第12話 魔改造ポット、店を去る

 スコーンが最初になくなり、次に明珠めいしゅじょのオレンジが尽きた。それでも瑞城ずいじょうのアイスティーは単品でしばらく販売していたけど、まず瑞城の氷がなくなり、明珠女がオレンジジュース用に持って来ていた氷を供給してくれていたけどそれもなくなり、ミネラルウォーターも残り少なくなったので、両模擬店同時に閉店することにした。

 伊藤いとう愛乃あいのが隠れた才能を発揮して、スケッチブックを使って、瑞城と明珠女と統一デザインで「売り切れ 閉店しました ごめんなさい」と書いた看板を二つ作ってくれた。その大判のスケッチブックは、何か張り紙が必要になったときのために持ってきていたものだけど。

 それぞれに、女の子がはにかみつつ笑っている絵が描いてある。

 明珠女の女子は、縁取りに青い線の入った開襟シャツと青いスカート。

 瑞城の子は、あの片方に三本ずつピンタックの入った、評判の悪い制服。

 わたしは、この制服、悪いと思わないけどね。

 この服だからこそ、向坂さきさか恒子つねこの美人さ、宮下みやした朱理あかりの清楚さ、丹羽にわ柚子ゆうこの初々しさが引き立つのだから。

 何はともあれ、模擬店は閉店した。

 だから、魔改造されたコーヒーポットでお湯が沸騰し続ける問題は、大事にいたらずにすんだ。

 そのコーヒーポットは、あの猪俣いのまた沙加恵さかえが来て、「みなみちゃん」に事情を説明して物理化学準備室に返しておくと言って持って行った。

 「ねえねえ」

とわたしはその猪俣沙加恵にれ馴れしく声をかけた。

 「うちの模擬店、ほとんど食材ロス出さなかったよ。持続可能な発展的に褒めて」

と言うと、

「それはすばらしい。褒める」

とあのハイテンション声で言う。

 続けて言う。

 「ここの商店街さ、すごくてさ」

 何がすごいのだろう?

 「紙コップとかお皿とか、さすがにリユース素材にはなってないけど、リサイクルする素材になってるしさ、原則、ぜんぶ回収してリサイクルに回せるように、ゴミ捨てのところを工夫してあるしさ。わたしたちが高校生の分際で「持続可能ななんとかのためにこういうのやりませんか?」って言っても、だいたい先にもうやってるんだよね。すごいと思った」

 それはたしかにすごいと言っていいのだろう。

 よくわからないけど。

 よくわからないので、わたしが黙っていると、猪俣沙加恵は

「さ。うちのバンドの演奏、そろそろ始まるよ」

と言って、それほど小さくはないコーヒーポットを抱えて行ってしまった。

 小太り体型がコーヒーポットと相似形……。

 ……とか考えてはいけないのだろう。

 そこに

「お待たせしました」

と、女の人の声でナレーションが入る。

 「泉ヶ原いずみがはら商店会花火大会のオープニングは、毎年恒例、瑞城女子高等学校マーチングバンド「フライングバーズ」による演奏と行進です。大きな拍手でお迎えください」

 会場からまばらに拍手が起こる。ここは会場の端っこのほうだから、「大きな拍手」なのにここまで届いていないのか、もともと大きくない拍手なのか、ここからはわからない。

 明珠女の模擬店にとくに動きはなかった。瑞城生の古藤ことう美里みりも含めて動きはない。

 閉店後ということで、それぞれまる椅子に座って緊張感なくスマホを見たりうちわで自分を扇いだりしていて、お義理でそのマーチングバンド部に拍手を送っている程度だ。

 瑞城女子の模擬店には緊張が走った。

 平静を装っているものの、みんな、とくに小塚こつか麻美子まみこ加勢かぜ美則みのり杭瀬くいせいくは、「固唾かたずをのんで」という感じで、そのマーチングが始まるはずの方向へと顔を上げている。もちろん拍手するどころではない。

 それはそうだと思う。

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