第18話 新米教祖、女王に会う

セルシア様に連れられ、村の奥へと進んでいく。

俺とグリムの他に、リリシアとリエルも一緒に行くみたいだ。

村には木で出来た家や大きな畑があった。


「今からどこ行くんですか?」


「女王……わしの娘、リーエルのところじゃ。リリシアから聞いているかもしれぬがあやつは病気でな。持ってあと一年ってとこじゃろう」


そうだったのか……。

だからリリシアは危険な森に出てまでセリナリーフを探していたのか。


「あと残念じゃがリーエルの病気はセリナリーフでは治らん。10年前にわしが既に試しておる」


セルシア様はリリシアが持っているセリナリーフを横目で見ながらそう言った。


「えっ!?そうだったの?」


「うむ。リーエルの病気は【精霊病】と呼ばれ、発症するのはエルフだけじゃ。エルフには脳の中に他の亜人にはない器官があり、それが原因で発症すると言われおる。もしこの病気を乗り越えたら精霊になれるとの伝説があるのじゃが、そんなのはありえぬ」


「なるほど……。確かに聞いたことない病気ですね」


「体が動かなくなり、高熱が出る。その生活のまま約100年掛けて衰弱していくのじゃ。そしてやがて死に至る」


「えっ?」


100年掛けて?

ちょっと待て、エルフって何歳まで生きるの?


「リーエルは500歳、リリシアを生んですぐに精霊病になったのじゃ」


「お母様はこの100年間ほぼ寝たきりだったわ」


「……リリシアって何歳なの?」


女性に年齢を聞くのは失礼だが、気になりすぎて聞いてしまった。


「97歳よ」


「きゅ、97……」


俺は驚きのあまり腰が抜けそうになった。


「どうかしたの?」


驚いている俺を見てリリシアは不思議そうな顔をしている。


「まあ人間は寿命が短いからな」


「え?そうなの?」


「うむ、長生きした人間でも100年くらいじゃ」


「そ、そんな……」


リリシアは目を大きく見開いて俺を見る。

眉毛は上に引き上げられ、その状態で無言のまま固まっていた。


「俺はあと50年生きられたらそれで十分だよ」


50年後は75歳だ。

逆に俺からしたら100年も200年も生きて何するの?って感じだけどな。


「そ、そんなの嫌よ!残された私はどうすればいいのよ!?」


リリシアは目に涙を浮かべながら、俺を見る。


「リリシア、こればっかりは仕方ないじゃ。種族の壁は越えられん」


セルシア様は首を横に振りながらリリシアを嗜める。


「じゃからこれだけは言っておく。リリシア、後悔がないようにな」


「うん……」


リリシアは俯いたまま小さい声でそう言った。



防壁の中はほとんど畑で、見たこともないような作物が育っていた。

畑を見てると久しぶりにお米が食べたくなってくる。


「エルフは古来より植物と密接な関係があり、亜人の中で唯一農業を得意をしているのじゃ。畑が気になりますかな?救世主様」


畑をじっと見ている俺を見てセルシア様が声を掛けてきた。


「まあ、少し故郷の食べ物が恋しくなりまして……」


「ちなみにどんな食べ物なんじゃ?」


「『米』ですね。白くて粒々している食べ物で、昔は毎日食べてました」


「コメ?ですか……。そのような名前の食べ物は聞いたことないのじゃが、人間の国には似たような物があると聞いたことあるのじゃ。う~ん、何じゃったかな……」


セルシア様は顎に手を当てて、首をひねる。


「あっ!そうじゃ!確か人間の国には先ほど救世主様が言っていた物と似たような食べ物があると聞いたことあるのじゃ。そういえば珍しい作り方だったのう」


「珍しい作り方?」


ま、まさか……


「畑の上に水を溜めて作るらしいのじゃ。まさかそんな方法で作られる農作物があるなんて信じられないのじゃ」


「へぇ~不思議な育て方ね!」


「それです!僕の故郷で食べられていた『米』に違いありません!」


マジか!この世界でも米が食べれるかもしれないぞ!

セルシア様が知っているということは今もどこかで作っているのかもしれない。


「じゃがそれは人間、それも東方にある小さい国で食べられているだけらしいのじゃ。ここからだと歩いて30年がかかるぞ?」


「そ、そうですか……」


それを聞いた俺は肩をがっくり落とした。

さすがに30年歩くのは無理だ。

米を食べたかったのだが……、仕方ない諦めるか。


「じゃがあやつに頼めば……いやそれは――おっとここじゃ。着きましたぞ、救世主様」


森の中心に周りの家より一回り大きな建物があった。


「わしじゃ」


セルシア様が扉の前に立っているエルフに声を掛ける。


「セルシア様!?そ、その足はどうされたのですか!?」


門番のエルフはセルシア様の足を見て大きく目を開く。


「色々あって治ったのじゃ」


「いや、色々って……まあ何がともあれ治って良かったです!」


「うむ。中に入ってもよいか?」


「もちろんです!……そちらの人間と魔物もですか?」


門番のエルフが俺とグリムを見て怪訝な顔を浮かべる。


「当たり前じゃ。わしに病人を観察する趣味はない。目的はこの方達と女王との面会じゃ」


「なっ!病気の女王様と人間を面会させるのですか!?」


いきなり現れたよそ者がいきなり女王様と面会するって言われたらそうなるわな。


「何か問題でもあるのか?」


「女王様に何かあったらどうされるのですか!?もし病気が悪化したら――」


「治ることはあっても病気がこれ以上悪化することはない。この方は救世主様なのじゃからな」


「っ!!」


「お前と話していても埒が明かん。さっさと開けろ。責任は先代の女王であるわしが取る」


「……」


門番のエルフは渋々道を開ける。

俺達は建物に入り、長い廊下を進んでいく。


「ここじゃ」


長い廊下の突き当りに大きい両開きのドアあり、そこで足を止める。

セルシア様がドアをノックする。


「はい」


ドアの中からかすれた声が聞こえてきた。

セルシア様がふぅと小さく息を吐き、ドアを開ける。


ドアの中には大きなベッドがあり、そこには一人のエルフが横たわっていた。

長い金髪をハーフアップにしていて、リリシアと同じ青い目。

頬が少しこけていたがそれでも思わず見とれてしまうほど美しかった。

この人が村の女王様か……。

どことなくリリシアに似ている気がする。


「ゴホッ……お母様?」


女王様は寝たまま首を横に向け、セルシア様に声を掛けた。


「うむ……かなり弱っているのぅ」


「お母様!!」


リリシアは俺達を掻き分け、小走りで女王様の元に向かう。


「リリシア?ゴホッ……無事に戻ってきてくれて嬉しいです」


「うん……。心配かけてごめんなさい」


「いいのよ……。娘と仲直りできました。これでもうやり残した事はありません」


女王様はぎこちない笑顔を浮かべてリリシアにそう言った。


「っ!そんなこと言わないで!私はまだ――」


「リーエル。お前はまだ生きたいか?」


セルシア様は女王様を見下ろしながらそう言った。


「……私が精霊病に罹ってからもう少しで100年経ちます。あらゆる治療を試みましたが結果は見ての通りです。希望はとっくに失いましたよ、お母様」


「それは答えになっておらぬ。お前は生きたいのか?」


女王様はしばらく何も言わなかった。

そして女王様の目からは涙が溢れ、体が小さく震え始めた。


「そんなの……生きたいに決まってるじゃないですか。女王としての役割を最後まで全うしたい!娘の成長を見ずに死にたくないです!」


女王様は大きな声でそう叫んだ。

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