第5話
────ほわあああああああああああ!!!
「──!」
悲鳴が上がり、何事かと飛び起きて隣を見る。
そこには目を見開き、口をあんぐり開けて、これ以上ないってくらい顔を真っ赤にしているレティシアが、僕を指でさしていた。
「……おはよう、レティ」
「お、おはよう……じゃないわよ!?」
「朝の鐘は鳴った?」
「いや、まだ鳴って……じゃなくて!?」
昨日あれから、ひとりになる事が怖いからと、僕はレティと同じベッドで眠った。
そのおかげか、あれだけ精神がまいっていたのにも関わらず、直ぐに意識は落ちた。
レティが居てくれて良かったと心から思う。もしも、あのまま一人で帰っていたらと想像するだけで震えそうになる。
「そ、それになんで、こんな格好に!?」
「髪を解いたのは僕だけど、格好については知らないよ」
レティは下着姿になっていた。
『砦』で買ったやつなのか、見たこと無い結構いい生地っぽい。
寝かせる時に邪魔になるからだと紙紐を外した時は、服はそのままだったはず。
眠っている間に熱くなって脱いだのだろうか?
「というかよ! なんでリスタが、ここに居て同じベッドで寝てたの!?」
「ダブルベッドだから二人で寝れたし、そもそも僕の家だからね」
「……え?」
室内を見回して、ここが自分の部屋じゃない事に気づいたようだ。
最終的に目を真ん丸にして僕を見てくる。
「あー、とりあえず台所に行くけど、どうする?」
「わ、私も行くわ……」
ずっと寝室に居るのも何だしと、台所へと移動する。
レティはベッド下に落ちていたシスター服を着て、髪をツーサイドアップに結びながら、僕の後ろを静かに着いてきた。
「紅茶を淹れるから座ってて」
「う、うん……」
台所には、その場で食事をとれる小さな椅子と2つのテーブルが有り、〈僕〉は基本的に、ここで食事を取っている。
別の部屋に移動するのが面倒というのもあるけど、家の中で一番落ち着くからだ。
「……り、リスタ……その……昨日、何があったの?」
竈門に火を付けて、ポットで水を沸かしていると、レティは探りを入れるように聞いてくる。
「覚えていない? 自警団と一緒に御飯を食べる事になって、そこで珊瑚水を飲みすぎたんだ」
「…………えっと、途中までは覚えているけど、それからの事は……ねぇリスタ、私なにかしちゃった?」
「……みんな、若くて可愛らしいねって褒めてたよ」
「それって本当に褒めてたの!?」
どうやら酔っていた時の記憶は残らないタイプなようで、レティは何をしてしまったのと、頭を抱えて悶絶する。
思えば、半日以上は寝ていたことになるのか。
今後、レティがお酒を飲む時は、次の日の予定を確認した方が良いかも。
「と、とにかくその後は!?」
「『教会』の寮が何処にあるか分からなかったから、僕の家で寝かせる事になった」
「そ、それで!?」
「疲れて、寝た」
風呂場の事は言えないので秘密にする。
「それだけ?」
「それだけ」
「……くぅ!」
何故か残念そうにするレティ、『砦』に来てから時々、こういう事がある。
お湯が湧いたので、コップに紅茶を淹れて、レティに出す。
「ありがと……ふぅ、美味しい」
『砦』で売られている物の中では安いやつだけど、味も香りもしっかりしているし、僕たちにとっては十分な贅沢品だ。
レティは気に入ってくれたようで、ちょっとずつ飲んでいく。
「早くしないと……お母さんとの約束……姉弟じゃない家族……」
なんだか、ブツブツと考え込みはじめるレティ。
〈僕〉ほどではないけど、姉も考え事をすると周りが見えなくなるタイプだったりする。
そんなレティを見つつ、紅茶を飲む。
うん、美味しい。
一息付いて、改めて考える──僕は、やっぱり違うリスタだ。
寝て起きても、今の僕になった時からある他人感は何も変わらず、薄まる様子もない。
でも、落ち着いている。
きっと、側にレティが居てくれているおかげだ。
だからこそ、レティにリスタではないと思われるのが恐ろしいと思いながら、リスタである事を証明して欲しいがために側に居て欲しい。
そんな矛盾した考えをしてしまっている。
ままならない。
「リスタ? なに考えてるの?」
「あ、いや……レティが居ると、ここっていよいよ実家みたいだなって思って」
言えるわけがないので、とっさに誤魔化す。
「ほら、ちょうどこのぐらいの広さじゃなかった?」
「確かに、馴染みある広さね」
カーツ村にて僕たち家族四人が暮らしていた家は、ひと部屋に生活に必要な家具と道具が固まっている一般的な村家だ。
