第7話
『砦』があるトゥルベント辺境伯の土地は、そのほとんどが草原と丘陵地帯で構成されている。『運河』まで続く一本道は、貿易品の運搬のために整備されたもので、丘の間を通る非常に幅広い平らな谷道となっている。
話によると何十年も丘の斜面を削って平地を広げた箇所もあるようで、『運河』までの道を作る事がバルベール王国にとって、どれだけ大事だったかが知れる。
貨物馬車が十台横に並んでも余裕があったとされる一本道。
長年続いた戦争の影響で、丘側から徐々に草木が生い茂り、今は半分まで狭くなっていた。
自然に道が飲まれる様は、まるで繁栄してきた王国が戦争の渦に飲まれて、徐々に消え去っていくのを目に見える形で表しているようで、昔を知っている祖父母世代やエルフは、王国の未来を憂うと言う。
そんな貿易産業の要であり、バルベール王国を象徴としていた一本道を、魔族が進行している。
西大陸から船を出し、『運河』へと上陸した二種千体の魔族。
大半を担っているのは
必要最低限の衣類しか身に着けておらず、その手に持つ武器は、チンケな棍棒か剣のどちらか。
指揮官らしき者もいなければ、旗持ちも居ない。
事前に聞いていたとおり、軍団と呼べるものではなく、単なる群れと呼ぶに相応しかった。
しかし数は暴力だ。進んでいる方向が一致しているなら無秩序でもいい。
千体近くの
そんな
どうやら、作戦は上手く行ったらしい。
それは、先頭を馬に乗った騎兵が
魔族は人間を1人でも多く殺し、武功を上げることしか考えていない連中ばかり、
先頭の
これが罠だと、気付いた様子はない。
作戦は無事に成功したようだ。
──取り残されたのは、全長五メートルの巨人、城壁壊しの
鉛色の肌、
鋼の刃すらも止めてしまう筋肉の塊。
種族の名前にもなっている四本の剛腕は、あまりにも逞しい。
なにが一発殴られたら死ぬだ。あれなら指で貫かれただけで内蔵が破裂しかけない。
十体の
鉄球のサイズは半径2メートル以上あり、人間では転がす事すら困難な代物。
それを汗ひとつ掻く事もなく引きずる
その代わりといってはなんだが、
歩くにしても足を上げて前に出し、足を地面に置くまでの動作に数秒掛かっている。
すると、4つの腕を動かし合い始めた。アレが
それから数分後、話し終えたのか
どうやら、ここで投擲する事に決めたようだ。
『砦』との距離は、まだ500メートル以上あるが、それでも届くというのか。
軽々と鉄球を頭上へと持ち上げると、そのまま体勢を維持。頭上に掲げた鉄球はぐらつくことはなく、非常に安定している。
なるほど、確かに
筋肉もさることながら、重量負荷による負担の分散能力や安定感は、二本腕とは比べ物にならないようだ。
とはいえ、いくら鉄球を持ち上げられるだけの力を有していても、普通に投げれば飛距離は数メートルから十数メートルぐらいの筈だ。『砦』には到底届きやしない。
しかし、
その名も〈
自身が投げた物体の運動エネルギーを何十倍も増幅する能力。
物を持ち上げる事が得意な
──
それは
投擲の方向を定める、〈
そして第二段階、投擲する物体に運動エネルギーを増幅させる。
増幅させた分、矢印の色が濃くなるらしい。
変化を見逃さないように見続ける。
なぜなら、それが僕たちの合図だから。
鉄球の上、不自然に浮かぶ矢印の後ろ部分、色が変わりはじめる。
この瞬間を、僕たちはずっと待っていた。
──〈
突風が吹き荒れる、エルフさんの『祝福』によるものだ。
──今だ。
「行くぜリスタ!」
「はい!」
道の外、生い茂っていた草の中に潜伏していた僕たち奇襲部隊は、それぞれの武器を握り、飛び出した。
二人一組になって、狙いを定めてたい
「おらっしゃああああ!!」
相方であるドワーフさんは短い足でありながら、まるで跳ぶように走り、僕よりも速く
片足だけとなった事でバランスを崩し、真横に転倒。鉄球が落ちて、ドスンと地響きが鳴る。
ドワーフさんは首元へと近づき、上段斬りによって
恐ろしい四本腕の巨人が1体、絶命する。
首の断面から溢れ出る、大量の血が周辺に飛び散る。
簡単に倒せたように見えたのは、熟練の兵士であるドワーフさんだからだ、一連の動作に全く無駄がなかった、本当に強い。
「リスタ!」
「分かってます!」
次は僕の番だ。
僕たちから二番目に近かった
ドワーフさんを通り過ぎたあたりで、首が動き目があった。
だけど情報通り、動きは鈍い。
今の僕なら、二人目のリスタの運動能力なら間に合う。
「──くっ!?」
人種と同じなら、この部位は神経しかない筈なのにっ! なんて硬さだ!?
それに、まるで分厚いゴムのような弾力性があって、押し負けそうになる。
「う、おおおおおおお!!」
剣の勢いが完全に止まってしまう前に、力を込めて強引に振り抜く、傷口から血が飛び出し、僕の身体に付着する。
全身が血塗れになったが気にしてなんていられない。
片足の腱を斬られた
両膝と額を地面を付けた体勢の
ドワーフさんと同じように、
「ぐっ!?」
ガチンっと音ともに、刃が止まる。
手に衝撃が伝わり、剣を落としそうになる。
皮膚は切れたが骨が硬すぎる!?
