第16話
──何かが違う。
何かが今までと違うが、分からない。
“俺”の何処が変わった。
だが、考えている暇はない。
戦いはまだ続いている。
──カチカチカチカチカチカチカチカチ!
独特な音と共に、白い槍が床から、壁から、手すりから、荷物から、帆柱から、接地面がある場所なら、何処からでも生え伸びて来る。
幸いにも白い槍の柄部分は脆く、剣で簡単に破壊できた。
おかげで事前にあった白い槍も破壊は容易く、あまり気にしなくて良い。
それに独特の音によって、生え伸びてくるタイミングは分かるため、避けるだけならどうにかできる。
だが、勝てるイメージが沸かない。
〈俺〉になって、ドラキュリアの動きに付いていけるようにはなった。
付いていけるようになっただけだ。劣勢から状況が好転しない。
長い腕を変幻自在に振るい、剣に匹敵する切れ味を持つ爪で切り裂こうとしてくる。
それを裂けて斬りに行こうとすれば白い槍によって防がれる。
先ほどから、こればっかりを繰り返している。
絡め手、反撃、罠、攻勢、守勢。
あらゆる事を試してみても、全てが対策されて、ドラキュリアが殺しやすい状況へと戻される!
『血脈』も強力、種族として最強。それだけじゃない。
何よりも四天王ドラキュリアが、あまりにも戦いに慣れており、上手すぎるんだ!
今の〈俺〉は、今までのリスタとは比較にならないほど強くなっている筈だなのに!
それなのに、それなのに……!
「そろそろ飽きてきました。いい加減死んでください」
「こっちの……台詞だっ!」
必死に戦っている俺とは裏腹に、ドラキュリアは余裕を崩さない。
このままでは疲労によって動きが鈍くなった瞬間、また殺される。
どちらにしても時間がない。船が沈み初めている。
ルカさんの容態もある。呼吸は聞こえているが、非常に弱々しい。
それにドラキュリアに生きている事が気づかれたら、白い槍であっという間に殺されてしまう。
〈
そもそも、『港』にいる皆は無事なのか?
「荒っぽい事はお嫌いなんですがね」
「どの口が言ってやがる!?」
しかし、時間切れは急に来た。
ドラキュリアは我慢の限界を迎えたようで、何をするつもりなのか予期できた。
白い槍を無差別展開するつもりだ。
俺はともかく、間違いなくルカさんに被害が及んでしまう
どうする。
どうすればいい!?
悩んでいる暇はない!
「──〈
剣をドラキュリア目掛けて投げると同時に、ルカさんの方へと走り出した。
見えていないが、避けられているだろう。
独特な音が徐々に近づいてくる、白い槍が迫っている。
ルカさんを抱えると、そのまま船の外へと飛び込んだ。
どぼりと水中に沈む、経験したことのない、足のつかない水の中。
流れが強く、身体が引っ張られる。
目は開けられる。状況を確認する。ルカさんはしっかりと抱きしめている。
浮上したい。そう思っただけで、身体が勝手に動く。
今の〈俺〉なら泳げるかしれないという予想は正しかった。
「──ぷはぁ!? 」
水から顔を出して、思いっきり息を吸う。
足は付いていないが、浮いていられる。
体力も持つ、溺れる事は無さそうだ。
「ゲホ! ──ゲホゲホ!!」
「ルカさん!」
水を吐き出すが意識が戻らない。
どうする? 頬を叩いて起こすか?
せめて防具を脱ぎたいが、今のままでは難しい。
『港』が見えないほど流されている。
陸地から結構離されているが〈俺〉ならたどり着けるという確信があった。
「──っ!?」
嫌な予感と言うべきか、危険を感じ取り、身体を大きく逸らす。
直前、水面から俺目掛けて白い槍が生え伸びてきた。
──嘘だろ。水面から生やす事ができるのかよ!
