第15話 丹羽柚子の去らない熱(2)
その戸棚の扉を開けてみると、ふわふわのバスタオルが棚に重ねて置いてあった。
そのうち、いちばん上の一つを持って来て、それを
「はい」
「何?」
きょとん、とした柚子の顔がかわいい。
「そのバスタオルで体拭いて」
「えーっ?」
それは弱々しい悲鳴なのか?
「いま、ここでぇ?」
その弱々しい問いに、力いっぱい
「うん」
と答える。
非情なわたし、
さらに非情なことばを続ける。
「だって、人の前で服を脱ぐのぐらい、2703で何度もやったでしょ?」
恥ずかしそうな、そして後ろめたさの混じった、柚子の笑み!
やっぱり、そうだったか。
「2703は一度きりしか行ったことないんだけど」
でも、一度きりでも行ったことはあるんだ。
「じゃあ、
「三回ぐらい」
それで、唇を閉じて、上目づかいにわたしの表情を伺う柚子!
一般人にはぜんぜんわからない会話だ。
でも、たとえば、
……少なくとも、去年末までの古原ルネがこれを聞いたら、もしかすると怒りで気絶したかも知れない。
梅大沢は、あの
2703は、
どちらも、あの恒子は自由に使うことができる。
恒子は、気に入った女子を、まず梅大沢の別荘に連れ込み、そこでさらに気に入った女子をその2703に連れ込んでいる。
というか、いた。
四月になって、マーチングバンド部の部長なんかに就任する前には。
そして、梅大沢でも2703でも、気分が乗れば、相手の女の子の服を脱がせ、自分も服を脱いで、
古原ルネは、梅大沢にしか行ったことがなく、しかも2703の存在すら教えてもらえなかったというので、すさまじい挫折感に襲われたらしい。
そんな気を起こさせる魔性の女が、向坂恒子。
いや。
そんな気を起こさせていた魔性の女。
いま、マーチングのイベントの途中であくびをしてバトンで肩を叩いている女子生徒に、そんな「魔性」がまだ残っているかどうか?
あんがい残っているかも知れない、と想像してしまうあたりが、この向坂恒子のすごいところなのだけど。
わたしが柚子に強要する。
「はい。だから、ちゃんと脱いで寝汗を拭く!」
「えーっ?」
弱々しくいやがる、初々しくて肌の白い妖精のような体の女子、
「じゃあ、脱いだついでに、わたしと撫でっこ触りっこする?」
「えーっ?!」
柚子のいやがりかたが強くなる。
なんか。
腹が立つのだけど。
だから、わたしは乱暴に言う。
「なんでもいいから、その布団から出て、寝汗拭いて、それから体温測ってみ?」
「いやっ!」
何、そのかわいらしい声?
そして、布団を肩のところまで引き上げて、自分の体を守ろうとする姿勢!
「うんっ!」
わたしはいっそう強くバスタオルを突きつけた。その肩のあいだ、胸の上あたりにぐいぐいと押しつける。
柚子は屈服した。
口をせいいっぱいとがらせて、ことばにも、声にすらならない
「むうぅん」
という音を立てて。
かわいいっ!
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