第3話 異世界人、ゴブリンと出会う

「よっ!」


 俺は木の上にある果物に向かって石を投げる。

 石は果物に命中し、地面に落ちた。


「よし!今回は一発で取れたな」


 俺は果物を拾い、歩き出す。

 ここ何日かはこればかり食べていて、色は赤くて手の平サイズの木の実。

 ちなみに味は甘かった。



 異世界に来てからあっという間に2週間が経った。

 相変わらず魔物は一匹も倒せないので、逃げ回るばかりだった。


 しばらく歩いて行くと大きな石と石の間にある洞窟が見えてきた。

 ここは森を歩いている時に偶然発見し、洞窟には魔物が一匹もいなかったので住み始めた。


「また体汚れたな……。【クリーン】」


 俺が魔法を唱えると体が綺麗になり、髪がさらさらになる。

 最初は回復魔法しかまともなスキルがないことにがっかりしていたが、使ってみたら意外と便利だった。


 毒入りの木の実を食べてもすぐに解毒できるし、魔物に襲われても一瞬で回復する。

 さっき採取した果物以外の果物や木の実を食べてみたが、ほとんどが毒入りだった。

 サバイバルの知識がない俺にとっては回復魔法はかなり便利だった。


 俺は大きな石の上に腰かけ、ため息を吐く。


「そういえばこの2週間誰とも喋ってないな……」


 この2週間で森の中を歩き回っていたが、出会うのは魔物ばかりだった。

 聞こえるのは鳥の鳴き声や洞窟に滴る水滴の音だけ。

 元々インドア派だが、さすがに寂しくなってきた。


「あ~あ、誰でもいいから話し相手になってくれないかな……」


 最近は寂しすぎてため息ばかり吐いてしまう。

 リカバリア様(本物の神様だと分かったので一応様付け)に異世界に召喚された時は、チートスキルで人助けしたり、女の子から言い寄られたり、信頼できる相棒ができたりするんじゃないかと思っていた。


 しかし現実は戦闘系のスキルはないし、人がいない森の中で一人寂しく暮らしている。

 さすがにネガティブにもなるわ……。


 俺は先程採った果物をかじると、果物の甘味が口の中に広がり、微かに酸味も感じる。美味しいけど、毎日この果物ばかり食べているので飽きてきた。


「そろそろ肉が食べたいな。でも森にいる魔物強すぎて勝てないしな……」


 そんなことを考えていると洞窟の入り口から鳴き声が聞こえて来た。


『ギャギャギャ!!』


『ギャ……ギッ……』


『ギャォ……』


 俺は急いで大きな岩の後ろに隠れた。

 岩から洞窟を覗き込むと三匹の小さいゴブリンが洞窟に入ってきた。

 洞窟の出入り口は一か所しかなく、逃げ場がない。

 俺は警戒しながら、ゴブリン達を観察する。


 よく見ると赤い目のゴブリンが怪我をした二匹のゴブリンを担いでいた。

 赤目のゴブリンがゆっくり一歩ずつ歩いていたが、地面にある石に躓いて転んだ。

 担いでいた二匹のゴブリンが地面に転がる。


「ギャ……」


 怪我をしたゴブリンは勿論、赤目のゴブリンも立ち上がる気配はなかった。

 二匹のゴブリンを担いでいたから疲れているのだろう。


 実はゴブリンを見たのはこれが初めてではない。

 ゴブリンは群れで自分よりも大きな魔物を襲う、それに一度だけゴブリンの集落を見つけた。

 でも普通のゴブリンは黒目だったような気が……。


「……」


 今ならゴブリン達は俺に気付いていない。

 奇襲をかければ確実に倒せるだろう。

 だけど……。


 俺は立ち上がって、ゴブリンの元に歩いて行く。


「ギャ!」


 赤目のゴブリンが俺に気付いたのか、ボロボロのナイフを構えてよろけながら立ち上がる。

 しかし、疲労が蓄積しているのかすぐに膝を地面に付いた。


「大丈夫、何もしないよ」


 俺は宥めるようにそう言うが、赤目のゴブリンの呼吸は荒く、尖った白い牙をむき出しにしていた。

 ゆっくりと赤目のゴブリンに近づき、右手を向ける。


「疲れてるだろ?【ヒール】」


 すると赤目のゴブリンの体が一瞬黄色いオーラに包まれた。


「ギャ?」


「回復しただろ?」


 赤目のゴブリンは不思議そうに手足を動かす。

 ヒールは怪我を治す魔法だ、だが何度か使っている内に疲労も回復していることに気付いた。


「ギャギャ……」


 赤目のゴブリンはナイフを下ろし、俺をじっと見る。

 俺はゴブリンの言葉なんて分からない、でも何故かゴブリンの敵意が消えた気がした。


「他のゴブリン達も回復するよ【エリアヒール】」


「ギャ!?」


 俺は赤目のゴブリンに一声掛けて、魔法を使うと俺の周囲に黄色い霧が発生した。

 ゴブリン達の怪我が一瞬で治り、赤目のゴブリンは口をぽかーんと開けたままそれを見ていた。


 他のゴブリン達が目を覚まし、勢いよく立ち上がる。

 すると赤目のゴブリンが嬉しそうな鳴き声を出しながら、他のゴブリン達に近寄った。


「ギャギャ?」


「ギャギャギャ!」


 やはり回復させた二匹のゴブリンの目は黒いな、じゃあどうしてこいつだけ目が赤いんだろう?

 そんなことを考えていると二匹のゴブリンが俺に気付いた。


「ギャギャ!」


「ギャォ!!」


 二匹のゴブリンは俺に向かってナイフを構え、ゆっくり近づいてくる。

 逃げ道はないし、この状況で戦ってもどうせ負けるな。

 そう思い、俺は両手を上げながら後ずさりする。


 こうなる可能性はもちろん予想していた。

 でも俺の人助けしたいという欲求が勝ってしまい、つい回復させてしまった。

 あと寂しかった。


「ギャギャギャ!!!」


 すると赤目のゴブリンが俺と二匹のゴブリン間に両手を広げながら、割り込んだ。


「ギャ!」


「ギャギャ!?」


 二匹のゴブリンが首を傾げながら、声を出す。


「ギャギャ!!」


「「……」」


 赤目のゴブリンが声を出すと、他のゴブリン達はナイフを下げた。

 二匹のゴブリン達は振り返り、洞窟の出口に向かって走って行った。

 そして何故か赤目のゴブリンは俺の顔を見上げた。


「?」


「……」


 俺を顔をじっと見つめ、しばらくすると洞窟の出口の方を向いた。

 そのまま赤目のゴブリンも他のゴブリン達を追いかけるように走って行った。


「あ、危なかった……」


 俺はその場で尻もちを付いて、額の汗をぬぐう。


「魔物を安易に回復させるのは悪手だったかな?でも結果助かったし、まあいいか!」


 俺は腰を上げ、食べかけだった赤い木の実をかじる。


「うん!人助けした後の飯は上手いな~。いや、この場合魔物助けかな?」


 俺の独り言が洞窟の中で木霊する。

 もちろん俺しかいないので、返事はこない。


「……」


 一気に寂しくなり、一人むなしく木の実をかじるのだった。


 ◇


 ドサッ


 ゴブリンを助けてから数日後。

 洞窟で休んでいると、外から何かが落ちた音が聞こえた。


「ん?今の音は……」


 俺は不思議に思い、外に出る。

 すると洞窟の入り口に鹿のような魔物の死体が転がっていた。

 周囲を確認するが誰もいない。


「これ誰が落としていったんだろう……」

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