第8話

二回目の死。

二回目の蘇り。


僕はリスタ、違うリスタ。

三人目のリスタ。


脳みそに絡みついて締め付けてくるような他人感が増している気がする。

やっぱり、二人目のリスタの時と同じ。

僕は、どうしても僕を見た目と記憶を引き継いだだけの別人にしか思えなかった。


「──リスタ」


名前で呼ばれる。

反応が遅れたのは、考え事をしていたからだと思いたい。


「君のお陰で助かった命があるのは確かだが、些か周りに気を使いすぎだ。それで己の命を危機にさらすのは、やはり頂けない」

「まだ言ってるのか“エルフ”。もう良いじゃねぇか、こうして全員無事に帰ってこれたんだからよ」

「抜かせ“ドワーフ”。リスタは自分を顧みない所がある。こういうのは癖になる前に矯正しなければならない」

「ったく、お前さんの師匠面も板についてきたな」

「面倒な爺ふたりに絡まれテ、大変だナ、リスタ」

「──そんなことないですよ」


戦いを終えた僕たち奇襲部隊は、『砦』へと徒歩で帰っていた。

その道中、〈僕〉は賞賛を受けていた。

ひとりで四腕系巨人族クワ・トロールを倒したこと。

命懸けで先輩を助けたこと。

褒められて、叱られて、感謝されて、心配されて。

何度も、何度も、リスタと名前を呼ばれた。


──僕はリスタだ。

四腕系巨人族クワ・トロールを1体倒した。

でも、先輩を助けたのも、作戦を考えたのも二人目の〈僕〉だ。

別人の功績を掠め取ってしまったかのような罪悪感が募り、掛けられる言葉に、まともな返事が出来ない。


「よし、全員無事に帰ってこられたな」

「え? あ、もう付いたんですね」


考え事に没頭してしまっており、気が付かなかったが、もう『砦』まで到着したらしい。


「相変わらず、嫌になっちまう光景だな」

「仕方あるまい、これが戦争だ」


──戻ってきた門の前は酷い有り様だった。

自分たちが戦った場所とは比べ物にならないぐらいの、濃い血の匂い。

どこもかしこも血に濡れて、幾多の小鬼族ゴブリンの死体が転がっていて、兵士たちが移動させている。


「……みんな、死んでいるんですね」

「そうだ、みんな死んでいる」


魔族とはいえ、人種に近しい見た目の命を宿した生き物だったもの。

蘇る事なんてない、もう二度と動かない。

僕と違って……。


大きく息を吸って、吐いた。

落ち着く事はなかったが、なんとか思考をリセットすることが出来た。


「……血の匂いがしませんね」

「『砦』の近くとあって道の外の手入れは容易くてな。臭い消しの草を植えてある。でなければ街まで消えない血の匂いが充満してしまうからな。過去、私が提案したんだ」

「──お、英雄が帰ってきたぞ!」


遺体処理をしていた兵士たちが、僕たちに気がつくと作業を中断して集まってきた。

彼らは自警団や先輩兵士と話し始める。その内容は今回の戦いにおける賞賛が殆ど。

また、それには僕も含まれていた。


「聞いたぜ! すんげー活躍したんだってな! 次世代の自警団候補って言われるだけはあるぜ!」

「まだ『砦』に来て一ヶ月ぐらいなんだろ?、お前みたいな奴が来てくれて本当に嬉しいよ!」

「ちょ、うわっ……!?」


囲まれたうえで、賞賛を浴びせられ、もみくちゃにされる。

何かしらの『祝福』によるものか、情報伝達が早い。

自警団や先輩兵士たち、そして僕を英雄のように見てくる。


「それによ、今回の作戦を立案したのお前なんだろ? 四腕系巨人族クワ・トロールも1体倒したって言うじゃないか!」

「……〈僕〉は単に思いついたのを口にしただけで、作戦自体はエルフさんと西門番長が、それに四腕系巨人族クワ・トロールだって、僕だけで倒したわけでは……」

「謙遜するなよ。新兵にしちゃ、とんでもない成果だぜ」

「新兵は生きて帰るだけで偉い。それ以上の事をやったら超偉い」

「でも、あんまし無理すんなよな! こうやって偉くなれるんも生きてこそだぜ!」


──じゃあ、やっぱり偉くないですよ。


優しい人達だ。自分のことを心配してくれる。

でも、その優しさが辛い。しんどい。


≪何をサボっているバカ共!≫


西門番長の〈拡張口スピーカー〉によって増幅された声が、周辺に響き渡ると、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように作業へと戻っていった。


「小鬼たちが数が多い上に、巨人共はでかい。どちらも弔うのは時間がかかる! 時間が経てば腐敗が進み、病気を患う可能性も高くなるぞ! 咳で死にたくなければ、せっせと手を動かせ!」


