第6話
エルフさんに連れられて向かった先は、西正門の見張り台だった。
そこには自警団のドワーフさん、プティットさん、ランキールさん。そして僕が所属している分隊の先輩兵士たちが集まっており、剣呑な空気を漂わせていた。
ただ、迫りくる千体の魔族に緊張している様子はなく、全員が自然体に過ごしている。
彼らは間違いなく、奇襲に選ばれるだけの熟練の兵士なのだろう、僕を除いて。
「──エルフ! よく来た!」
「遅れてすまない、西門番長」
全身甲冑姿の中年ドワーフが、エルフさんを見るなり声を掛けてきた。
彼は『西門番長』。『砦』の最前線指揮官に等しい重役を任されているドワーフだ。
「こいつがお前のお気に入りか!?」
「リスタです……」
≪声が小さい!!!≫
声が大きいです。
何かに反響するような非自然的な西門番長の声。
明らかに声量を増幅させる系の『祝福』だ。
「西門番長。君の〈
「ふん! 活を入れただけだ!」
荒治療だ……でもまあ確かに、少しだけ落ち着いた。
なるほど、声を増幅させる『祝福』は、こうやって緊張をほぐす手段として使えるのか。
それに、これなら怒号が飛び交う戦場だって、ハッキリと命令を味方に届ける事ができる。
指揮官として、非常に適している『祝福』だ。
「時間がない! さっそく作戦会議だ!」
「ああ、改めて状況を説明しよう」
人間、エルフ、ドワーフ、プティット、ランキール。
五種十三人の兵士たちは、地図と駒が置かれているテーブルを囲う。
「本日、早朝の鐘が鳴る前に魔族の船団が『運河』に停泊した事を確認した。あいつらは着いて早々に『砦』に向かって侵攻を開始! その数は千体にも及ぶ。といっても九割以上は、いつもの
その名を聞いて、昨日殺された時の記憶が浮かび上がり、顔を歪めてしまう。
『
身長、身体能力ともに小柄で、頭に一本角を生やした魔族。
平均全長は150センチほど、知能が低く、言葉を話せないとされる。
主な武器は剣、棍棒、石斧。
防具の類はほぼ無く、衣服すらも最低限。
強さは戦い方次第で人間の子供でも勝てる程とされるが、繁殖能力が凄まじく、統計的な数字であるが、六十年続く戦争の中で上陸数が下がった事が無いとされる。
──シンプルな数の暴力を持って村や街、そして国を蹂躙してきた、もっとも戦争に適した魔族。それが
「……昨日のは、斥候の類だったんですか?」
初の実戦、何よりも死んで蘇ったりして気にする事が出来なかったが、思えば数を得意とする
「あの小癪な子鬼共は数こそ多いが統率は一切取れていない! そして馬鹿だ! 功名取りのため先走る連中が非常に多い!」
しかし、違和感は杞憂だったようで、単なるハグレであったと西門番長が断言する。
「おかげで本隊がやってくると、事前に警戒できる事だけは感謝しなければな」
「“疎らな子鬼を見たら親元探せ”、この戦争で生まれた諺の中ではかなりマシなやつだ。覚えておけ!」
──そんな馬鹿な小鬼に殺されてしまったのだと、深い溜め息を吐きたくなった。
ともあれ話を聞く感じ、昨日の時点で魔族の大群がやってくる事は予め想定されていたのだろう。
早期発見できたのも、諺に従い警戒していたからかもしれない。
「小鬼共はもういい! 問題なのはもう一体の種族の方だ!
