第7話 白昼から魔改造

 そのハイテンションの声で、猪俣いのまた沙加恵さかえが言っている。

 「物理化学準備室から持って来たぁ? ダメじゃん、そんなの!」

 言っている相手は菅野すげの貴以子きいこらしい。

 加勢かぜ美則みのりが顔を上げて反応する。ポットを持ってきた本人だ。

 「でも、地学の先生が、いいっておっしゃって」

 この子、地学の先生には敬語を使うらしい、とかいうのは、いまはどうでもいい。

 「だから、そういう問題じゃなくて、ダメなんだ、って」

 猪俣沙加恵がさらにテンションを高めて言う。

 では、どういう問題だろう?

 だれもその疑問を声にしないうちに、猪俣沙加恵が言う。

 「物理化学準備室の道具なんて、だいたいがみなみちゃんが魔改造してるに決まってるでしょ? スイッチが切れないぐらいですんでるのはましなほうだよ」

 みなみちゃん?

 魔改造?

 だれも、その猪俣沙加恵に問いを発しない。

 しかたない。わたしが言うしか。

 「みなみちゃん、って?」

 「あ」

と、猪俣沙加恵の「不意を突かれた」感の顔が、なんか、かわいらしい。

 小太り体型……は関係ないとしても。

 なんか、かわいらしい。

 「物理と化学を担当してる、菅原すがわらみなみ先生ね」

 猪俣沙加恵はちょっと気後れしつつ説明した。

 「菅原先生、ずっと物理化学準備室にいるから、そこらへんの道具を自分の都合に合わせてカスタマイズしてるのね。だから、みなみちゃん、じゃなくて、菅原先生にしか使いこなせない道具っていうのがあの部屋にはいっぱいあって」

 菅原先生は、わたしも属している特別進学コース「GS」の物理と化学を担当している先生だから、知っている。

 この猪俣沙加恵以上の小太り体型だということも知ってる。

 教育熱心なのは認めるけど、何の前ぶれもなくノートを見せろとか言い出すし、いきなり問題を黒板に書いて、生徒を指して、とてもやる気なさそうに「じゃ、この問題解いて」とか言い出すし、とにかく生徒への「圧」がすごいので、わたしは苦手だ。

 恒子をマーチングバンド部の部長に押し込んだ前の顧問の先生が六月で学校を辞めて、いまはこの菅原先生がマーチングバンド部の顧問だ。その箕部みのべしろまつりも、恒子つねこは参加を辞退するつもりだったらしいけど、菅原先生が辞退を認めなかった、という話もある。

 けっこう、マーチングバンド部も絞め上げているらしい。

 それにしても、いろいろとあっけにとられる。

 物理化学準備室の備品を「魔改造」しているというのもさることながら、猪俣沙加恵がその恐ろしい先生を友だちのように「みなみちゃん」と呼んでいることとか。

 というか。

 これ、流れ的に、わたしがこの猪俣沙加恵の相手をしなければいけない、ということらしい。

 苦手なのに!

 つとめて普通にきく。

 「で、その魔改造って、もとに戻せるの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る