルの椅子では背丈が合わなくてな」


そんなランキールさんに合わせて、エルフさんたちはカウンターに近いテーブルまで移動。

手を繋いでいた僕とレティは自然と隣同士に、対面の席にドワーフさん、プティットさん、エルフさんの三人が横並びに座る。


「おーい! いつものくれ! 六人分」

「こら“ドワーフ”、リスタ君のは別で頼みなさい」


バルベール王国では二十歳未満の飲酒は法律違反であるため、16の僕は、“お酒”をまだ飲めない。

なので、全員分の酒を頼もうとするドワーフさんに、プティットさんが待ったを掛ける。


「それとレティシアさん、失礼ですが年齢は?」

「17歳です」

「でしたら、“珊瑚水”にしますか?」

「えっと……すいません。“サンゴスイ”ってなんですか?」

「珊瑚水は珊瑚水です」

「珊瑚水は珊瑚水だぜ」

「珊瑚水は珊瑚水だ」

「え? え!?」


──珊瑚水。

この言葉の意味が分からずに戸惑うレティに、どういう意味があるのかと耳元で説明する。


戦争以前、ある時『教会』によって東大陸全土に神託が公表された。

その内容は未成年とプティットの全面的な飲酒禁止である。

当然のごとく、とても問題になり、非常に拗れた。


だからといって神託とあれば蔑ろになんて出来る筈もない。

そこで生まれたのが“珊瑚水”という言葉である。

そう言葉だ。

これは海の珊瑚が混ぜた飲み物である。ゆえに珊瑚水は珊瑚水。

なので飲んでも大丈夫。

つまり、そういう事だ。


「……ねぇ、それってシスターの私が飲んでいい奴?」

「この言葉を生み出したのは、当時の教皇たち、つまり『教会』のトップだから問題ないよ」

「えぇ……」

「もちろん普通のジュースでも構いません。なんでも好きなものを頼んでください」

「じゃあ、せっかくなんで珊瑚水で!」

「僕も同じのでお願いします」

「分かりました。飲み慣れていないようなので度数の低いものにしますね」


注文し終わると、すぐに料理や酒が届いた。

ほんの少し遅れて、僕とレティの珊瑚水が来たことから、先に出されたものは“いつもの”として店に入ってきた時点で用意していたのかもしれない。


「みんなに声を掛けられて良い事は、人の温かさに触れられる以外に、こうやって席に座ったら直ぐに料理と酒が来る事だな……それに時々タダになる」

「なんだか極東落語みたいな話ですね」

「おっ、落語を知っているのか?」

「村の廃図書館に落語集の本があったので読みました。確か本来は役者さんが1人で舞台の上に座り、語るものだと書いてありましたが本当ですか?」

「本当だ、アレはいいぞ。語りのみの劇だからこそ培われた技術がある。機会があれば実物を見るといい」


エルフさんはエルフらしく知識が豊富で、色々な事に精通している。

〈僕〉は彼の話を聞くのが好きで、何回か1日中話し続けていた事もあるぐらいだ。


「おし、じゃあ、全員グラスを持て」


グラスを持ち上げるドワーフさんに全員が続く。


「そんじゃ、自警団の跡継ぎ候補である、リスタの初戦闘が無事に終わった事を祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

「か、乾杯……ってええ!? そうだったの!?」

「……ドワーフさん」


乾杯の音頭にて、レティに秘密にしていた事を、しれっと暴露される。

ドワーフさんに批判がましい視線を浴びせるも、何食わぬ顔で酒を飲みはじめた。


「そうだったの!?」

「いやまぁ、確かに誘われてるけど……」

「すごいじゃない! でもどうして? リスタは頭は良いけど、強くないのに……」


真っ当な評価過ぎて同意しかできない。

事実、〈僕〉は初めての実戦で──今はいい、考えたくない。


「その頭の良さを評価しているんだ。『砦』には自警団を必要と言ってくれる者たちが多い、だから年寄らしく次世代の事を考えていてな。彼が継いでくれたら嬉しいと全員が思った」

「でもレティの言う通り、僕は皆さんみたいに強くはありませんよ」


最前線である『砦』の治安維持は、弱くてはやっていけない。

僕みたいに外からやってくる人種の中には、中途半端に実力だけはある荒くれ者も多く、そういった奴らは騒動を起こしやすい。

よって治安維持とは、そんな問題を起こす荒くれ者を、時には武力を持って鎮圧しなければならないという事である。


だから本人たちは謙遜するかもだけど、自警団と呼び慕われている彼らは間違いなく強い。

最強の兵士集団だと、勇者パーティ並の実力者たちだと兵士の間では事実として受け止められている。

そんな彼らに、『砦』の中で最弱な新兵風情の〈僕〉が勧誘されているというのは、分不相応としかいいようがない。


「そう卑下た顔をするな。確かに戦う力は今は無い。しかしリスタには得難い知識と柔軟さを持っている」

「何よりもリスタ君は、相手をおもんばかりつつ、慎重に動ける人だと思いました」


エルフさんとプティットさんからの高評価に、どう反応すればいいか分からず。とりあえずサラダを食べる。

掛かっているドレッシングが美味い、初めて食べる味だ。

なんて現実逃避をしていると、レティが勢いよく立ち上がった。


「そうなんです! 確かにリスタは素直じゃない所があって他人と距離を置きがちにするし、好奇心が強くて廃図書館に籠ったり、フラフラと何処か行っちゃって危ない目にあったり、子供たちの勉強会の時は先生をいつも困らせたりもするけど……」

