第16話 新米教祖、エルフに警戒される

「リ、リリシア!」


 俺はリリシアを追いかけて声を掛ける。

 するとリリシアはゆっくり振り返り、不思議そうな顔で俺を見る。


「何よ。いきなり大きな声出して……」


「いや、何って……。リ、リリシアは姫様なのか?」


「そうよ」


 じゃあリリシアはエルフの村の姫様で、そんなリリシアが家出をして、俺達と一緒にまた村に戻ってきたってことか……。

 あれ?俺、エルフ達から見たら誘拐犯になるんじゃ……。


「何で言わなかったんだよ!?」


「……」


 リリシアは何も言わず俯いた。


「だって私が姫だって知ったら、シンヤの態度が仰々しくなるじゃない!」


「は?」


「私と対等に話してくれるのはシンヤだけだったわ。だからギリギリまで私が姫だって知られたくなったの……」


 確かにリリシアが姫様だって知らなかったら、ずっと気を遣っていたかもしれないな。


「そ、そうか……。一応聞くけど敬語とか使った方がいいのか?」


「今更敬語なんてやめてよ。いつも通りに接して欲しいわ」


「わ、わかった」


 俺は戸惑いながらそう答える。


「でもリリシアってすごい人物だったんだな」


「昔は栄えてたみたいだけど、今のエルフの人口は100人程度よ。昔からの伝統で姫様なんて呼ばれてるけど、実際は村長の娘ってだけよ」


 リリシアには申し訳ないけど、それくらいの人口の村だったら姫様より村長の娘って言われた方がしっくりくるな。

 でもエルフの人口はどうしてそんなに減ったのだろう?


