第15話
勇者パーティを乗せた大きな船が、謎の白い槍のようなものに貫かれて、今にも沈みそうだ。
何が起きているか分からない。
でも考えるよりも、先ず勇者さんたちの無事を確かめないと。
だから、船が流されて目視できなくなる前に、プティットさんに〈
「待てリスタ! 上流の方を見ろ!」
上流から、こちらへと向かってくる物が見えた。
まだ距離が遠く、手の平サイズにしか見えないが、あれは船だ。
ただ荷物を運ぶだけの、棺桶のような形をした、巨大な箱の船。
誰が乗っているかは分からない。
だけど“何が”乗っているかは分かる。
魔族だ。
また魔族が『運河』を横断してきた。
バルベール王国へと攻めてきた。
今度はいったい、どれほどの規模か。
なんでこんな勇者パーティの旅立ちの時に、タイミングが悪すぎる。
まさか狙われたのか? ……くそっ!
「ここに留まるのは危険だ。いったん『砦』に戻るぞ!」
「……待ってください!」
「リスタ!」
「勇者さんたちを……放っておけません!」
エルフさんの判断は正しい。
種族も数も分からないまま、僕たち五人だけで迎え撃つのは自殺行為だ。
王都からやってきた船大工と造船技師だって居る。
真っ先にするべき事は彼らの安全を考慮して、プティットさんの〈
でも、勇者さんたちが無事なのか、確認せずに離れるなんて出来ない!
「お願いです、せめて僕だけでも船内へと行かせてください!」
「駄目だ」
「エルフさん!」
「もはや船は制御を失っている。仮にリスタだけを船へと移動させてしまえば、目の届かぬ場所まで流されてしまい、迎えに行けるか分からないのだぞ……」
そう、何よりも問題なのは帰りだ。
プティットさんは皆を『砦』へと避難させるために、ここに残らなければならない。
そのため、船の方から〈
無謀、それ以外言いようがない。分かっている。
「──それでも、生きているかどうかも分からないのなら、僕は確かめずにはいられません」
船の中で勇者さんたちが、どうなっているのか分からない。生きているのか死んでいるのかすらも不明だ。
だったら生きて、助けが必要な状況かもしれない。
このもしかしたらを無視してしまえば、僕はもう本当に〈リスタ〉とは思えなくなる!
「──だからといって、自己犠牲を肯定するわけには行かんのだッ!」
初めて聞くエルフさんの恫喝。それでも、引く選択肢は選べない。
こうなったら四番目の僕の身体能力を信じて『運河』に飛び込むか。
重たい防具を脱げば、浮くだけなら何とかなるはず、後は流れに逆らわずに船に向かって水を掛けば。
最悪、死んでも──。
「リスタ、何を考えている!」
「よせ“エルフ”……行かせてやろうぜ」
「何を言う“ドワーフ”!?」
防具を外そうと留め金に手を掛けた所で、ドワーフさんが許可を出してくれる。
「“エルフ”、この子は諦めませんよ」
「“プティット”までっ!」
「それとも無理に連れて行きますか? もしそうであるなら、私たちは再び覚悟しなければなりません……あの時の事を後悔しているのは、貴方だけではありませんよ」
プティットさんの言葉に、エルフさんが口を閉ざす。
どうして、僕の我儘が自警団の後悔に繋がるのか、それは分からない。
だけど時間がない。この流れを切ってほしくないために、最低な沈黙を選ぶ。
「どっちにしろ、やってくる魔族の足止め工作はしないとだろ。それが終わったらリスタを向かいに行って全員で生きて帰ればいい……これはリーダーとしての意見だぜ」
自警団のリーダーはドワーフさんだ。
何時もは、ドワーフらしくないからと、口にするのも嫌だって言っていたのに、僕のために……。
あまりにも迷惑を掛けている。
それでも……!