城壁壊しの
僕たちが集められた理由の魔族。
「『
エルフさんから
「
──『
人種が持つ『祝福』の魔族版。魔族側の神々によって与えられたものとされるが真偽は不明。
幾つかの部分で『祝福』と違いがあり、別物とされている。
人種が神々から与えられる『
例え、血の繋がりがある親子でも、類似する『祝福』が与えられるかは、それこそ神のみぞ知る事だ。
一方で、『血脈』は種族事に同じ能力を有する特徴がある。
この特徴ゆえに、僕たち人種側は過去の記録を元に、攻めてくる魔族の種族から『血脈』を調べて対策を立てられるのだが……だからと言って勝てるかは別の問題だ。
『祝福』の能力が、あくまで自身を補助する事に特化しているのに対し、『血脈』は相手に危害を加える事に特化している。
それは戦争によって、ただでさえ身体能力で負けている人種をさらに劣勢に絶たせる理由になっていた。
「
「巨人共が巨大鉄球を転がして、こちらに向かっているのは確認済みだ!」
「『血脈』の発動条件は持ち上げた物に限定されるらしいが、
重い物体を持ち上げる事に長けている種族、持ち上げたものを遠くへと投げられる『血脈』。あまりにも相性が良すぎる……。
そんな『血脈』によって投擲された巨大な鉄球が、もしも『砦』の壁にぶつかったら、たちまち粉砕されてしまうかもしれない。
あるいは壁を超えて、街中にでも落ちたら、どんなに被害がでるか……。
なんとしてでも投げられる前に対処しなければならない。
「ナハハ、相変わらずしんどい相手だなぁ! んで、どうするんだ同胞?」
「慌てるな同胞! お前たちを集めたのはその
僕たちが別で集められたのは、
しかし、
この
「……案はありませんが、幾つか質問があります」
「構わん。気になる事は何でも聞け、エルフのお気に入り!」
「リスタです……
「そうだ!」
「
風使いのエルフさんが言う、風の噂は物凄く信憑性が高そうだ。
ともあれ、それなら十体の
「……魔族たちは、どの用に動いて来ると思いますか?」
「どうせ我先に子鬼共が考えなしに突撃したところを、小癪にも最後尾から巨人が鉄球を投げてくるだろう!」
「
「魔族は人間を1人でも多く殺し、武功を上げることしか考えていない連中ばかりだ! だから魔族の辞書に“連携”という素晴らしい言葉は存在しない! 戦いとなれば小鬼が我先にと突撃してきて、巨人共が味方お構いなしに鉄球を投げてくるだろう!」
「巨人族たちは自分よりも小さな鬼たちを都合の良い肉壁か、自分の進路を塞ぐ邪魔な壁にしか思わんだろうよ」
連携する事はないと断言される。
軍隊ではなく、まさに群れか……。
だけど、こちらから攻勢を掛けて乱戦に持ち込むことで、投擲を封じるのは無理そうだ。
「ちなみにだ。『砦』の前衛は門前にて盾と槍による密集陣形で迎え撃つ。
「下を見てみロ」
ランキールさんが門外の真下を指差す。
壁際から覗いてみると、兵士たちは運び込まれた長槍か長方形の大盾のどちらかを受け取っており、門兵の指示に従い陣形を構築している最中だった。
大盾を受け取った兵士が僅かな隙間を開けて横に並び、その隙間から敵を貫く役であろう槍兵が後ろに配置される。
あのまま移動するのには多くの訓練を必要としそうだが、動くことなく門で待ち構え、壁の上に布陣する兵による飛び道具と『祝福』の支援を受けて戦うのであれば、剣や棍棒しか装備していない
となると、やはり問題は
〈
「……
「そうだ。身体が重いからではない。おそらく生まれながら神経の作り的に遅くしか動けない、よって反応も鈍い。
「なら狙うタイミングは鉄球を持ち上げた時、……ですが
「そうだな、我らが
どのような倒しかたをするにしても、時間が掛かってしまうという事か。
「でしたら、やっぱり
「何か案はあるか?」
質問を重ねながら何か参考になるものはないかと、掘り起こされた記憶は硬派な戦記小説の内容。
所詮は創作であるため、どれだけ現実で通用するかは分からないが、この本の著者は多くの取材を行った上で、リアリティを突き詰める事に情熱を捧げているように見えた。
なら、まるっきり的外れではないとは思う。
「……いっそ
「あえて
「はい、そうすれば
「どう誘導する気だ?」
「難しい事ではないかと、
気がつけば、みんなの視線が僕に集中していた。
というか、先程から質問されているなと思ったら、エルフさんか……なんでそんなに嬉しそうなんですか?