壁の見張り台から指示を出す西門番長。

拡張口スピーカー〉を使わなくても、その声は大きく一字一句ハッキリと聞こえた。


「よくやったな貴様ら! 疲れただろ! 其処に居ては邪魔だ、ととっと『砦』の中に戻って飯食って寝ろ!!」

「というわけだ。どうする?」

「先ずは『砦』に入って、“プティット”と合流しようぜ」

「……あの、僕はみなさんの手伝いをしたいのですが」


そう申し出たのは、〈僕〉が死んだ痕跡を確認したかったからだ。

周辺を見た感じ、鉄球の衝撃によって木っ端微塵になったのか、遺体は無かった。

出来たクレーターに付着していた血や肉片も、おそらく四腕系巨人族クワ・トロールのと混じり判別できないようになっているから、現場検証では気づかれる事はないはず。


とはいえ、衝撃のあまり何処かへと飛んでいったらしい鉄球に、〈僕〉だったものが引っ付いているかもしれない。

何処にあるのか確認できるならして、そして隠せるなら、どうにかして隠したい。

なんて邪な考えを持った申し出に、答えたのは偶々近くにいた作業中の兵士だった。


「いいよいいよ、中に入って飯食って一杯やって寝な」

「ですが、一番新兵の僕が働かないのは流石に……」

「いやいや、俺たち予備軍だから。前に出て命貼らない代わりに、こういう雑用をしてんの」


予備軍と疑問に思い、よく見れば、その兵士には左手首から先がなかった。

この人だけではなく、作業中の兵士の殆どが体の一部を欠損、あるいは体の動作に違和感を持つものばかりだ。

彼らは負傷兵だったのか、今まで気づかなかった。


「そいういうことだリスタ。ここで我らが働くと彼らの仕事を奪うことになる」

「……分かりました」


エルフさんの言葉に従い、大人しく『砦』へと帰る。

門前にて血濡れとなった装備と衣類は回収、お湯に浸したタオルで身体を拭き終わったあと、支給された新しい服に着替える。

後日、回収した装備は綺麗に洗われて、割り当てた番号を参考に各々の家に送られる。これらの作業をしていた人たちも予備兵だった。


「──みなさん、お疲れ様です」

「プティットさん」

「リスタ、無事に帰ってきてくれたこと、心から嬉しく思います」

「……はい」


開いている門を通り抜けると、自分たちを待っていてくれたプティットさんと合流。

何人かの兵士を見かけるが閑散としており、女性と子供は見当たらない。まだ避難した人たちは戻ってきていないようだ。


「これからどうすル?」

「食事するにしても、店主が帰ってこない事にはな」

「何時もの酒場で待っていてもいいだろ」

「あの、避難した人って、いつ帰ってきますか?」

「既に戦闘終了の知らせは届いている筈だ。そろそろ戻って来るだろう」


なら、いま直ぐにでも、レティに会いたかった。

会って、安心したかった。

彼女の側に居ると、難しいことを考えなくて良くなるんだ。


「リスタ君、レティさんと会いたいのでしたら、時間を置いた方がいいかもしれません。避難関係の仕事は『教会』の担当なので、忙しく働いていると思います」

「そう、なんですね……どれくらいで落ち着くか分かりますか?」

「夕方までは掛かるかと、場合によっては寮の門限を超えるかもしれません」