「レティ、落ち着いて、座って料理を食べて」

「でも、村の皆が食べるものに困っているのを知ったら、ひとりで村の中を駆け回って食べられるものを探して、放置されていた野草地に生えていた芋を見つけてくれて、すごく助かったんです!!」

「レティ……」

「クッ、ハッハッハッ!」


家族を褒められて気分を良くしたって感じに、レティは〈僕〉について饒舌に話す。

するとランキールさんが、これまでにないほど笑う。

向けている背中を視線で突き刺すが効果は皆無だ。


……確かに芋は見つけたけども、小さいし、数も少ない、味だってあまり良いものではなかった。

それでも貴重な食料だとして、試しに畑で育てて見ることにしたが、仮に上手く育ったとしても、十分な収穫量になるまで最低でも三年は掛かるとの話だ。

レティも村の皆も、今は食べられないけど未来の希望になったと褒めてくれたが……。


結局、芋の収穫は間に合わず麦は不作となってしまい、〈僕〉たちは村を出ることにしたため、その評価は素直に受け取れないよ……。


「そいつはすげぇな! やっぱり俺たちの目に狂いはなかったわけだ!」

「買いかぶりですよ」

「んなことないぜ、自信を持てよ!」


そういってドワーフさんは、サラダを摘んでいた僕の前に山盛りの肉料理を乱暴に置く。

人並みは食べるが、この一皿は食いきれないかもしれない……。


「ほら、難しい事考えずに、じゃんじゃん食って飲んで騒げ、ナハハハ!」

「はい! ……我々を創造し神々よ、糧を得る機会をくださり感謝いたします」


レティは神々に祈りを済ませると、早速食べだした。


「美味しいですか?」

「美味しいです! でも新鮮な野菜にお肉がこんなに、ものすごくお高いんじゃ……」

「そうでもないですよ。それに食が細くなる一方の老人にとって若者が沢山食べるのを見るのは生き甲斐なんです、どうか遠慮なさらず食べてください」

「はい!」


プティットであるため小さな体のレティであるが、僕よりも食べる。

村では食べられる量が少なかったから分からなかったけど、『砦』に来て発覚した。

そんな姉が遠慮なく食べられるようになれたのは、『砦』に来て良かったと断言できるひとつだ。


「そうだリスタ。実は君に貸そうと思って、これを持ってきた」

「これって……本……ですよね」

「ああ、このあいだ話題に出した本だ。語るだけでは我慢できなくてな。是非に君に見てほしいと、どうにか書庫から発掘してきた」

「エルフさんの書庫って……リスタ、どんな本なの?」


レティが側に寄って来る。

なにか話しているのだろうが、耳に入ってこない。

先程まで頭の片隅に追いやることが出来ていた現実に襲われていて、それどころじゃない。


「リスタ? もうまた考えに没頭しちゃって! えっと……“自分の『祝福』を見つける事ができる素敵な百の方法”……なんていうか、分かりやすいタイトルですね」

「自分の『祝福』について知るには、良き参考元になるだろう」

「そいつはいい! なんにしても自分の『祝福』は知っておいて損はないからな!」

「へー、面白そう。ねぇリスタ、読み終わったら私にも貸してよ。エルフさんいいですか?」

「構わんよ。返すのは寿命を迎えてからでもいい」

「読み終わったら返しますよ。ほらリスタ、いい加減戻ってきなさい!」


レティが肩に触れた事で、ようやく意識が現実へと戻る。


「言っておくけどここで読むのは駄目だからね、家に帰ってからよ!」

「……分かってるよ。エルフさん、ありがとうございます。家に帰ったら読ませてもらいますね」


──リスタは好奇心旺盛だ。


どんな時でも興味が引かれてしまうと、本を開いて最後まで読まずにはいられなかった。

エルフさんが貸してくれた本は、一足遅かったが自分の『祝福』に関係がある本であり、〈瞬時復活リスボーン〉について何かヒントが隠されているかもしれない。

調べるつもりなら、早めに読んだほうがいいだろう。

それに内容も、けっこう面白そうだ。


──そんな本を、〈僕〉は、ちっとも開く気にはなれなかった。

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