第14話 丹羽柚子の去らない熱(1)

 丹羽にわ柚子ゆうこの夏風邪は長引いた。

 長引いたので、花火大会の三日後に、わたしは柚子のお見舞いに行った。

 丹羽柚子の家は、宮戸みやとの川を渡った南側、青水原あおみはらに近いところだった。

 バス停のまわりは畑が広がっていて、四角い畑の区画の隅に家がある。家は新しい感じのものもあったけど、昔ながらの畑作農家なのだろう。

 そこから西のほうへ、山沿いに進むと、瓦の色が青の家と茶色の家が交互に建っている住宅地があった。ある時期に集中して開発された住宅地という感じだ。建物は汚れて、くたびれている感じで、空き家らしい家も多い。同じあたりに四階建てぐらいの団地もあったけど、ここも空き室が多いみたいだ。

 さらに山のほうに行くと、もっと新しい感じの住宅が並ぶ。そんななかに、ぽつぽつと、昔できたんだろうな、という古い家が残っている。

 丹羽柚子の家は、そういう古い家にはさまれて建つ、おしゃれな新しい家だった。

 あまり大きい家ではない。壁は白く、屋根はチョコレート色で、家の前には花壇があった。いまは花は咲いていない。

 迎えてくれた柚子のお母さんにお土産のケーキを渡すと、お母さんが柚子の部屋に案内してくれた。

 二階に上がる階段の途中に部屋がある。「中二階」というのだろうか。

 白い木の柱と白い壁で仕上げられた、まだ真新しい感じの部屋で、「内装におカネかかってそう」という印象がある。

 その中二階の部屋の奥側に造りつけのベッドがあり、そこに柚子は寝ていた。

 窓はベッドのずっと上にあるが、そこから入ってくる明かりだけでは明るさが足りないらしく、室内の照明もつけている。

 部屋は冷房が入っていた。外から来るとさわやかだけど、ベッドの横に貼りつけてあるデジタルの温度計で見ると、温度は二八・三度だという。

 「持続可能な発展」的には電気エネルギーを使わないほうがいいのだろうが、同時に、二八度は超えないほうが「持続可能」的によいのではないだろうか?

 「あ、それに座って」

と柚子が言うので、わたしは、その柚子が指した背もたれなしの椅子を引っぱってきて座った。

 「ぐあいはどうなの?」

 「ぐあいはずっといいんだけど」

と柚子は言う。ただ口ぶりはあんまり元気そうではない。

 「熱が下がらなくてさ」

と、柚子は、薄い布団のなかから非接触式の体温計を取りだして、おでこにくっつけて「ぴっ」とやる。

 熱は三七・三度と出た。

 うん?

 「ちょっと待って」

 いや。別に待たなくてもいいけど。

 薄い布団。

 さすがに、冬物の分厚い布団ではないけど。

 わたしの常識によると、いまの季節は薄い毛布を着て寝るもので、その少し前にはもうちょっと分厚い毛布を着て寝るもので、その前がこの薄い布団。

 季節的に言うと、これを着るのはだいたい五月ぐらい?

 なんで夏の八月にこんなの着てるの?

 「こんなに布団着て、暑くない? というか、寝汗かかない?」

 柚子は、寝たまま、こくっ、とうなずいた。

 「風邪は汗といっしょに外に出るんだから、汗はかいたほうがいいって」

 はあ?

 「ああ、いや」

と、わたしが説得する。

 「だから、その出た汗をそのままにしておいたら、また風邪っが体にまとわりついちゃうでしょ? バスタオルとか、ないの?」

 「バスタオルは、そこの棚に」

と、柚子は寝たまま指さす。

 そのベッドの向かいの、白木の扉のついた戸棚のことらしい。

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