傾き始めた船の方を見る、ドラキュリアが立っていて、こちらを見ていた。
「──逃がしません」
「しつこいんだよっ!」
続けて無数の白い槍が、襲いかかってくる。
ルカさんを背負い、必死に泳ぐ。
両手を交互に回すように水をかき、足を上下に動かす。
経験が無く、この動作が適しているか分からないが進めている。
水面のゆらぎや流れの影響か、船の上と比べると白い槍の命中精度は甘い。
だが、流れが早い水の中では思い通りに避けられない。
一瞬、運が悪くなるだけで、白い槍に貫かれて死ぬ。
俺は良い、よくないが甦れる。
でもルカさんは無事では済まない、僕ごと貫かれて死んでしまう。
どうする? どうすればいい!?
「──リスタ!」
名前を呼ばれた、上流のほうを見る。
すると其処には、小舟で僕の方へと向かってきてくれる、エルフさんとランキールさんが居た。
「エルフさん!?」
「掴め!」
「っ!」
横切る瞬間、差し出された手を掴むと,ルカさんごと引っ張り上げられる。
「助かった……でもどうして、ここに?」
「迎えに来たに決まっているだろu」
さも当然のように言ってくれて、感情が溢れそうになる。
いや、耐えられなかった。涙が出る。
「いったい何があった?」
「……勇者さんたちが……ルカさん以外殺されたっ! 四天王ドラキュリアによってっ!」
「ドラキュリア……串刺し公のドラキュリアか!? “ランキール”、直ぐここから離れるぞ!」
「やっていル──フッ!」
白い槍が小舟に襲いかかって来るが、瞬時にランキールさんが手に持っていたオールを振るい破壊する。
「何だこれハ」
「ドラキュリアの『血脈』です!」
「囲まれたら厄介だ、飛ばすぞ! 〈
エルフさんの生み出した暴風によって、船は陸に向かって急加速する。
あっという間に東大陸へと近づく。
白い槍は……追ってこない、射程圏外に出たのか?
「陸に到着したら、直ぐにプティットが〈
「……ルカさんは?」
「分からないが、傷は塞がっている。すぐに命に関わる事はないだろう」
エルフさんは、そう言ってくれたがルカさんの顔は青褪めている。
どう見たって危険な状態だ。
彼女が生きられるか、後はもう運次第なのかもしれない。
最悪だ。もっと何か方法があったんじゃないのか?
「戦場だ。全てが思い通りとは行かんよ。むしろ四天王と対峙した中で、よくぞ同胞を助け、生き残ってくれた」
エルフさんが慰めてくれる。
「──違う、本当は違うんだ!」
本当はもう何度も死んだと言いかけて、ギリギリの所で口を閉ざす。
さっきからなんだ? 考える事が全部、言葉になって出してしまいそうになる。
戦闘の時だってそうだった。やけに感情的というか──いったいなんだ。
──〈俺〉はどうなったんだ?
「とにかく、『砦』に帰って──リスタ?」
呼吸ができなくなる。
思えば二度死んで、蘇った。
あっという間の出来事で、考える暇なんてなかった。
「リスタ、しっかりしろ!? いかん、過呼吸状態だ! 気をしっかり持て! リスタ──」
殺された事とか、あの槍の痛みとか。
四番目、五番目とかの時とは比べ物にならないほどの他人感とかが一気に押し寄せてくる。
なんでだ?
どうしてだ?
俺は〈俺〉なのか。
リスタなのか?
なんでこうも俺は……〈俺〉……?
──────〈俺〉ってなんだ?
頭が真っ白になるにつれて、視界が黒く塗りつぶされて。
あっと言う間に意識を失った。
+++
リスタは大人たちに愛されていた。
でも、村に馴染めなかった。
周りからズレていた。
視点の違い、発想の違い、才能。
どう呼ぶのが正しいのか分からないが、カーツ村に生きる大人も子供も、人種関係なく違った。
リスタは寂しかった。
大人たちから貰ったものを返したいと思いながらも、寂しい世界から遠ざかりたかった。
だから本の世界へとのめり込む。このまま現実へ帰れなくなると分かっていても。
──リスタ!