プティットさんは『教会』に関して詳しいようで、色々と教えてくれる。

なら今日は会えないのかもしれない……。

どうしよう、家に帰っても1人だ……1人で家に居るのは嫌だな。


「……リスタ君、もしよろしければ私たちと一緒に居ないかい?」

「いいんですか?」

「もちろんですよ。といっても年寄りらしく、昨日の酒場でのんべだらりとするだけですが」


気持ちが顔に出てしまっていたようで、プティットさんが気を使い誘ってくれる。


「どうせ兵士たちも次第に集まって祝いの席になる。遠慮しなくていい」

「ナハハ! つっても警戒体勢解除の鐘がなるまで酒は厳禁だぜ!」

「守った事のない、お前が言うか“ドワーフ”」

「酔わないドワーフだから言うんだよ、“エルフ”」

「……それなら是非」


一緒にいると、変化に気づかれてしまうんじゃないかと不安に思うが、それ以上に、1人で居たくないという気持ちが勝り、同行する事にした。


「おう! ……と、ちょっとだけ待ってくれ」


ドワーフさんは真剣な顔になると、ひとりの兵士の元へと向かった。

兵士は地べたに座り、泣いている。

そんな彼にドワーフさんは幾つか話しかけると隣に座った。


「彼は?」

「……どうやら、今日の戦いで友人を亡くしたようだ」

「──え?」


五感が鋭く、この距離でも会話が聞こえるエルフさんが教えてくれた。


「……あ、そう、なんですか……」


どうして思い当たらなかったのか。

戦争なんだ。僕も死んでいるなら味方だって殺されるに決まっている。

無傷で勝てるっていうのは、上手く行けばの話だ。

……分かっていたはずなのに。


「……何人死んだんでしょうか?」

「三名の勇敢な兵士が亡くなりました。怪我人も出ましたが彼らは治癒系の『祝福』で助かるほどです……しかし、即死してしまえば、どうにもなりません」

「…………」

「リスタ、戦いがあった日は自身を労り、仲間を慰め、そして生きている事に感謝する時間だ。気にするなとまでは言わないが……我らは兵士である以上、仲間の死をと受け入れなければならない」


千体近くの小鬼族ゴブリン相手にしたら、犠牲が出るのは仕方がない。

むしろ、たった3名だけで済んだと、考えることが僕のやるべき事なのかもしれない。


それでも考えてしまう、こんな『祝福』を神々から与えられた意味を。

死んで蘇る度に、僕の大事な部分が失われるとして。

死んで蘇る度に、僕が強くなっていくとして。

もし僕が、わざと何度も死んで、この戦いに挑んでいたら誰も死なずに済んだのだろうか?


──死んでも蘇る〈僕〉が死ねばよかったのだろうか?


「リスタ、兵士の死を深く考えるな。でなければ死に取り憑かれてしまい、今度は自分の番になりかねない……戦死者の葬儀は後日行われる、その時に偲んでやってくれ」


今の僕は、明らかに様子がおかしいみたいだ。

察してくれたエルフさんが、乱れた気持ちを整えようとしてくれるが、こんな事を考えている時点でもう手遅れなのかもしれない。

だって昨日から、死んだ〈僕〉に、ずっと心が引きづられっぱなしだ。


後日の葬儀、棺桶の前に立った時、僕は何を考えるのだろうか?

死後の世界についてだろうか?

死んだら人はどうなる?

