第4話 沸騰!
いまさらだけど、
スコーンはあらかじめ作っておいたものそのまま売るだけだが、アイスティーは、模擬店で茶こしで入れて氷で冷やして提供する。水は水道水ではなくミネラルウォーター、氷も、ミネラルウォーターを凍らせたものなのかどうかは知らないが、特注品だ。
さすが、親の平均年収が高いといわれるお嬢様学校、瑞城。
「これ、ケトルというかポット本体に、直接、電源の線がつながってるタイプなんですけど」
つまり、この「ケトルというかポット」は、下敷きに置けば電気が流れ、下敷きからはずせば電気が切れるタイプではない、ということらしい。
でも、スイッチが切れない、というのが大問題だろうか?
「スイッチが切れないなら」
とわたしは杭瀬郁に言った。
「コンセントからプラグを抜けばいいんじゃないの?」
「それが、そうは行かなくて」
と答えたのは、普通科選出の書記補、
わりと地味だが、地味めの美人。それに有能らしい。少なくとも二年生の書記補のまとめ役といえばこの子だ。ときどきふざけて、人をからかうようなことを言うのも、小悪魔的なこの子の魅力を増している。
人をバカにして人から好かれるなんて、得な性格をしている。
その小塚麻美子の答えを受けるように、うん、とうなずいたのが、特別進学コース「GS」選出の書記補で、
得な性格、いや、得な容姿だ。
その伊藤愛乃が、黙って、そのコーヒーポットにつながっている電気コードを指さす。まずポットを指さし、そこからコードを電源のほうにさかのぼって行く。
電源コードは隣のブースとのあいだを区切る仕切りの下に消えていた。
それを確認した小塚麻美子が、わたしのほうに向き直り、顔を上げる。
小塚麻美子も、その伊藤愛乃ほどではないが、背が低い。
言う。
「隣のブース、
わおっ!
隣がどこの模擬店かということ自体は知っていたのだが。
一瞬で深刻さが理解できた。
この
明珠女学館第一は県内でも有数の進学校、瑞城女子は、特別進学コースを設置してがんばってはいるけど、進学実績では明珠女に遠く及ばない。
そんなこともあって、この二つの学校の、とくに高校生どうしは仲が悪い。
もっとも、それは過去のことだという話もある。
今年の春、三月には、明珠女の高校生と瑞城の高校生が協力して「泉ヶ原ミュージックフェスティバル」というイベントを開いた。そのとき、
わたしもそのフェスティバルの実行委員会に入っていたので、明珠女の生徒ともいろいろ話をし、いっしょに作業もしたのだけど。
そのとき瑞城の生徒が明珠女のイベントを手伝ったのは、明珠女で担当になっていた生徒が風邪か何かで倒れたからだと若尾友加理は言っていた。だから、今回はこちらの担当者が風邪で欠席したのだから、協力してくれてもよさそうなのだが。
でも、同じ明珠女でも、相手が違う。
このイベントを始める前に、その明珠女の生徒がやっているという隣の模擬店ともいちおうあいさつをかわしたけれど、その明珠女の責任者というのは恐ろしく無愛想な生徒で、
「あ、よろしく」
と言っただけだった。
あ、「毛嫌い」というものをされてるな、とわたしは感じた。
とても、こちらの都合に合わせて、ポットの電源を挿してください、抜いてくださいと言える雰囲気ではない。
そこに、お客さん対応をしていた、地域科選出の書記補の
「すみません。もう一人、できれば二人、お客様対応に入ってください」
と呼びかける。
見ると、模擬店の前に十人以上のお客さんが並んで、列を作っていた。
小塚麻美子と伊藤愛乃がマスクをして、菅野貴以子の横に並ぶ。
衛生の問題と、あと、女子校なので不特定多数のお客さんに顔をぜんぶさらすのはまずかろう、という判断で、お客さん対応のときにはマスクをすることに決めているのだが。
いまのところ、ポットが沸騰しても止まらない問題は問題ではない。ほんとうはどうか知らないけど、わたしの知っている知識では、紅茶は沸騰しているくらいの熱いお湯で入れたほうがおいしく出る。
元気のいい
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