第14話


勇者様と入れ替わるように、庭園へとやってきたユキネ様。

レティは歩くのにすら苦戦していたハイヒールで走っているが、転びそうな様子はない。


「すまない、抜け出すのに時間が掛かってしまった、レティシア嬢は?」

「眠ってしまったので、メイドさんに頼んで寝室を貸してもらいました、よろしかったでしょうか?」

「無論だ、なんだったらリスタも泊まっていくといい」

「いいんですか? それではレティも居る事ですし、お願いします……それでユキネ様」

「すまない、その前にひとつ話したい事がある」


本題に入ろうとすると、ユキネ様が待ったを掛ける。


「リスタ、実はお願いがあるんだ」

「お願いですか?」

「会場に居たエルフ殿には既に話を通したのだが、リスタには万が一が無いように勇者パーティを『港』まで護衛を頼みたい」

「……分かりました、早朝出立する勇者パーティの護衛に加わります」


当主様のお願いであるから拒否権はない。

むしろ嫌なら断ってもいいけど、みたいな空気を出している方が問題だ。


しかし、まさか勇者パーティの護衛を任されるとは、というか言葉のニュアンス的に、自警団の一員として数に入れられていなかったか?


「うむ…………」

「……あの夜で起きたこと、僕の『祝福』を秘密にしてくれてありがとうございます」


視線を右往左往するユキネ様。

会話が次に行かないので、僕の方から本題へと入る。


「でもどうして、あんな噂が?」

「実はだな……」


噂について尋ねると、頬を赤らめるほど恥ずかしそうに、でも何処か達成感に満ちている様子で話はじめた。


「家臣たちに説明したさい、理詰めで痛い所を突かれてしまってな。なんとか辻褄を合わせるために咄嗟の思いつきを口にしていたら、何時の間にかあんな風に……だが、リスタの秘密は守れたぞ!」

「それでよく嘘ってバレませんでしたね?」

「ああ、私の証言と残されていた証拠が合致していたからな。家臣たちは勢い任せに刀を振るって偶々助かったのだろうと納得してくれた……そして物凄く怒られた」

「それはそうですよ」


夜の街を護衛も付けずに一人出歩き、危険な目に会ったのだから家臣たちの怒りは相当なものだっただろう。

怒られた時の事を思い出したのか、しゅんと落ち込むユキネ様。


「にしたって“頭”のところとか、何故あんなふうに?」

「それが……家臣たちは、私が頭を真っ白にしたことで起こした奇行の類であると、結論付けたようなのだが、流石にそのまま市民に伝えられないからと、少しだけ変えたのを流布させたら、何故か極東時代劇風に……」


どうやらユキネ様のイメージを守るために、家臣の広報担当が脚色し、それがさらに尾ひれが付いた結果、ユキネ様成敗事件として広まったらしい。

……まあ『祝福』の事さえ隠せたのならば、特に何かを言う必要は無いだろう。


「──リスタ、その、あれからどう? なんて言っていいか分からないけど、生活に支障出てない?」


ユキネ様は急に雰囲気と口調を変えて、問いかけてきた。

故意的であるかはわからない。

ただ、ここからはユキネ様の個人的な話なのだと感じた。


「そうですね……大丈夫ですよ、充実した日々を送れています」


四番目のリスタとなって多くの変化があった。

苦悩はしているが、充実しているのも嘘ではない。

レティが側に居てくれるおかげで、気が狂わずに過ごせている。


「──良かった」


安堵の息を吐く。

……ちゃんと僕の事を気にかけてくれていたんだな。

これなら、もう無謀な出歩きはしないかもしれない。

そうだったら〈僕〉が死んだかいはあったと、そう思える。


「えっと、それでその……あの……」


それから、また表情が忙しくなる。

こちらをじっと見てきて、目が会ったと思えば直ぐにそらして。

顔を真っ青にしたかと思えば、もうなんかよく分からない苦渋に満ちた顔になる。

会場で優雅に微笑み、勇者パーティと会話していたトゥルベント辺境伯様と同一人物とは思えない。


「その、本当に嫌だったら答えなくていいんだけど……」

「なにを聞いても怒りませんので、なんでも言ってください」

「……死ぬときって、なにを思うの?」

「……それを聞きますか?」


人の急所を一突きするような質問に、思わずため息が出てしまう。


「うっ、怒らないって言ったのに……」

「怒ってませんよ。ただ物凄く困ってはいます」


死ぬ時なにを思うのか。

できれば口にしたくはないものだ。それにどう表現すればいいのか分からない。

何よりも、他人に聞かせるべきものじゃない。

特に、兵士に死ねと命じなければならないユキネ様には。


「決して良い話にはなりません……聞いても辛いだけです」

「……父が死ぬ間際に、何を考えていたのか少しでも知られるなら」


……ああもう、本当にずるい人だ。

それを言われたら、断るのは無理だ。

なにが当主としての才能が無いだ。

天才的な交渉術を持っている。


「……あくまで〈僕〉の感想です──人は死ぬ時、難しい事なんて考えられません、ただ生きたいと願うのです」

「生きたいと、願う……」


思考が加速する。走馬灯が巡る。

熱、汗、痛み、痙攣、寒さ、暗闇、無。

鉄球に潰されて即死した時を除けば、死ぬ時に起きた出来事の全て。


「脳が停止し、感情が失われていくの肉体の反応と思考、その根幹は“生きたい”という意思が発するものだと蘇り、脳が復活し、感情が元通りになった思考で……そう思いました」