でも、何時だって帰る事が出来た。
名前を呼んでくれる、彼女がずっと側に居てくれたから。
+++
「────っ!?」
意識が覚醒して、飛び跳ねるように身体を起こす。
建物の中、ベッドの上、『砦』に帰ってきたのだろうか?
「──目が覚めたか」
「エルフさん? ……ここは?」
「西正門の仮眠室だ。あれから数時間立っている」
ということは昼過ぎぐらいか。
丸一日経っているという事はなくて、良かった。
意識がハッキリしてくる。そうだ、聞きたいことが山程ある。
「アレからどうなったんだ? ルカさんは、他の皆は無事なのか!? ドラキュリアはどうなった!?」
「リスタ、きちんと話す、落ち着いてくれ」
「あ、わ、悪い、心配で早まったんだ……」
詰め寄ってしまった事に気づき、エルフさんに言われた通り、冷静になるように努める。
「先ず我々は“プティット”の〈
「生きてるんだな、良かった……」
でも、喜んでばかりは居られない。
アイツが、ドラキュリアが、このまま西大陸に帰るなんてありえない。
それに、こちらへとやってきた船、あの中に居た魔族は何だったんだ?
「そして現在、四天王ドラキュリアは約五十体の
予想通りにドラキュリアは、東大陸に留まっていた。
まだ『砦』に向かって来ていないのは幸いか。
それでも、事態は最悪なのは何も変わっていない。
「……
「獣の狼は見たことあるか? それに近しい外見をしている魔族だ。動きが俊敏で瞬発力に優れており、純粋な強さで言えば上位クラスだ」
「それが五十体……『砦』は、どうするつもりなんだ?」
「……リスタ、いつドラキュリアが『砦』に侵攻してくるか分からない以上、君が眠っているあいだに方針が決められた──『砦』の兵士は、ドラキュリアを迎え撃つ」
当然の話だ。
敵が向かって来る以上、『砦』を守る兵士として、どれほどの強者であっても戦わければならない。
例えそれが
「勝てるのか? アイツの『血脈』、白い槍に掛かれば百人だって、二百人だって、みんな一瞬だ……時間稼ぎも出来ずに殺される……」
ドラキュリアの『血脈』。
〈
それも無数に、制限も無い。多数を効率良く、殺す事に特化している。
万人殺しの異名は嘘ではない。
それにドラキュリアは、船の上では本気じゃなかった。
狭かったんだ。だから動きが抑えられていたのに、俺は劣勢を覆せなかった。
そんなアイツと広い平地、一本道で戦うことになったら……今の俺では勝てるかどうか分からない。
「……ハッキリ言おう、過去の記録を参考に、ドラキュリアとの仮想戦闘を行った結果。『砦』に残されている人員、装備、『祝福』の何れを持ってしても勝てる見込みは無く、リスタの言うように、時間稼ぎすらままならないという結論に至った」
あくまで盤上で行われた仮初の結果。だからこそ無駄死にしかならないという結果は重い。
「……それでも戦うんだな?」
「ああ、せめて非戦闘民が避難するだけの時間を稼がなければならない」
「避難って何処に逃げるつもりなんだ? 王都は『砦』の住人を受け入れてくれるのか?」
「難しいだろうな、だが逃げるしかないのだ」
『砦』の総人口、七千人を受け入れる余裕なんて何処にもない。
もしかしたら国外にも無いのかもしれない。
それに『砦』が陥落したら、どっちにしても魔族が国内へと入ってくる。
ただ神に褒めてもらいたいという理由だけで、全てが殺される。
カーツ村の両親も、大人たちも子供たちも、そしてレティも……。
──観念するしかない。
そうだ仕方ない、ちょうどエルフさんが居る。
打ち明けよう。
そうすれば、違う結果を導き出せるかもしれない。
「リスタ──この国はもう駄目だ」
「……な、なにを、言って……」
エルフさんから放たれた、予想外の諦めの言葉に動揺する。
まさか、気づいていなかったのか?
