第2話 宮下朱理

 開会が瑞城ずいじょうの模擬店に伝えられてすぐ、そのマーチングバンド部から副部長の宮下みやした朱理あかりがあいさつに来た。

 朱理も三月まで生徒会にいて、その向坂さきさか恒子つねことずっといっしょに行動していた。

 「いっしょに行動していた」というより、「熱心な信奉者だった」と言ったほうがいいだろう。

 向坂恒子は美人だ。白くて肌理きめの細かい肌に、茶色がかった髪の毛と、同じように茶色がかった目、薄いピンク色の唇。とくに、その茶色がかった目に見つめられると、恒子のなかに吸い込まれてしまいそう。そんな魅力があった。しかも、一年生のときには、最初に生徒会室に来て、最後までいて、しかも何か調べものをしていたり何かの問題に取り組んだりしている、という熱心なメンバーだった。

 わたしも、そういう恒子の魅力には、一時期、取りかれていた。

 自分も取り憑かれていたから、この宮下朱理が、その倍、いや、二倍ではきかないほど恒子の魅力に取り憑かれていることはよくわかった。

 その向坂恒子は、今年の四月、そのころのマーチングバンド部の顧問に言われて生徒会からマーチングバンド部に移り、その部長に就任した。そのとき、この宮下朱理もいっしょに生徒会からマーチングバンド部に移って副部長になった。

 同じように恒子に従ってマーチングバンド部に移ったメンバーはほかにもいたけれど、この宮下朱理は、役割意識からというより、恒子が好きだから、いつも近くにいたいから、という理由でマーチングバンド部に移った。自分でそう言ったわけではないけれど、わたしはそうだと確信している。

 それで。

 わたしにこの仕事を任せた丹羽にわ柚子ゆうこは、宮下朱理とは小学校のときからの知り合いだという。生徒会にいたころには柚子と朱理は仲がよかった。

 もっとも、朱理のほうは、柚子が自分と仲良しなところを見せるのをいやがっていたけれど、それは恒子の目を気にしていたからだ。別にほんとうに仲が悪くなったわけではないらしい。

 だから、恒子と朱理と柚子、微妙な三角関係らしいのだが。

 こういう女子どうしの関係については、「わたしの知ったことじゃない」と言っておくのがいちばん安全だと思う。

 ともかく、そんな関係なので、わたしが柚子のかわりに模擬店の責任者になったことは、朱理はあらかじめ柚子から知らされていたらしい。

 朱理は

「今日は迷惑かけないようにするから」

と大まじめに言う。

 そんなこと、大まじめに言わなくていいのに。

 「うん」

と、わたしは無愛想に答えた。

 もうちょっと愛想よく答えれば柚子と同じように人当たりのいい女の子を演じられるのだろうけど。

 そういうのは苦手だ。

 それに、朱理が「今日は迷惑をかけないように」というのは、少し前にマーチングバンド部が生徒会に迷惑をかけたからだ。

 それも大迷惑をかけたからだ。

 七月に、このマーチングバンド部は、県央の中心都市箕部みのべで開かれた箕部しろまつりという大きなイベントに参加した。

 そのパレードで、メンバー一人がマーチングの途中で脱走し、しかもそのメンバーがマーチングが行われている最中にたこ焼きを買って食べている姿がネットにアップされた。それを見た校長先生が激怒して、マーチングバンド部に厳しい処分を行うようにというお達しが生徒会に来たのだ。

 生徒会内部は、校長先生の言うことももっともだという意見と、校長先生が部を処分するように生徒会に命令していいのか、生徒会もそんな校長先生の介入を認めていいのかという意見とが対立して、たいへんなことになった。

 マーチングバンド部のメンバーが瑞城女子高校の恥をさらしたのを放置していいのかという問題と、校長先生が生徒会に部の処分を強要していいのかという問題は、本来は別問題だ。でも、結論は、処分するかしないかのどちらかで出さなければいけない。かみ合わない議論が延々と続いた。

 あの議論の時間とか、議論をまとめるための裏工作の時間とか、疲労感や徒労感で失った労力とか気力とか、そういうのを返してほしいと思うほどのたいへんさだった。

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