さらにプティット用に調整された家であるため、子供の時は便利だったけど、人間男子として順調に背が伸びていくと、生きている世界がいつの間にか変わったかのような錯覚を得た記憶が呼び起こされる。
「だからか、ここで食事すると落ち着くんだ。それでも最初の数日は寂しくて仕方がなかったけどね」
「そうなの? 呼べばよかったのに」
「その時はほら、兵士になった事を隠していたから」
「そうそれ! だからリスタ、家を教えてくれなかったのね!」
全くもうと、ジト目で批難してくる彼女に、ごめんと謝る。
「心配してほしくないからって、悪い事を秘密にすると、取り返しの付かない事になるってお父さんに叱られたでしょ?」
「うん、そうだね……覚えているよ」
昔、転んでしまって出来た怪我を、隠してしまった事がある。
子供なりにサバイバル指南書に書かれていた傷の対処法を参考に処置を行い、偽装も施したのだが、すぐにお父さんにバレてしまい、両親揃って物凄く叱られた。
〈僕〉のしたことが、返って二人を心配させてしまう結果となったが、これが有ったからこそプティットの父と母が、人間である〈僕〉の事を本当の息子のように想ってくれているんだなと知れた、掛け替えのない大切な思い出だ。
「懐かしいね」
「……僕にとっては、今日のように思い出せるよ」
なんとも妙な返事をしてしまう。
村での過去は全て記録のように思い出せたが、それらに懐古感情は一切なく、知っているのに初めて見たような新鮮さがあった。
他者に記憶を元に嘘を付いているようで、罪悪に刺されている気分になる。
――止めよう、レティとのこの平穏な時間を楽しみたい。
考えるのは一人になってしまった時でいいと、何度でも頭の片隅に追いやり、温くなってしまった紅茶を飲みきる。
「あ、調理台大きい、人間サイズだ! ふーん、これぐらいなら私でも台に乗れば使えそう。ねぇリスタ、今から朝食よね? だったら私が作ってもいいかしら?」
「別にいいけど、大丈夫?」
「ええ、仲良くなった先輩シスターから料理を教わってるの! 今では、すっかり慣れたものよ……慣れないと怒られるし」
「シスター業って結構スパルタなんだね」
レティは刃物を怖がりすぎて、具材の皮剥きや斬るのが苦手だったのだが、教会の生活で慣れた様子だ。
「というか寮生活の家事がシフト制で、当番になると皆の分を夕食までに用意しないといけないから、怖がっている余裕なんて無かったのよ」
「なるほど、なら、味付けのほうも心配しなくていい?」
「任せて! 先輩曰く浜塩と胡椒を振りかければ、なんだって美味しいらしいわ!」
「そうなんだ……ちなみにレティ的には、その先輩の料理ってどう思ってるの?」
「塩と胡椒の味がして、とても美味しいわね! ……入れ過ぎに注意すれば」
塩分は摂りすぎる体に悪いと言う、先輩の健康が心配だ。
「あ、そういえば私、無断外泊しちゃったわ! うう、寮長に物凄く怒られる……」
どうやら非常に怖い方らしく、レティは顔を青くして項垂れる。
本当に感受豊かな姉だ、つい笑い声が漏れてしまう。
「笑い事じゃないわよ! 本当に怖いんだからね!」
「ごめん、寮長さんには僕も一緒に謝るから」
「ううっ、気が重い……このままリスタの家で過ごしたい」
「……じゃあ過ごす?」
「駄目よ、そうしちゃったら、もうここに住むしかなくなるわ」
「じゃあ住む?」
「そうね~……え?」
あんぐりと口を開くレティに、いつも通りを装って話を進める。
「いや、ほら家族だし、こんな大きな家にひとりで住むのは、やっぱり寂しいしさ。村の時みたいに一緒に暮らせたら良いなって思って」
「……お、お、お父さんもお母さんも居ないけど!?」
「そりゃそうだ」
……元から考えたわけじゃない。咄嗟に口に出てしまった提案だ。
今後の、ひとりの夜を考えると怖くて仕方がなくて、だからこの家で一緒に生活して欲しいと思ってしまった。
一緒に生活するという事は変化に気づかれやすくなるのは分かっている。
いずれは平気で、嘘を吐きだす事になるだろう。
でも、レティが帰られないと行けないと考えてしまったら、心の弱さが勝ってしまった。
「もちろん、レティが良ければだけど……」
「う、う~! そ、うね……わ、私もリスタと一緒に暮らすほうが気が楽でもないわけでもないしっ! リスタは目を離すと直ぐに何処か言っちゃいそうだから、姉として見ていないと行けないわよね!」
「う、うん、そうだね……?」
予想外の勢いに、反射的に肯定してしまう。
なんだか自己弁護のように聞こえるのは気の所為だろうか?