 しばらく歩いていると大木で出来た防壁が遠目に見えてきた。

 大きな樹木から切り出された無骨な板材が、重厚に組み合わさり、自然の力強さを感じさせる。

 防壁はかなり広く、エルフ100人が住む村の防壁にしては大きすぎる。


「あの防壁は大昔に作られて、それからずっと村を守ってるのよ」


「それにしてもかなり広い村だな……。あの防壁の中に村があるんだろ?」


 あれだけ大きな防壁があるならエルフの村は結構栄えているのだろう。


「外から見るとそう思うわよね。でも中はスカスカよ、人口に対して村の範囲が大きすぎるのよ」


 そんな会話をしているといつの間にか防壁の前まで来ていた。

 門の前にいる二人のエルフはこちらに気づくと、深く頭を下げた。


「「姫様、お帰りなさいませ」」


「だだいま。この二人は私の客人よ」


「……分かりました。側近のエリス様より伝言を承っております。『女王様が心配されておりますので、一度顔を見せるように』とのことです」


 二人のエルフは俺とグリムの姿を見て、一瞬眉をひそめる。

 やはり相当嫌われてるみたいだな。


「はぁ……分かったわ」


「……ちっ。おい!門を開けろ!」


 一人のエルフが俺の顔を見て小さく舌打ちをすると、大きな声でそう言った。

 すると木でできた重厚な門が、ゆっくりと音を立てて開く。


 よく見ると門の中には武器を持った大勢のエルフが立っていた。


「ギャ……」


 それを見たグリムの目つきが鋭くなり、剣を召喚した。


「はぁ……行くわよ」


 リリシアは大きいため息を吐き、門の中に入っていく。


「止まれ!!」


 先頭にいる鎧を着た女性のエルフがそう言うと俺達に向かってエルフ達が一斉に弓や剣を構えた。


「リエル……」


 リリシアは唇を嚙みながらそう呟く。

 リエルと呼ばれたエルフの身長は俺より少し高く、金色の髪を短く切り揃えていた。

 リリシアと同じで青い目をしており、思わず見惚れるほど容姿端麗だ。


「姫様!」


 リエルがリリシアに駆け寄り、手を握る。


「よくぞご無事で……」


 リエルと呼ばれたエルフは涙目で震えた声でそう言った。


「リエル、心配かけてごめんなさい」


「姫様がいなかった数日間、心配で夜も眠れませんでした」


「私なら大丈夫よ、実は森であったこの二人に――」


 するとリエルの目付きが鋭くなり、リリシアと俺の間に割り込む。


「貴様ら!よくも姫様を誑かしたな!」


 リエルはそう言って腰に差していた剣を抜く。


「ギャギャ!」


 それを見たグリムは剣を構えて俺の前に立つ。

 えぇ……俺達何もしてないのに敵意丸出しじゃん。

 まさか話も聞かずいきなり剣を抜くとは……。


「リエルやめなさい!」


「姫様、私は邪悪な魔物なんかに負けません!」


「彼らは私を助けてくれたの!命の恩人に対して何するのよ!」


「姫様は騙されています!人間はエルフを拉致し、奴隷にすると言います。子供の頃からセルシア様に散々『人間に近づくな』と言われていたではありませんか!」


「シンヤはおばあ様が言う邪悪な人間じゃないわ!」


「くっ!まさかここまで洗脳されているなんて……。許せん!」


 するとリエルは剣を構えたまま、俺達に向かって走ってくる。


「あっ!待って!グリムは――」


「やあぁぁ!!」


 リエルは一瞬で俺達の前に来て、声を出しながら剣を振り下ろす。


「ギャ」


 グリムはその剣を軽く払い、リエルの腹を蹴る。

 蹴った衝撃でリエルの鎧にひびが入る。


「ぐっ!」


 リエルは勢いを殺しきれず、足を引きずりながら大きく後退した。


「まだまだ……ぐはっ!」


 リエルは口から血を吐き、地面に膝を付く。

 グリムの蹴りは相当威力あるみたいで、鎧の上からでも十分ダメージを与えていた。


「リエルじゃ勝ち目はないわ。このゴブリンはブラックタイガーを子ども扱いするほどの実力よ」


「そ、そんな……」


 リエルは悔しそうに呟いた。


「う、嘘だろ……」


「団長が一撃で……」


「あんな強い魔物を使役してるなんて!」


 後ろにいたエルフ達が顔を真っ青にさせて後ずさりする。


「みんないい加減にして!いつも私の話を聞かないで勝手な事ばかりして……もううんざりよ!」


 リリシアがエルフ達を睨みながら声を荒げた。


「ひ、姫様?」


 リエルは目を大きく開けて、リリシアを見上げた。


「いつまでも私を世間知らずの姫様だと思わないで!だから私はこんな村大嫌いなのよ!小さい村の姫なんて普通のエルフと変わりないわ!もう特別扱いはやめて!」


「「「……」」」


 リリシアの言葉を聞いたエルフ達は俯いたまま黙り込む。


「し、しかし子供の頃からセルシア様に――」


「私はおばあ様から言われたことより自分の目で見た物を信じるわ。シンヤは私を助けてくれたし、グリムも命がけで守ってくれた。だから私はこの二人を信じるわ!」


「……」


 リエルは口を大きく開けたまま固まってしまった。


「どけ!道を開けるのじゃ!」


 すると村の奥から杖を突いた女性のエルフが足を引きずりながら歩いてきた。

 大勢のエルフを掻き分け、一直線に俺の前にやってくる。

 見た目は若く、長い銀色の髪を一本の三つ編みにしていた。


「お、おおぉぉ!!まさか生きている内にお会いできるとは……」


 そのエルフは目に涙を浮かべながら、俺にゆっくり近づいてくる。

 すると銀髪のエルフは杖を地面に置き、俺の前で跪いた。


「えっ?」


「なっ!」


 それを見たリリシアとリエラが目と口を大きく開けたまま、小さく声を出す。


「あなたが来るのをずっと待っていたのじゃ!!救世主様ぁぁぁ!!」


「「「「「……は?」」」」」


 俺を含めグリム以外の全員が首を傾げた。

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