第9話 新米教祖、異世界を知る
この世界には元の世界にいなかった生き物が沢山いる。
亜人、魔物、そして悪魔。
人間と悪魔は自分達の領土を広げるために今も戦争している。
人間は世界の半分を領土に治め、悪魔は世界の四分の一を領土に治めている。
残った四分の一は俺達がいるこの森らしい。
この森には亜人と魔物が隠れながら暮らしていて、リリシアのようなエルフもこの森に小さい村を作って暮らしている。
森には『森のへそ』と呼ばれる大きな一枚岩があり、それより奥は『深層』と呼ばれている。
『深層』にいる魔物は強く、中にはたった一匹で国を滅ぼせるほどの力を持った魔物が生息している。
基本的に亜人が暮らしているのは深層の外側で、深層に住む亜人はごく少数だそうだ。
そして俺が暮らしているこの洞窟はちょうど深層との境目だそうだ。
どうせ異世界転移するなら人間の領土に転移したかった……。
この世界の人間達の暮らしやどこまで発展しているのかを聞きたかったのだが、そこまでは知らないみたいだ。
「私が知ってるのはざっとこんなもんね」
リリシアはそう言うと、ふぅと小さく息を吐く。
「なるほどな。だから俺以外の人間に会わなかったのか」
ここまではっきりと領土が決まっているならこれから先、森に暮らしていても人間に会うことないだろう。いっその事、人間の領土に行くか迷ったがグリムと離れ離れになるのも少し寂しい。
まあしばらくはグリムとこの森で過ごそうかな。
「逆に何でシンヤがこの森にいるのか不思議で仕方ないわ」
「リカバリア様に転移させられたのがこの森だっただけだよ」
「リカバリア様?」
リリシアはそう言って首を傾げる。
「俺をこの世界に召喚した神様の名前だよ」
「そう……。聞いたことない神様ね」
「この世界には他の神様もいるの?」
「村にいるおばあちゃんが言ってたんだけど、人間は『女神セリス』悪魔は『魔神ヴァルグラ』っていう神様を信じてるらしいわ」
「なるほど……」
もちろん二人とも聞いたことはない。
その神様達も実際にいるのだろうか。
しかしこの世界でリカバリア様を知っているのは俺だけか……。
「リリシアが信じてる神様はいるのか?」
「いいえ。亜人と魔物を救ってくれる神様はいないわ。あえて言うなら予言の救世主様が私達にとっての神様ね」
「ふ~ん。そういえばリリシアは何であんなところで倒れてたんだ?エルフの村は深層の外側なんだろ?」
あとエルフには森の深層に行ってはいけないという掟があるらしい。
それなのにリリシアが倒れていたのは深層の入り口近くだった。
「うっ……それは……」
リリシアの顔が強張り、口を噤む。
「いや、言いたくなら別にいいけど」
「そういうわけじゃないわ。まあ、簡単に言うと家出よ」
リリシアはため息を吐いて、頬杖を付く。
「家出?」
「ちょっとお母様と喧嘩したのよ。それに前から村のエルフの私に対する態度が気に入らなかったの……。でも本気で家出するつもりなんてなかったわ。深層をちょっと見て帰るつもりだったんだけど……」
少し意外だ。
リリシアは良い子だし、お母さんと喧嘩するようには見えない。
それに村のみんなからも可愛がられそうだけどな……。
「ブラックタイガーか」
牙を剝き出しにしながら、低い声で唸るブラックタイガーを思い浮かべる。
思い出しただけでも体がブルリと震えた。
「うん。私のせいで村のエルフが二人も死んだの……。私が村を出なければ二人は死ななかったのに!」
リリシアは震えた声でそう言い、顔を手で塞ぐ。
俺はリリシアの背中を優しくさする。
「リリシアのせいじゃないよ。運が悪かっただけだ」
この森に法律はない。
俺が言うのもなんだが、自分で身を守る力を付けるしかないんだ。
「ありがとう……、でもこれからどうしようかしら?どうせ村の外に出たんだし、探したい物もあるのよね」
「ならここを使うといいよ。狩りをしても食べきれなくていつも肉を腐らせてるくらいだし」
「本当っ!?ありがとうシンヤ!」
リリシアはそう言うと俺に抱き着いてきた。
俺の体にリリシアの豊かな胸が押し付けられて形を変える。
「あっ!ご、ごめんなさい!つい……」
「い、いや大丈夫だよ」
お互いの顔が真っ赤になり、思わず目を逸らす。
なんか気まずい……。
「ギャ?」
そんな俺達の感情をいざ知らず、グリムが首を傾げた。
「ご、ごほん。そういえばリリシアが森で探したい物って何?」
俺は咳ばらいをして、むず痒い空気を一掃するように話を戻す。
リリシアも少し戸惑いながら俺の質問に答えた。
「じ、実はね。お母様は病気なの」
「病気!?」
「そう……。その病気は少し特殊で、この森に生えるある薬草がないと薬が作れないらしいわ。それを探したいの」
「その薬草は見ればわかるのか?」
「子供の頃に一度見たことあるから大丈夫よ」
「そうか……。だったら俺も薬草探し手伝うよ」
リリシアの目は大きく見開かれ、しばらくすると上目遣いで俺を見てきた。
「いいの?」
「ああ」
「一緒に探してくれるのは嬉しいけど、どうして私にそんな優しくしてくれるの?」
「リカバリア様に人助けをして欲しいって頼まれてるんだ。それに困ったときはお互い様だろ?」
俺が人助けをすればリカバリア様も喜ぶだろう。
「ふふっ、シンヤって不思議な人ね……ありがとう」
そう言ったリリシアの頬はほんのり赤くなっていた。
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