「エルフさん、お願いします……!」
「……分かった。リスタ、命を粗末にしないと約束してくれ」
「……はい!」
「それでは開きます──〈
何度もお世話に成っている、〈
「移動中の物体に繋げると出現時間が、とても短くなります。開いたと同時に通ってください」
「分かりました」
「迎えの扉を絶対に見逃さないでください。無事に帰ってきてくださいね……開きますよ!」
〈
その先は、ちゃんと船の上に繋がっていた。
「これは……」
──船の上、甲板は見て明らかに酷い有り様だった。
『港』から見えていた、返しが付いた矢印のような先端の白い槍。
床だけではない、壁や帆柱など、あらゆる場所から生え伸びており、突き刺さっていた。
この白い槍は間違いなく『血脈』の類だ。
あの魔族の船から発動したのか?
かなり距離が離れていた筈なのに、だったら『港』も危険だ。
直ぐに勇者たちを見つけ──。
「──あっ……勇者、さん……くそっ!!」
──勇者さんは探す事もなく、直ぐに見つかった。
まだ出発したばかりだから、甲板に居たのだろう。
右側の手すりの側だったため『港』からは見えなかった。
──勇者さんは、白い槍に滅多刺しとなり、立ちっぱなしで息絶えていた。
手には剣が握られており、周辺に多くの折れた白い槍が転がっている。
状況から見るに勇者さんは生え伸びる白い槍に対応出来ていた。
手すり近くに居たのは、『運河』に飛び込むつもりだったのかもしれない。
しかし、手すりから生えた白い槍が背中へと突き刺さり、動けなくなってしまった彼は無数の槍を避ける事ができず──殺されてしまった。
「こんな死に方は……あんまりだろっ!」
本人は、何も出来ずに死ぬことだって覚悟していた。
でもこんな。
こんな始まって直ぐに。
こんな船の上で。
こんな風に死ぬような人じゃなかったはずだ。
耐えきれずに視線を逸らす。その先には串刺しになっている勇者パーティの三人がいた。
体形からしてプティット、ドワーフ、ランキールの人たち。
全員が名を馳せる凄い人であったのに、呆気なく死んでしまった。
それが何よりも恐ろしく、無力感に苛まれる。
僕に、出来ることは何も無かった。村の時と同じように。
「────ウッ──」
項垂れていると、何処から女性のうめき声が聞こえてきた。
そういえばエルフの女術師、名前は確かルカさんが居ない。
ルカさんは何処だ!?
「……居た! 生きてるっ! 大丈夫ですか!? 声聞こえますか!?」
ルカさんは船内へと入る扉近くに倒れていた。
もしかして、勇者さんたちとは離れていたから助かったのか?
「う……あ、だ、だれ……?」
「リスタです! 『砦』の兵士の! 助けに来ました!」
意識がある。でも無事じゃない。
白い槍は刺さってこそないが、腹部に刺し傷があった。
このままじゃ、出血多量でいずれ死んでしまう。
「うっ……く、薬……腰の……!」
「薬? 腰の……これですか!?」
ルカさんの腰に巻かれたポーチから、透明の容器に入っていた薬を取り出す。
「う、うん……それ、傷にかけて……」
「分かりました」
「う、あぁ……!」
悩んでいる時間はないと、薬を傷口に掛けと、ルカさんは痛みに悶える。
この薬は何だったのかと、傷口を確認すると血が止まり、塞がっていた。
「これは傷を治す薬ですか?」
「う、うん……私が、作った薬……」
そうだ、ルカさんの『祝福』は、あらゆる薬を作る事ができるものだった。
どうやら怪我をした時のために、あらかじめ傷薬を作って持っていたらしい。
「……何処に……いるの……──」
「ルカさん!?」
誰かの名前を呼びながら、ルカさんは意識を失った。
……息はしている。傷は塞がったようだけど、容態は悪そうだ。
はやく『砦』に戻って治療しないと。とにかく、この船から脱出しなければ。
