沸騰する祭×去らない熱

清瀬 六朗

第1話 花火大会の模擬店の責任者

 花火大会には開会宣言も何もなかった。役員の人が来て

「じゃ、そろそろ始めてください」

と告げて行っただけだった。

 泉ヶ原いずみがはら花火大会。

 瑞城ずいじょう女子高校がある泉ヶ原の駅前商店街の夏の一大イベントだ。

 商店街の店や、街にある学校が模擬店を出店している。

 そのなかで、今年、瑞城女子高校生徒会が出している模擬店の責任者を任されているのはわたし、岩瀬いわせ成美なるみだ。

 二時間前には、そんなものは任されていなかった。

 責任者なんて、ほんとうに「寝耳に水」の事態だ。

 もともと、高校三年生の夏休み、学校の地元のお祭りに行くのも今年が最後だろうな、と思っていた。だから、花火大会には行くつもりではいた。

 親友の古原こはらルネにはいちおう声をかけたけど、今日は原稿の締切の直前だというので行けないという返事だった。

 だいたい予想どおりの返事だったから、落ち込みもしない。

 一人で寂しくお祭りか、まあ、最後に行く回としてはお似合いだろうな、と思っていた。

 ところが、そこに、この模擬店の責任者に決まっていた生徒会副書記の丹羽にわ柚子ゆうこから電話が来たのだ。

 柚子が家を出ようとして、念のために非接触式の体温計で熱を測ったら、体温が三七・四度ある。それで、慌てて、脇にはさむタイプの体温計で測ったら、三六・九度だった。柚子のばあい、脇で測った体温のほうが低く出るらしい。その「低く出る」のが三六・九度ということは、ほんとうの体温は三七度を超えているに違いない。

 体の不調は感じない、むしろいつになく調子がいいほうだと思うんだけど、と言うので、わたしは

「いやいや。夏の風邪は甘く見ないほうがいいから」

と言った。軽く言った。

 ところが、それに続いて柚子が言ったのが、

「じゃ、わたしのかわりに、成美が模擬店のチーフやって」

だったのだ。

 人当たりのいい、人に何か言うときには相手のことを考えて言う、というのがいつもの柚子だ。何か頼むときには、いきなり本題に入らず、遠回しに探ってくる、ということも多い。

 それが、ほんとうに「単刀直入」に言った。

 「かわりにチーフやって」と。

 断れないな、と思った。

 断るなら、ほかのだれがいい、という案が出せなければいけない。でも、だいたい祭り本番まで二時間を切った段階で、都合のつくだれかが見つかる可能性は低い。

 でも、いちおう聞いてみる。

 「どうしてわたし? だって、わたしはもう役員引退して、まあいちおう主任委員っていうのには残ってるけど、ぜんぜん幹部じゃないよ」

 それも、いちどは生徒会の一般委員でもなくなったのに、途中で主任委員を辞めたメンバーがいるということで、その代役ということで復帰しただけなのに。

 いろいろと仕事はあったけど、できるだけ目立たないようにしてきたつもりだ。

 でも。

 「今日、出て来る連中の全員を動かせるのは成美しかいない」

 柚子の言いかたが、どんどん病人っぽくなっていくのだが……。

 ……これって、演出?

 「二年生の書記補、とくに小塚こつか麻美子まみこ伊藤いとう愛乃あいのは自己主張が強いし、加勢かぜ美則みのり杭瀬くいせいくは、まあ、ちょっと経験不足だし」

 「はっきりと経験不足」を「まあ、ちょっと経験不足」と言うあたりが、柚子らしい。

 加勢美則と杭瀬郁という二人のヒラの主任委員は、三月までは生徒会には無関係、または、せいぜい学級代表として参加していたくらいで、「生徒会の仕事」というのはほとんどやったことがない。言われたとおりに仕事をするのならできても、何かの判断をしなければいけないとなると、それは無理だろう。

 「それにさ」

 柚子は少し声をかすれさせたうえに、やはり言いにくそうにことばを切った。

 「今日の祭りの瑞城の出し物でいちばん大きいのは、マーチングバンド部のマーチングでしょ?」

 ああ。

 それか。

 さらに言いにくそうに、柚子は言う。

 「部長が恒子つねこなんだけど」

 即答。

 「わかった」

 けっきょく、それか。

 いまさら何も起こらないだろうとは思うんだ。

 けれども、いまはマーチングバンド部部長におさまっている向坂さきさか恒子という生徒は、一度は生徒会長の地位を狙っているとまで言われた生徒だ。

 その恒子や、恒子の意を受けただれかが何か言ってきたとき、たしかに、いまの書記補以下のメンバーでは対処できない。

 かといって、恒子への敵意が強すぎる幹部を入れると、かえって話がややこしくなる。

 今年の三月までは、生徒会のなかでは「恒子派」や「恒子ファン」が多数派だった。その子たちにとって、恒子はあこがれの生徒会メンバーだった。ところが、いま、生徒会に「恒子ファン」はほとんどいなくなり、逆に恒子に敵意を持っているメンバーが多数を占めるようになっている。

 そのことに恒子本人が気づいていないらしいということが、さらに話をややこしくしている。

 けっきょく、恒子の考えていることやその行動パターンもわかり、恒子とは距離をとることができ、しかも、かといって敵意を持っているわけでもないわたしがやるしかないのか。

 わたしは、柚子からかんたんに段取りの引き継ぎを受けて、会場に向かった。

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