「──ということだ、如何か?」
「これで卵から孵ってすらいない新兵とはな! 貴様らが気に入るわけだ!」
「ナハハ! やっぱりお前は逸材だよ、リスタ!」
「いや、いやいや! 別に作戦のつもりで言ったんじゃないですよ!?」
あくまで創作の内容を参考にした、それっぽい事を並べ立てた妄想に過ぎない。
それを、本当の生き死にがかかっている実戦に採用でもされたらと、必死に否定する。
≪どうするかは私が決めるっ!!≫
み、耳が……!
≪時間が惜しい! 遠慮する暇があるぐらいなら思いついた事を全て話せ!!≫
「わ、分かりましたから、もう煩くしないでください!」
西門番長の顔面と大声の圧に負けて、僕は思い浮かんだ事を全て話し始める。
──結論から言えば、僕の作戦は大きな変更点が無く、全員が納得する形で採用される事となった。
具体的な部分は西門番長とエルフさんによって決めたものの……まさか、こんな事になるなんて。
「……エルフさん、僕の事を試しましたか?」
作戦開始をする前に、いったん朝食を取ることとなり、パンを水で流し込んだ僕はエルフさんに問いただす。
間違いなく同じ事を思いついていた筈だ。
なのに、僕を誘導して喋らせた。
「すまない、リスタの才を西門番長に示せればいいと思った。そうすれば推薦を受けられるかもしれないだろ?」
『砦』の要である門を守る門番長は、事実上の最高指揮官だ。
その片割れである西門番長に覚えを良くすれば、後方勤務へと移動できる可能性が高くなるかもしれないと、エルフさんは、僕のために功績を立ててくれたんだ。
「……だからって、荷が重いですよ」
僕の意見が採用された作戦で、誰かが死ぬかもしれない。
死んだ経験があるからか、それが、たまらなく怖い。
「これは戦場だ。完璧な作戦や対策を立てたとしても、何かの拍子で犠牲は出てしまう。それに何もリスタの意見を鵜呑みにして決めたわけではない。経験だけは豊富な老人たちが、しっかりと納得して採用したのだ。失敗したとしても責任は我々にある」
「……そんな簡単に割り切れません」
「分かっている。でも、これが戦争なんだ……なんにしても生き残ってくれ」
「……エルフさんは、どうして僕の事を、そんなに気にかけてくれるんですか?」
何度も聞いた。その度に色々と理由を語ってくれた。
でも、僕は納得した事がなかった。
この人たちは何かを隠している。
「以前と同じ事を言うが疲弊したこの国で、君のような才気に溢れた若者は貴重でな。我々が生き残るための布石でもある。これでも君に亡命してほしくなくて必死なのだよ」
エルフさんは見慣れてしまった寂しそうな笑みを浮かべる。
本音だとは思う、でも根幹の理由ではないと、そんな気がしてならない。
「……帝国に亡命したって、ろくな扱いを受けずに前線に立たされて死ぬだけです」
「さて、どうだろうな……」
「──作戦時間だ! 全員準備はできたな!? プティット!」
「分かりました、それでは皆さん開きますよ──〈
作戦時間となり、プティットさんが〈
ついに戦いが始まってしまう。
──昨日死んだ瞬間は思い出し、胸が締め付けられる。
それとは別に、どうしてか身体は正常に動ける。やはり“これ”は変化の一つで間違いなさそうだ。
「ついて行けず申し訳ありません、皆さんの幸運を祈ります」
「おうよ!」
プティットさんは、高齢ゆえに身体にガタが来ており、戦えるほどの力がないため『砦』に待機する。
「奇襲地点に
僕たちは転移門を潜る。
──〈
僕は初めて実戦で戦う。
初めて魔族を殺すのだろう。
それなのに、戦えると、殺せると、気持ちの悪い確信があった。
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