僕はもう人生に満足して死ぬというのを、フィクションにしか思えない。

それが〈僕〉の死を体験して得たしまったもの。

きっとどれだけ死んでも、蘇っても、元の〈僕〉に戻ったとしても拭う事のできない価値観だ。


「……それでも貴方は、戦ってくれるの?」


予想しなかった問いではなかった。

それでも考え込んでしまい、彼女の不安を煽ったのだろう、彼女は必死な形相になって口を開いた。


「帰ってからずっと考えていた。どうしても貴方に嫌われるのが怖いけど、それでも考えたの……リスタ、もし貴方が望むなら、私はトュルベント当主として、なんでも用意する。だからその……『砦』から居なくならないで……!」

「……一兵卒に身に余る言葉です」


死なない兵士というのは、当主として何としてでも手元に置いておきたい戦力だろう。

だけど、見方によっては死んだら蘇るだけの『祝福』を持っているだけしかない僕に、彼女はどうして、こんなにも必死に止めてくれるのだろうか。

……なんにしても答えないと。


「ユキネ様。僕はこれ以上の物は必要としていません。ですが『砦』を出るつもりはありません。魔族とも戦うつもりです」

「ほんとう?」

「ええ、本当です。この『砦』は良いところです、優しい人たちばかりで、料理だって美味しい。だから何処にも行きません」


むしろ、『砦』以外に行ける場所なんで何処にもない。

カーツ村に帰っても食べられるものがなく、飢えるだけだ。

それに王都だって、帝国だって、『教会』だって、〈瞬時復活リスポーン〉について知られたら、間違いないく碌でもない目に会う。


「……リスタは優しいね。こんな私なのに……」

「そんな事ありません。きっとユキネ様だから、こう思えたんです」

「私だから?」

「はい、貴女だから僕は『砦』に居たいと思えたんです」


もしユキネ様が、僕の〈瞬時復活リスポーン〉を知って利用してくるような領主だったのなら、僕は彼女に強く反発して、レティの手を引っ張り、何処か遠くへと逃げていたかもしれない。