そう思って口を開いたら、エルフさんが手を前に出して止めてきた。
「だからリスタ、君はレティと避難してくれ」
「……本当に何を言ってるんだ? ……ふざけんなよっ!?」
エルフさんは俺だけ逃げろという、意味が分からなかった。
「できれば、ユキネ嬢たちトゥルベント屋敷の者たちも一緒にな。リスタが頼めば彼女は言うことを聞いてくれるだろう。その際は、民たちとは別のルートを通って欲しい、でなければ要らぬ不幸が起きるかもしれない」
「エルフさん、聞いてくれ! 俺は──」
「少ない人数なら移動もマシになり、安住の地を見つけやすい。そこで戦争とは無縁に、穏やかに暮らしてほしい」
「聞けって……」
「リスタ、君は死に行く事はない、死ななくていいのだ」
「エルフっ!!」
──違う、これは、エルフさんは……!
「ふざけんな! あんたもう分かってるんだろ!? それなのにっ……! 俺がっ! ここで戦わなくてどうするんだ、戦わせなくてどうするんだよ!?」
言えよ、言ってくれないと俺は──。
「……リスタ、どうやら大切な人が来たようだ」
「エルフさん!」
「頼む、年配者の願いを聞いてくれ……」
エルフさんは最後まで俺の言葉を無視して去っていった。
そうして入れ替わる形で大切な家族──レティが部屋へと入ってきた。
「リスタ!」
「……レティ」
心配で慌てて来たのか、レティは呼吸が粗く、汗を掻いていた。
シスター服を着ている事から、『教会』の仕事を抜け出して、俺の所に来てくれたのかもしれない。
「目が覚めたのね!? 本当に良かった! 何処も怪我してない?」
「……レティ、聞いているとは思うが、ここに抵抗もままならない魔族がやってくるんだ。『砦』はもうお終いかもしれない。だからレティ、ユキネ様と共に避難してくれ、あの人ならレティを無碍に扱わないと思うから……多分、了承してくれる」
俯き、顔を見ずに避難を進める。
「──私は、『砦』に残るわ」
顔を上げて、レティを見る。
なんでだと言葉にしようとして、できなかった。
だって、その評定は怖がっているのに、決意を秘めていたから。
なにを言っても駄目だと、弟だから分かってしまった。
──ふざけんなよ。
「リスタを置いて行けないわ……家で待っているから、必ず──」
「ふざけんな!」
カッとなって立ち上がり、小さなレティを見下ろす。
「エルフさんもレティも! それで死んだらどうするんだよ!? 〈俺〉は皆に死んでほしくなくて……っ!」
「──俺?」
「…………あ」
指摘されて、ようやく変化に気づく。
あるいは無意識に気づかない振りをしていたのかもしれない。
──レティ、止めてくれ、そんな見たことのない顔で見ないでくれ。
「……あ、あなた、本当にリスタ……なの?」
耐えられなくて、その場から逃げ出した。
+++
「ふむ……」
ドラキュリアが、『砦』に向かわなかったのには気になった事があったからだ。
彼は他者を区別する事が苦手だ。
人種なんて特に、時間を掛けないと見分けが付かない。
「おっ……おお、おお! そういうこと、そういうことですか!」
船が沈む前に持ってきた2つの“首”を並べて、交互に見ること数時間。
ようやく合点が行ったと、手を叩きながら笑い始める。
「もし、そうであるならば……ああ、なんて素晴らしいのですか! 魔族の神々よ、ワタクシに、このような機会を与えてくださり感謝いたします!」
立ち上がり、両手を広げて笑い続ける。
彼の配下である『
そうしないと殺されるから。
現に人種側の工作によって『港』に上陸に失敗したと知った時、何体も串刺しとなり、埋葬することもできずに、そのまま放置されていた。
こうして『砦』への進行は明日に回された。
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