第3話 空気以下の存在感と乾いた返事

 けっきょく、マーチングバンド部は夏休みが終わるまで予算執行停止という処分が決まった。

 それを伝えられた向坂さきさか恒子つねこ部長は、反省するどころか

「じゃあ、夏休みのイベントは出ずにすむんですね」

などと言ったらしい。

 それが伝わって、今度は生徒会長と副会長と三人いる書記の合計五人が激怒した。それで、「借金をしてでもイベントには出てください」という厳命が生徒会長から下された。

 その夏休みのイベントの一つがこの泉ヶ原いずみがはら花火大会だ。

 宮下みやした朱理あかりがわざわざ「迷惑をかけないようにする」なんて言うのはそれがあったからだ。

 しかも、そのあいさつを聞いた、書記補三人と、新人主任委員の加勢かぜ美則みのり杭瀬くいせいくの反応の冷たいこと!

 冷たい、というより、完全無視だった。

 宮下朱理という、三月までは生徒会で副書記まで務めた生徒がいること自体が見えていない。そんな無視のしかただった。空気扱い。もしかすると空気以下。

 これは、柚子ゆうこがわたしに代役を依頼するわけだ、と思った。

 わたし以外のメンバーから恒子や恒子派への風当たりはそれほどまでに強いらしい。

 書記補三人はこれまでの流れをよく知っている。生徒会長への野心はともかく、任期の途中で恒子と朱理とその一派が、生徒会の仕事を投げ出してマーチングバンド部に移ったことも知っている。書記補一人ひとりの意見や立場はともかく、この書記補たちは「恒子一派は生徒会を何だと思っているんだ!」という怒りを背後に背負っている。

 加勢美則と杭瀬郁の二人は音楽好きらしい。それだけにマーチングバンド部を乗っ取った恒子への反感が強い。

 そこで、わたしは、ほかのメンバーに聞こえないように、プライベートな会話モードで

「最近、恒子、どうなの?」

と聞く。

 それに対する

「どうもこうもないよ」

という朱理の返事に、わたしは「あれっ?」と思った。

 乾いた返事。

 思わず「パリパリに乾いた雑巾のように」と表現したくなったほどの乾ききった返事。

 朱理は向坂恒子の信奉者だったのに。

 信奉者ならば、いや、普通に友だちであっても、同じ「どうもこうもないよ」と言うのであっても、もっとウェットに言う、と思うのだが。

 そのウェットさがぜんぜんない。

 「まあ」

と、その朱理の声の冷たい乾いた感じは続く。

 「今日は、やる気のあるメンバーだけの選抜チームだから、だいじょうぶでしょ」

 そう他人ごとのように言って、朱理は去って行った。たぶん、そのマーチングバンド部の選抜メンバーのところに戻るのだろう。

 これは、またたいへんなことにならなければいいが。

 そういう問題が起こったときにそれを処理するために柚子が責任者を買って出たのだろう。それが熱を出してしまうなんて。

 ところが。

 問題は、まったく別のところで発生したのだった。

 その、あんまり慣れていない主任委員の一人、杭瀬郁が

「このポット、沸騰してもスイッチが切れません!」

と、緊迫した声を上げたのだ。

 は?

 何それ?

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