第11話 新米教祖、神託を授かる

 薄暗い森の奥深くには体育館ほどの大きさの古い遺跡が静かに佇んでいた。

 苔むした石の壁は、風雨にさらされながらもその姿を保っている。周囲には、絡みつくように生い茂った木々が、まるで遺跡を守るかのように立ち並び、葉の間から差し込む光が神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「な、何よこれ……」


 リリシアは遺跡を見上げながら後ずさりする。

 俺は遺跡に近寄り、石の壁を撫でる。


「相当古い建物だな。森にこんな建物を作れる生物がいたんだな」


「そうみたいね……こんなに綺麗に石を削れるのはドワーフくらいよ。エルフには無理だわ」


「中に入ってみよう」


 俺達は遺跡の中に足を踏み入れるとそこには大きな空間が広がっていた

 中央には重厚な木製の祭壇がそびえ立ち、その上には金色に輝く十字架が掲げられて、両側には壊れたベンチや燭台が転がっていた。


「生活感ないわね、この建物は何に使われてたのかしら?」


 リリシアが建物の中を見渡しながらそう言った。

 だが俺にはこの建物に見覚えがあった。


「これはまさか……」


「知ってるの?」


「ああ。ここは教会だ」


「きょうかい?」


「神様にお祈りを捧げる場所だよ」


「じゃあ誰かがここで宗教を開いてたってこと?」


 俺は無言で深く頷く。


「で、でも昔からこの森には亜人と魔物以外は近づかないわ!もしここが本当にシンヤの言う教会だったら、いったい誰がお祈りを捧げてたって言うの!?」


 