でも彼女は貴族らしくなく、人として真っ当に気を使ってくれたからこそ、この『砦』に留まっていられる。


「──私にも価値が──」

「ユキネ様?」

「あ、な、なんでもないよ! ……ゴホン! じゃ、じゃあ明日、日が開ける前には起こすから、勇者パーティたちをよろしく頼む」


顔を真赤にしたユキネ様は咳き込むと、当主としての立ち振るまいに戻ったかと思えば、そそくさと屋敷の方へ戻ってしまった。


「……明日か」


当主のお願いを断れるはずがないが、死地に向かう者たちを見送らなければならなくなった事に、ほんの少しだけ憂鬱になった。

……これがユキネ様が受けている苦しみ、なんて余計な事を考えてしまう。


+++


──早朝、太陽が昇る前に、兵士服に着替えて屋敷の外へと出る。

レティとは話したかったけど、まだ寝ていたので“行ってきます”とだけ言い残して来た。


「リスタ君、歓迎会に招待されていたんですね」

「ナハハ! なんでぇ、だったら行けば良かったな、正装姿のお前さんとレティ嬢ちゃん、見てみたかったぜ!」

「“ドワーフ”が行けバ、迷惑にしかならなかっただろうナ」

「そんなこと有りませんよ」

「お喋りはここまでのようだ。勇者たちが来た」


西門にて自警団の四人と合流、時間通りに勇者パーティたちもやってきた。


「今日はよろしくお願いします」


勇者様は代表して、順番に僕たちを悪手を交わす。

その際に含みがある感じでニコッと微笑まれたので、苦笑で返す。

含まれているのは、昨日のユキネ様に関してのものだろう。

もしかしたら、無遠慮な質問ばかりしていた、僕へのちょっとした仕返しのつもりなのかもしれない。


勇者パーティは早々と馬車へと乗り込み、『港』へと出発した。

僕は馬に乗れないため、ランキールさんの背中に乗せてもらっての移動。

ランキールは背丈が高いので、正面は何も見えないが身体が細く、ちょっと横に傾けるだけで前を見る事ができる。

遊牧民の一族であるランキール。長身痩躯ちょうしんそうくの肉体は、こういった乗馬移動に合わせて進化したのかもしれない、なんて考えるとちょっと楽しかった。


ランキールさんは物静かな人であり、僕も率先して話す性格ではないため到着するまでは静かなものであった。

ただ、一度だけ会話が有ったのだが……。


「……もシ、何かあったらお前を放り投げル。いつでも受け身を取れるようにしておケ」

「分かりました」

「勘違いする場合もあル」

「……後で謝ってくださいね?」


結局、到着するまで何事も無かった。

程よい緊張感を保つための、ランキールさんなりの冗談だったのだろう。

もっとも『港』に到着した瞬間、雑に降ろされたけど……。

雰囲気とは裏腹に、本当におちゃめな人だな


「ここが『港』……想像以上に酷いですね」


他国との貿易品の出入りが盛んだったバルベール王国。

その『港』は端から端へと歩くだけで1時間は掛かりそうなほど広大だった。

戦争以前は血液を巡らせる心臓のように、小さな国を潤し続けてくれた場所。

それが今では見るも無惨に荒れている。


「酷いものだろう、直しても魔族の上陸を手助けしてしまうからと、戦争が続く限り放置する事しかできない」

「これ……船を出せるんですか?」

「ああ、そのために準備はしてきたようだ」


『運河』に浮かべられた大きな船。その周りには人間とドワーフの数十人が忙しなく働いていた。


「何時の間に……」

「王都の『教会』に頼み、丸ごと転移してもらったようだ。まったく、聖人の勇者パーティ参加といい、いったいどのような交渉を行ったのか、考えるだけで頭が痛くなる」


『教会』は魔族との戦争を反対こそしていないが、常に非協力な態度を取っている。

そんな『教会』から聖人を勇者パーティに加入させて、さらには船と職人たちを『祝福』で転移させるために協力させたらしい。

いったいバルベール王国が、どのような対価を払ったのか、想像すると、確かに頭が痛くなるような話だ。


「あの船は王都で展示されていたものでな。そして彼らは戦争が終わったとき、直ぐにでも貿易産業を再開できるようにと、王命により技術継承を続けてきた造船技師と船大工たちだ……本当なら戦争が終わってから腕を振るう筈だったのだが……ままならんな」

「でも、みんな嬉しそうです」


作業をしている船大工たち、その顔つきは晴れやかなもので目が輝いている。

あ、ドワーフさんが混ざりに行った。

エルフさんが、あの馬鹿とため息を零したが、頬は緩んでいる。


「それにしてもエルフさん、本当に詳しいですね?」

「風の噂というやつだ」


その噂、信憑性がとても高そうだ。



+++



「──それでは皆さん、行ってきます」


勇者たちが船に乗り込んでいく、たった五人の船旅。

操作に関しては、ドワーフの従者さんが精通しているようで、なにも問題ないらしい。


結局、最後まで何も話さなかった。

後悔は有るけど、いま口を開けば、死地へと向かう彼らを否定してしまっていた気がする。

船から僕たちを見ろして手を振るう彼と目が合い……手を振り返す。

きっとこれだけで良かったのだと、そう信じる事にする。


「西大陸にはどれぐらいで到着するんですか?」

「『運河』の流れに乗ってしまえば、一日足らずで到着するらしい」


川幅30キロはあるとされる巨大な『運河』。

太古の昔、人種と魔族が誕生したばかりの時代に、神々によって作られた河だと言われている。

その証拠に、海から流れてくる海水が、大陸の狭間を通っている頃には真水になっているのか、その原理は解明できるものではないらしく、神の御業だとされている。

地形学者の本の終わり、考えるだけ無駄と結論を出していた事を思い出す。


なお、どうして神々は『運河』を作り、大陸を分けたのか、その理由は未だに分かっていない。


「うしっ! 動いたぜっ!」


港に固定していたロープが外された船は、流れに沿って動き出した。

造船技師や船大工たち、そしてドワーフさんが歓声を上げる。

船首が斜めを向いて、西大陸の方へと進み始めると、あっという間に小さくなっていく。

あれだけ速くなるのか、本当に一日で到着してしまいそうだ。


「無事に西大陸へ到着して欲しいですね」

「そうだな。せめて彼らが見えなくなるまで祈ろう」


みんなで小さくなっていく勇者たちを見続ける。

また勇者様たちと、東大陸で再開できますように。そう神々に祈った。


「……何かおかしいゾ」


──この中で真っ先に気づいたのは、ランキールさんだった。

いったい何がおかしいのか、彼の視線の先にあるのは勇者パーティが乗っている船。


目を凝らす。


すると見えた。


船がのを。




「────え?」


何が起きているんだ?


「おい、船が流されているぞ!?」


船が流れに逆らわなくなり、船首が下流の方へと向き、そのまま下っていってしまう。

見えた船の側面、外から船内へと、あるいは船内から外へと白い槍が突き刺さっている。


何が起きているのか分からない。

だけど、あれはいつ沈んでもおかしくない損傷だ。


「──プティットさん!! 〈転移扉ワープゲート〉を船に繋げてください!」


考えるよりも先に、叫んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る