レティは椅子の上に立ち、腕を伸ばしてきた。
「じゃ、じゃあ、今日から末永くお願いするわ!」
「……うん、これからも宜しく、レティ姉さん」
こうして今日から僕は、カーツ村と同じくレティと一緒に暮らす事となった。
不安はあるし、後ろめたい気持ちもある。
でも今は素直に喜びたい。
手を掴み返し、握手すると、レティは心から嬉しそうに笑ってくれた。
僕も同じ顔が出来ているといいな。
──ゴーン! ゴーン!
「わっ!?」
物凄く丁度いいタイミングで、朝の鐘が鳴った。
レティは驚き過ぎて飛び跳ねた。
──ゴーン! ゴーン!
「そ、そういえば朝の鐘、まだだったわね。びっくりした」
「……待って違う、朝の鐘じゃない」
──ゴーン! ゴーン!
「朝の鐘は三回だ。これは──敵襲を知らせる合図だ」
「……え?」
『砦』では魔族が攻めてきたら、鐘が鳴る。
その回数で、兵士たちの行動が変わってくる。
相手が少数で、その日の当番だけで対処出来ると判断されたのなら、もう鐘は鳴り止む。
だが、鐘が七回以上、止まらなければ──。
──ゴーン! ゴーン!
──兵士総動員で対峙しなければならないほどの、大群が押し寄せてきた事を意味する。
「──レティ! 直ぐに避難を! 大規模な戦闘になる!」
「うそ、だって昨日来たばかりじゃ……」
斥候だったのか? 戻ってこないからと、本体がやってきたのかもしれない。
「レティは避難を!」
「あ、待ってリスタ! ……か、必ず生きて帰って来てね! 約束だからね!」
「……帰ってくるよ」
それだけ言うと、今度こそ防具が置いた着替え場へと向かう。
──楽しい朝の時間は終わり、戦争がやって来た。
あまりにも最悪だ。
+++
剣と防具を装備して外に出ると、女性や子供は少量の荷物を持って、慣れた様子で王都側である東区画へと向かって避難していた。
反対に、僕同じく防具で身を包み、剣を携えた男性兵士たちが西門へと向かう。
緊張した様子で慌ただしく駆け足な者。
慣れているのか何時もの調子で歩む者。
怯えているのか鈍足な者。
そして、その中に交じる僕の二本足。
「──リスタ!」
「エルフさん!?」
その道中、エルフさんと合流。
どうやら僕を探していたようで、呼び止められる。
「どうしましたか?」
「単刀直入に言おう。今回攻めてくる群れの中に厄介な魔族が観測された。我々自警団と君が所属する分隊は、共にその魔族を奇襲し叩く事になった」
「魔族を奇襲……」
「急な話ですまないが、リスタの力を借りたい、付いてきてくれ」
「……分かりました」
思う所はある。
でも、いまここで問答しても時間の無駄だと即決、エルフさんに付いていく。
「エルフさん、魔族の種類は? それにどれくらい来たんですか?」
移動中、時短のつもりで気になった事を尋ねる。
「襲撃しに来た魔族の数は千体。つまりこの『砦』の兵士と同じ数がやってきた」
「千体……! それで、厄介な魔族というのは?」
「──城壁壊しの異名を持つ巨人、名を
エルフさんは冗談では無い事を示すためにか立ち止まり、僕を真っ直ぐと見て言い放った。
「覚悟しろリスタ、我々がどうにかしなければ、この『砦』は落とされるぞ」
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