 亜人と魔物が信じる神様はいない、しかしこの森には亜人と魔物しか住んでいない。

 だが森に教会があったのは事実だ。


「分からない……、そもそもどんな神様を信仰して――っ!?」


 俺は不意に遺跡を見上げると天井一面には大きな絵が描かれていた。

 白い羽衣を来た金髪ショートカットの女性が大きく描かれ、その女性に向かって人や魔物が座礼していた。

 座礼している人をよく見ると耳が尖っていたり、犬や猫のような耳が付いている。

 それだけではない、ドラゴンのような大きい魔物までも女性に向かって頭を下げていた。


「シンヤ?どうしたの?」


「リリシア、上を見てみろ」


「上?……えっ!?」


 リリシアは上を見上げると驚きのあまり声を出した。


「リリシア。あそこに書かれてる人に見覚えはあるか?」


「な、ないわ。でも地面に座っているのは竜人族、獣人族、ドワーフそれにエルフね。それ以外に描かれている亜人と魔物は知らないわ」


 亜人にも様々な人種がいるみたいだな……。


「そうか……」


「逆にシンヤはあれについて何か知ってる?」


 俺はずっと天井に描かれている金髪の女性から目を離せなかった。

 何故なら――


「あの大きく描かれてる女性なら知ってる」


「えっ!?」


「あれは俺をこの世界に召喚した神様……リカバリア様だ」


「っ!!ちょ、ちょっと待ってよ!ていうことは亜人と魔物の神様がリカバリア様だったの!?」


 俺もそう思った。

 だがリリシアがリカバリア様を知らなかった以上、その確証はない。


「それは分からない。でもあの女性はリカバリア様だ、それだけは間違いない」


「……」


 俺は祭壇の前まで歩き、片膝をついて両手を組み、目を閉じる。

 すると一瞬だけ体がぐらりと揺れたような気がした。


「やぁ!また会ったね!」


「えっ?」


 聞き覚えのある女性の声が聞こえ、目を開けるとそこには真っ白で何もない空間にいた。


「うんうん!いいお祈りだ。流石教祖様だね!」


 その女性、リカバリア様は俺を見下ろしながら腕を組んで大きく頷く。


「リカバリア様!?俺はどうしてここに……」


 俺は急いで立ち上がり、周りを見渡す。

 ここは俺が初めてリカバリア様に合った場所だ。


「私の教会でお祈りをしただろ?お告げの条件が揃ったからこうして君と話ができているというわけさ」


「そうだったのか……っておい!俺を勝手に教祖にしただろ!?」


 俺はリカバリア様に詰め寄るとリカバリア様は俺から視線を逸らした。


「え、え~?そうだったかな……覚えてな――」


「あと異世界についての説明も無かったし、おかげで大変だったんだぞ!?」


 異世界に転移していきなりでかい熊に殺されかけた。

 あの時のことは今でもたまに夢に出てくる。


「だって仕方ないじゃん!私の力だとあれが限界だったんだよ!」


 リカバリア様はそう言って、俺を睨みながら頬を膨らませる。


「私にはどうして信者が必要なんだ!でも君を勝手に教祖にしたのは謝るよ……」


「はぁ……でも何で信者が必要なんだ?」


 リカバリア様は真っ直ぐを見ながら口を開いた。


「私の力を取り戻すため」


「……」


「信者の数はそのまま神の力に影響するんだ。信者が多ければその分力も強くなる。今のままだと『セリス』と『ヴァルグラ』 に勝てないんだ。あと『あいつ』にもね……」


「確かその二人は人間と悪魔の神様だっけ?」


「様なんて付けないでよ!シンヤは僕の教祖なんだぞっ!」


 リカバリアは腕を組み、頬を膨らませながらそっぽを向いた。


「わ、悪かったよ」


「だから私がもっと強くなってあいつらを倒さないといけないんだ!」


「は、はぁ……」


 なんか変なことに巻き込まれているような気がする。


「なあリカバリア様、どうしてその二人を――」


 すると俺の体が少しだけ薄くなった。


「これってまさか……」


「うん、時間切れだね」


「ま、またかよ!!またすぐにお祈りすれば話せるのか!?」


「これは初回だけ!次にお告げをできるのは一年後だよ。でも信者を増やして私の力が強くなったらもっとお告げができるし、シンヤにもさらに強力なスキルだって付与できるんだ!」


「てことは攻撃系のスキルもか!?」


「うん!出来ると思うよ……多分」


 最後に小さい声でぼそっと何か言ったような気がするが気のせいだろう。


「よっしゃ!じゃあ信者を増やせばいいんだな!?」


 希望が見えてきたぞ!

 ついに俺も火を出したり、風で物を切断できるかもしれないぞ!


「そういうことっ!」


 リカバリア様は人差し指を立てて、ウインクした。


「なあリカバリア教の決まりとかはあるのか!?」


「特にないよ!そういう面倒くさいのを決めるのが教祖の仕事でしょ?」


「丸投げかよ!じゃあ俺に攻撃スキルを付与できるのはあと何人信者が――」


 すると突然景色が変わり、リリシアの綺麗な顔が目の前に現れた。


「――必要なんだ!?」


「うわっ!な、何よ。急に大きな声出して……」


 リリシアの顔は何故かほんのり赤くなっていた。


「えっ?」


 周りを見渡すとさっきまで俺がいた教会だった。

 くそっ!時間切れになったか……。


 俺は立ち上がり、リリシアを見る。


「ねえ、シンヤ。やっぱりあなたは私達の神様から遣わされた救世主ってことなんじゃないの?」


「そんなことよりリリシア」


「は?」


 俺は口をぽっかり空けているリリシアの肩に手を置く。


「今、幸せですか?」


 満面の笑みでそう言った瞬間、頭の中にある音声が響いた。


『初めてリカバリア教の教会でお祈りを捧げました。スキル【宗教メニュー】を獲得しました』


 ◇


「シンヤ?」


 シンヤは祭壇の前で跪き、目を閉じた。


「……よく見ると意外と綺麗な顔してるわね」


 私はシンヤの顔を覗き込み、そう呟く。


「何よこの感情、シンヤを見てると胸が少しむず痒いわ」


 シンヤの唇から目が離せなくなり、思わず自分の顔を近づけてしまう。

 シンヤとの距離が近くなるにつれて、心臓の鼓動が速くなっていく。


「――必要なんだ!?」


「うわっ!な、何よ。急に大きな声出して……」


 私、何やってんだろ……。

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