生まれ変わりが、あるというのも怪しいものだ。

なにせ、死んだ〈僕〉でさえ、死後の世界がどうなっているのか、分からなかったのだから。



+++



まとまらない思考のまま『自警団』と行動を共にし、昨日の酒場に集まって時間を潰す事にした。

エルフさんの言う通り、兵士たちが集まって大宴会が開催。

最初こそ落ち着いていたが警戒解除の鐘が鳴り、酒が解禁され、避難していた人たちが戻り始めると、一気に盛り上がりは始めた。

その騒々しさは魔族と戦闘が有ったのが嘘だと思えてしまうぐらいで……僕も巻き込まれた。


──リスタ、お前すごかったんだな!


四腕系巨人族クワ・トロールへの奇襲を成功させた立役者。

そんな風にみんなが僕を褒めてくれた。

その中には感謝もあって、期待もあって、心配もあって……。

みんながみんな“リスタ”と……〈僕〉の名前を呼んだ。


「──ふぅ」


日が沈んだのを見計らって、先に帰ると裏口から店を出た。

騒々しさは途切れる事はなく、店内に収まりきらないとして、表の外では樽や木箱で即席のテーブルを作って対応していた。

店員たちは慣れきっていたようで手際が良く、きっと戦いが終わると何時もの事なのだろう。


そんな表とは反対に、店の裏には全く人が居ない。

表通りに比べて数が少ない光石式外灯の淡い光に照らされた道が、ひどく物寂しい。

店の壁を突き抜けてくる騒々しい声も合わさって、まるで別世界に、いや、むしろに来てしまったような錯覚に陥る。


「……酔わなかったな」


十杯以上飲んだのに全然酔わなかった。

思えば昨日も、一切酔わなかった。

初めて飲んだのは14歳、カーツ村の古くある成人の儀式の時。たった一杯だけだったけど、直ぐに顔が熱くなって眠たくなったのに。

流石におかしすぎる。

もしかしてこれは、蘇った事による変化なのか?

酔って戦えなくなるなんて事を防ぐためのものなのか?

神々は人間の心をどう思っているんだよ。


「……はぁ」


これから、どうするか。

酒場には戻れない。

ただ名前を呼ばれるだけで、頭がどうにかなりそうだった。

取り繕う事すらもままならず、みんなが話しかけてくれても、上手く対応できなかった。

それを新兵だからと、戦いの後だからと、元から人見知りだと、周りのフォローが入る度に罪悪感が募り、どうしていいのか分からなくて……。


広い店内がギュウギュウ詰めになるほど、たくさんの人が居たのに、ひとりぼっちのようで、思考の底に沈んで溺れてしまいそうになった。


──レティに会いたい。


そんな事ばかり思ってしまう。

理由は分からないけど、姉が側に居てくれると、心が安定する。

でも、今日は家に居ないだろう。

どちらにしても、一緒に暮らす許可は、まだ取っていなかったから寮に居るはずだ。

だから今日は家に帰っても1人。


1人か。


……今からレティを迎えに行ってもいいだろうか?

いや、駄目だ。自分勝手が過ぎる。

落ち着け、姉を便利な精神安定する道具のように扱うな……!


「……いよいよ、ヤバいかも」


三度目のリスタの変化によるものか、単にリスタとしての記憶によって心が疲弊しているのか、どうにも心が不安定過ぎる。

これは本当に死んだショックによるものか?

蘇って、まとわりつく別人感によるものか?

解決策を講じるといっても、いったいどうすればいいんだ?


……ああもう、本当に駄目だ。思考を散らせ、心が保たない。


「はぁ……」

「──あ」


もう何度目かわからないため息を吐くと、なにやら返事のようなものが帰ってきた。

客か店員かと思って声のしたほうに顔を向ける。


「え?」


そこに居たのは予想していた誰でも無かった。

腰に極東刀を携え、極東服に身を包んだ金色の瞳と銀の髪を持つ女性。

こんな人気のない夜道に決して居ては行けない御方。


「──なんで居るんですか、ユキネ様」

「そ、それはその……へ、兵士たちに労いをしに……」


『砦』の当主であるユキネ=トゥルベント辺境伯は、非常に気まずそうに視線を逸らした。

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