「変わるぜリスタ!」
「すいません! お願いします!」
「気にするな、元からこうするって話だろ!」
そう、最初から僕の役目は二体目を転倒させるだけだ。
入れ替わったドワーフさんが、巨人のうなじ目掛けて、バトルアックスを振り下ろす。
ゴッと岩を割ったかのような音が鳴り、首が落ちた。
起きようとして、ちょっとだけ浮いていた身体がクタッと沈む。
血が吹き出す、頭から切り離された身体、もう動く様子はない。
──死んだ。もう蘇らない。蘇らない?
そうだ、普通は蘇らない。
「リスタ! 平気か!? 動けるか!?」
「っ! 大丈夫です、動けます!」
ドワーフさんに背中を叩かれて、正気に戻る。
雑念を散らして、まだ終わっていない戦場へと意識を戻す。
僕たちは二体倒して、残りは八体。戦況はどうなっている。
「──おわりダ」
ちょうど見えたのは、ランキールさんが立ったままの
手は長いのは分かっていたけども、槍の長さを合わせると、立ったままでも届くのか。
槍の穂先を抜くと、首の穴と口から血が溢れ出る。
出血多量で、手に力が入らなくなったのか、鉄球が滑り落ち
ぶつかった頭はへこみ、首の骨が折れたのか、そのまま倒れて動かなくなる。
よく見たら、ランキールさんの周辺には他にも、首に穴を開けた二体の
組んでいるエルフさんの力は借りず、たったひとりで立ち向かい三体を瞬殺。
「これが、ランキールの強さ……」
生まれながらにして戦闘の天才ランキール。
誰もがそう言うが、生で見て初めて実感する。
これで五体、僕と自警団の方は終わった。
残りは僕が所属している小隊。
彼らは僕と同じく、倒すのは二の次にして、足の健を切って転倒させる手筈となっている。
見れば上手く行っていた。
後はドワーフさんかランキールさんがトドメを刺すだけだ。
作戦は順調に進んでいる。
犠牲者は出ていない。
全部上手く行っている。
──これなら、無事に帰れそうだ。
「だ、駄目だぁ!!」
聞こえてきた叫び声。何が駄目なのか?
先輩兵士二人が、立っている
あそこは、僕たちが潜伏していた位置から、もっとも遠い場所だ。
反応される前に後ろに回り込めなかったのか?
エルフさんの風で動じなかったのか?
理由は何であれ、あの
「逃げろ!!」
走り出す。
声が届いたのか、先輩兵士たちは逃げ出した、それぞれ別方向に。
真横に逃げた先輩は問題ない。視界の外に逃げてしまえば、どうとでもなる。
問題なのは、背を向けて真っ直ぐと逃げている先輩。
──いつ、標的が変わったのか頭上の矢印の向きが、先輩兵士の場所へと向いていた。
その矢印は全体的に濃い色となっている。どれだけ運動エネルギーが増幅されるのか想像が付かない。
ランキールさんの槍が横切って、
倒す事は出来なかったが、身体がぐらつき、ほんの少し猶予が出来た。
これなら矢印の外へと抜け出せる──。
──矢印が動いた、変わらず先輩兵士を示している。
思えばなぜ、方向性を定める事が必要なのだろうか?
そうじゃない、〈
投擲物を必ず、定めた目標へと向かわせるものだったんだ。
これはエルフさんも知らなかったものだ。
きっと
狙われた以上、先輩は何処へ逃げたって当たってしまう。
──必ず生きて帰ってきて!
──帰ってくるよ。
家を出たときのやりとりを思い出す。
足が止まってくれない。
だって僕以外、死んだら。
「蘇らないんだ……!」
僕は勢いのまま、先輩を突き飛ばした。
その場で止まってしまう。
鉄球が迫ってきて────────。
──ああ。
──ああ、死にたくない。
──〈リスタ〉は死にたくないって思っていたのに。
ちくしょう。
視界が土煙で覆われている。
鉄球の衝撃で舞い上がったものみたいだ。
投げられた鉄球は、いったいどれほどの衝撃だったのか。
何も見えない。
地面がおかしい。陥没してひび割れている様子だ。
〈僕〉は見当たらない、もしかしたらあまりの衝撃に肉片すら残らなかったのか?
ああ、でもそれなら見られていないし、気づかれずに済みそうだ。
土煙の外へと出る。
「ぜぇぜぇ……リ、リスタ……!? 無事だったんだなぁ!」
急いで駆けつけて来てくれたのか、呼吸が粗くなっているドワーフさん。
声を掛けてくれるが、返事する余裕が無い。
僕は走り出す。
剣を抜いて、
うつ伏せに倒れた
「──死んでくれ」
剣を勢いよく振りかぶる。
綺麗に刃が入り込み、力を掛ける事なくすっと斬れた。
複製された剣は何も変化していない筈だ。
なら、首を綺麗に斬れたのは〈僕〉の技術によるものらしい。
砂埃が晴れて見えた、鉄球が打つかったであろうクレーターに、
これなら〈僕〉の血や残骸も隠してくれるだろう。
──それ以外の細々とした事は、今は考えられなかった。
「リスタ! よくやったな! やっぱおめぇはすげぇよ! ほら見ろ、お前さんが助けて奴も無事だぜ!」
ドワーフさんが喜々として話しかけてくる。
突き飛ばした先輩に、ありがとうと感謝される。
「危険行為であったが、無事だったのならばよい。リスタよくやった」
「すごかったゾ、リスタ」
エルフさんも、ランキールさんも、他の先輩兵士たちからも賞賛される。
リスタの名前が呼ばれる。
そんな彼らと話せる余裕がなくて、片腕を上げて答えた。
──僕はリスタ。違うリスタ。
三人目のリスタだ。
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