小舟が有って無事なら、それを使って東大陸に上陸して、プティットさんの〈
「小舟は──」
「こんにちわ」
カチッ。
────聞き覚えのない声と音が聞こえたと同時、腹部から背中に掛けて強い衝撃を受ける。
胸元を見ると床から生え伸びた白い棒が、僕の腹部に刺さっていて、背中へと貫通していた。
「──ごほ、ごほっ!?」
口から大量の血が吐く、確実に肺をやられた。
身体がもう無理だと諦めたのか痛みはない。
それにしてもやけに冷静だ。これも変化の一つか。
手遅れにならなければ気が付かないなんて、最悪だ。
エルフさんに……皆に謝らないと……。
「──良かった、まだ居たのですね。やはり確認は大事です──でないと殺さずに見逃してしまうところでした」
後ろから、大きな手のようなものに頭を掴まれる。
抵抗できず、頭を後ろに引っ張られて倒された。
そのさい、白い槍がボキリと音を立てて折れる。
仰向けに寝かされる形となり、背後に居た物の正体を見る。
「お、お、おま……えは……」
「何を言っているのか分かりません、ちゃんと喋ってください……ああ、もしかして名前を聞いているのですか?」
三メートルはある長身痩躯の体形、それなのに床に届くほどの長く大きな腕。
その手先にある指は三本のみであり、鳥の
動物の川と骨によって作られたであろう鎧の隙間から見える皮膚は、頑強そうな鱗に纏われて、頭に生えた二本角と爬虫類系の顔骨格。確か
──
戦場に現れれば多くの人が死ぬと、絶望の象徴として人種たちに恐れられている最強の生物。
「申し遅れました、ワタクシ四天王序列三位。『
四天王、人種を万人以上殺した魔族が名乗るとされる称号。
本来であれば人種が多い大国にしか表れない筈の敵。
それが……どうしてバルベール王国に──。
こいつが──。
こいつが勇者さんたちを──。
殺したのか──。
「おや、死んでしまいましたか。はて、以後お見知りおきをというのは、この場合正しい言葉だったのでしょうか? ──貴方はどう思いますか?」
──完璧な奇襲のつもりだった。
蘇ってすぐ、腰を低くして視線の外から足目掛けて剣を振るった。
しかし、ドラキュリアの反応速度は尋常ではなく、刃が届く前に腕を三本指でガッチリと掴まれる。
やつの動きが見えなかった。五番目の僕は四番目よりも強くなっている筈なのに……!
「しかし、どこに隠れていたのでしょうか? 気配は感じませんでしたが……もしかして『祝福』の能力ですか?」
……? 僕が殺した〈僕〉だと気づいていない?
顔を見れば分かりそうなものだが、もしかして人種の顔を判別できないのか?
「くっ……!」
掴まれた剣を抜こうとするが、両腕で力を入れてもビクともしない。
「……なんで、なんで四天王がここに居る!? お前たちは帝国にしか現れないんじゃなかったのか!?」
「……? おかしなことを言いますね。別に私たちは貴方たち人種が居る所なら何処だって行きますよ?」
「なんでだ!?」
「殺すためですよ? 逆にそれ以外に理由があるんですか?」
軽々と、体を片手で持ち上げられる。
「──がっ!?」
ドラキュリアの腕に目掛けて、蹴りを放とうとするも、帆柱へと叩きつけられる。
「〈
カチ。
「ゴッ!?」
床から斜めに伸びてきた白い槍たちが、腹部に突き刺さり、帆柱に固定される。
槍が抜けない。足が床に届かない。
痛い、だが致命傷じゃない。できるなら脱出したいが……駄目だ、びくともしない。
人を殺す事に特化した動き、何も出来なかった。
変化したのに、こんな呆気もなく。
これが、万人殺しのドラキュリア、あまりにも実力差が開きすぎている。
「最近、ワタクシの狩り場に人種が見当たらなくなってしまいました。ですので、新しい狩り場を探していた時にですね。偶然ここを見つけてしまったのです! まさかの穴場、それを見つけられるなんて、神々に心からの感謝を送らなければなりません!」
