第9話 やって来た二人

 そのあいだにもお湯は沸騰し続けているので、電話している伊藤いとう愛乃あいのと、接客に戻った菅野すげの貴以子きいこ杭瀬くいせいくを除いた、わたしと小塚こつか麻美子まみこ加勢かぜ美則みのりでアイスティーを作り続ける。

 いままで猪俣いのまた沙加恵さかえがお客さんの並ぶポジションに居すわっていたので、後ろには二人ほどお客さんが並んでいた。

 アイスティーはベストの状態のものを出したいので、先に作って氷が溶けすぎて薄まったものは使わないことになったのだが。

 そうやって「廃棄食材」を作ると「持続可能な発展」的によくない、とか、あの猪俣沙加恵が指摘に来るのだろうか?

 その猪俣沙加恵の後ろにいた二人のお客さんと、あとから並んだもう一人のお客さんにアイスティーとスコーンを渡した。それでとりあえず列が消えた、と思ったところに、列に並んだだれか……。

 白い半袖のシャツに、胸のところに入った片側三筋、両側で六筋のピンタック。

 ……って、あんまり評判のよくない瑞城ずいじょうの夏制服だよなぁ。

 わたしも着ているけど。

 さては。

 「生徒会のみなさん、がんばってください!」

とか、だれか奇特な生徒が来てくれたのだろうか?

 差し入れとかを持って。

 「あの、なんか湯沸かしポットのお湯が沸騰し続けてて困ってる、って聞いたんですけど」

 はいっ?

 何?

 もう一般生徒に漏れちゃったの?

 「ああ、そうそう」

と、問題の伊藤愛乃が気楽に答えている。

 「あ、わたし、瑞城女子高校普通科二年で、天文部の古藤ことう美里みりといいます」

と、その制服の少女はにこやかにお辞儀をした。

 その瑞城生の背後に迫る脅威に、わたしは気づいた。

 さっき、体重をかけて何かをやっていた無愛想な明珠めいしゅじょの生徒が、その古藤美里の背後に忍び寄っている。

 あぶない、と声をかけるかどうか。

 しかし、街のお祭りの場で、だれが見ているかわからないところで、瑞城の生徒が、明珠女の生徒を指して「あぶない」と言った、となると?

 何をしているわけではない、ただ体が大きくて無愛想というだけで「あぶない」呼ばわりすれば、どちらが悪者にされるか。

 ただでさえ、明珠女の子はおとなしい優等生、瑞城の子はお嬢様だけど暴れ者の問題児、というイメージが、この街にはあるのだ。

 「あ、わたし、明珠女学館じょがっかん第一高校天文部でマネージャーをしています、二年生の照井てるいみそらと言います」

 その体の大きい無愛想な子が、ざらざらした声でそう言って、ちょこん、と頭を下げた。

 何?

 このしぐさ、かわいい?

 「うちのさぼり癖のある部員が無断で休んじゃったので、急遽、古藤さんに手伝いに入ってもらってるんですが」

 ……はい。

 はい?

 「何か、スイッチが切れなくてお困りって話ですが」

 その無愛想で体の大きい照井みそらという明珠女の生徒が言って、わたしに向かって頭を下げる。

 その古藤美里という瑞城の生徒も、いっしょになって頭を下げる。

 なんか……。

 かわいい。

 二人とも。

 二人の視線がわたしに向くなか、その視線を少しはずれたところにいたちっちゃな伊藤愛乃が、ふうっ、と大きく息をついて、スマホを制服のスカートのポケットにしまったのがわかった。

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