第17話 熱が去る(2)

 「ずっと、ずっと、ずっと、だったんだよ」

と、柚子ゆうこは、放心したように言った。

 「朱理あかりは、わたしをじゃまもの扱いして、ほかの競争相手はなりふり構わず落として、「スーパー書記補」とか言われた自分の評判まで犠牲にして、恒子つねこに尽くしてきたのに。マーチングバンド部でも、恒子の意見を通すために議長を引き受けて、反対意見をぜんぶなかったことにするとか、強引なことをやって、憎まれ役をやってたのに」

 そんなことをしていたのか。

 あの宮下みやした朱理。

 しかも、いま柚子は言わなかったけれど。

 朱理の手もとには、朱理しか撮ることを許されなかった恒子の写真や恒子の動画が、いっぱい溜まっていることだろう。

 自分を捧げ、その見返りも得た。

 そして、その「熱」が冷めた。

 恒子の信奉者としての「熱」が。

 何があったのか。

 柚子は知っているのか、柚子にもそのことは話さなかったのか。

 「まあ、いいじゃん」

 わたしは、わざと楽観的に言った。

 「朱理が柚子のところに戻って来た、ってことなんだしさ」

 そして、わざと意地悪に言った!

 「こんどは柚子と朱理とででっこさわりっこする?」

 柚子はとまどっている。

 「いきなりそれは、ない」

 つまり、いきなりでなければ、ある、ということだな!

 「それより、まず、「お疲れ様、ぎゅっ」って抱いてあげたいよ」

 けっきょく、それか。

 でも、口に出しては言わない。

 いろんな気もちが、この柚子のなかで行ったり来たりしてるんだろうな、と思ったから。

 やっと、熱が去った。

 朱理が、恒子に向けていた熱が。

 その熱が柚子に戻ってくればいい。

 たぶん、いいんだろうな、とは思うけど、でも、それはわたしが関知することではないとも思う。

 いや、それより!

 だいたい、なんでこの子に汗を拭かせたのか。

 わたしは、柚子のベッドの上に投げ出したままになっていた非接触式の体温計にすっと手を伸ばすと、早業で、柚子のおでこに「ぴっ」!

 数値を確認する。

 ……やっぱり……。

 「ふん」

と、わたしはその体温計を柚子の前に突き出す。

 「へっ?」

 表示されていた温度は、三六・二度。

 さっきから一・一度も落ちた。

 「だから、柚子、布団にこもって、その布団のなかに熱がこもってたから、そのぶんが体温の数字に出ちゃってたの!」

 「えっと」

 柚子はとまどっている。

 「どういうこと?」

 「つまり、もう熱は下がってたんだよ。ところが、布団のなかにこもってた熱が体温計に映って」

 よく知らないけど、非接触式ということは、何かを「映して」体温を測っているのだろうから、「体温計に映って」でいいのだろう。。

 「それで、実際より高い熱が出てるように数字が出たの。だから、風邪はほんとはもっと早く治ってたの!」

 「はあ」

 柚子は、納得していないらしいけど。

 「そんなことって、あるの?」

ときくので、わたしは、自信たっぷりに

「うん」

と答えて見せた。

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