「……どうして……お前たちは……僕たちを殺す……んだ?」
せめて、もう一度死ぬまで時間稼ぎをする。
こみ上げてくる血を吐き出しながら、ずっと気になっていた事を魔族に尋ねた。
六十年続く戦争は、魔族側の急な侵攻によって始まった。
どうしてか、その理由を知る機会は訪れなかった。関係書物を見ても、理由だけは何処にも記載されていなかったのだ。
なので、『砦』に来てから暫くしたある日の事、エルフさんに聞いた事がある。
──いずれ分かるときが来る。それまで私たち古き兵は何も語らないと決めたのだ。どうせ知った所で奴らは来るしな。
あえて伏せられている魔族が人種に対して戦争を仕掛けた理由。
四天王ドラキュリアは語る。
「それは勿論、神々に“成果”を捧げて褒められるためにです」
「──ほめられ…………?」
脳が理解することを拒んだ。
「人種を殺した数だけ、魔族の神々は我らにお褒めの言葉をくださるのです。それはとても素晴らしいもの。魔族に神々から与えられる最高の栄誉、最高の賞賛、最高の褒章! ──“グッジョブ”や“イイネ”を頂くために、私たちはひとりでも多くの人種を殺すのです!」
ふざけている。
「──そんな、そんな理由で殺すのか? 僕たちを!!?」
あまりにもふざけてる!
政治的な事情も無し、歴史的な恨みも無い。
宗教戦争と呼ぶにもおこがましい。
こんなの戦争と呼んでいいものじゃないはずだ。
単なる虐殺だ。
神々から褒められるために、僕たちは殺されている。
僕は殺された。何度も殺された!
これまで抱いた事のない純粋な、激怒が湧き上がる。
こういうことだったんですね、エルフさん。
それはそうだ、こんなの聞いて、冷静で居られるはずがない……!
この怒りは抑えきれるものじゃないっ!!
「ワタクシは序列一位となって、もっと神々に褒められたいのです。そして神々は派手な死に様を見ることが大好きです。ですので盛大に泣き叫び死んでください──〈
「ふざけ──」
「──
無数の白い槍が床から生えてきて、身体に突き刺さっていく。
「────~~っ!!?」
足、脹脛、太腿、腹、手、腕、胸、肺、心臓、首。
下から順番に身体に突き刺さる。
激痛に、声無き絶叫が船に響き渡る。
「────あ」
遅れて、最後の白い槍が、視線下へと伸びてきて。
視界が転がり落ちていき──。
「……なんですか、なんですか! 不思議ですね! 先ほどまで絶対居なかった筈なのに!? いったいどうやって隠れていたんですか!?」
──横一線に振るわれた剣を、後ろに下がって避けられる。
追撃を掛けると爪で防がれるが、掴む様子はない。
もしも掴んできたら、反撃をするつもりだったのを読み切られてしまっている。
「速いですね!」
剣と爪による斬り合い。
長い腕を鞭のようにしならせて振るい、三本指の鋭い爪で切り裂こうとしてくる。
それを剣で弾き返し、斬り掛かる。
距離を取ろうとするドラキュリアに、距離を離さないように意識して動く。
身体能力も、技術も、ドラキュリアの動きについて行けている。
カチカチカチカチカチカチ──!!
〈
だが狙いが甘くなるようで、避けやすい。
あらゆる場所から生え伸びてくる白い槍を避ける、斬る、受け止める。
「中々やりますね。私は高貴なる者なので強者に敬意を払います。明日まで覚えられるか分かりませんが、お名前を伺っても?」
──どこまでもふざけている。
生きてきた中で、死んできた中で、今まで抱いた事のない感情を吐き出すように叫ぶ。
「……リスタ、〈俺〉はリスタだっ!!」
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