第6話 新米教祖、グリムを知る
夜はすっかり暗くなり、洞窟の中は焚火に赤く照らされる。
小さな薪がパチパチと音を立て、燃え上がるたびに、赤い火花が舞い上がる。
焚火の上に積み重ねられた石の上には肉が乗せられ、肉の脂がじゅうじゅうと音を立てて溶け出す。
食器がないので、どうやって食べようか迷っているとグリムがナイフを肉に刺し、フォークのようにして肉を食べた。
なるほど。その手があったか……。
「ギャ(生の方が上手いな)」
グリムはそう言うと横に置いてあった魔物の内臓を手に取り、食べ始めた。
手と口の周りは魔物の血で真っ赤になっていた。
血まみれのゴブリン、絵面が完全にホラーだ。
内臓まで食べるのか……。
俺は顔を引きつらせながらグリムの食事を見ていた。
「ギャ?(食べるか?)」
グリムは内臓を俺の方に差し出す。
魔物の内臓が発する血生臭い匂いが鼻の奥を刺激する。
「うっ……お、俺はいいよ」
俺がそういうとグリムは内臓を勢いよく食べ始めた。
「さて、俺も食べるか【クリーン】」
グリムにもらったナイフを綺麗にして、肉を食べる。
魔物の肉は非常に柔らかく、口の中でスッととろけた。
意外と脂は少なく、すっきりとした味わいだった。
「不味くはないけど、やっぱり味付けがしないと美味しくはないな。まあそんなこと言ってられないけど」
グリムと一緒に暮らすようになってから食べ物には困らなくなった。
魔物を安定して狩れるようになってきたし、グリムは森について詳しい。
次の目標は香辛料の確保だな……。
この世界には香辛料はあるのか?
ていうかそもそも人間にすら会ったことがない。
だがリカバリア様は『異世界で人助けをして欲しい』と言っていたので、きっとどこかに人間の町や村があるのだろう。
俺はそう言いながらも肉を食べ進めていき、あっという間に満腹になってしまった。
「ギャ!」
グリムは内臓を食べ終わったのか、皿に盛られた生肉を手でつまんで食べ始めた。
手を止めることなく、肉はどんどんグリムの口の中に吸い込まれていく。
「しかしお前はよく食うな~」
グリムも満腹になったのか、大きくなった腹を上にして地面に寝始めた。
「なあ、グリムは何歳なんだ?」
「ギャ(一歳だ)」
若ッ!
人間ならやっと歩けるようになったくらいだ。
色々話を聞くと、一歳のゴブリンは青年に当たるらしい。
グリムを生んだ後、グリムの親はすぐに死んでしまったようだ。
赤い目を気味悪がられていたので誰も助けてくれず、集落のゴブリンの真似をして生きるすべを学んだらしい。
俺の動作をよく真似するのはこういったグリムの生き方によるものだろう。
俺はグリムの頭を撫でるとグリムは嬉しそうに耳を垂らし、目を閉じる。
それに寝る時はいつも俺に抱き着いて寝ている。
「そろそろ寝るか……。じゃあグリム、歯を綺麗にしてやるからこっちに来い」
「ギャ!(嫌だ!)」
グリムはそう言って、岩の後ろに隠れる。
クリーンという魔法はかなり便利で洗濯や風呂、それに歯磨きまでこの魔法でまかなえる。グリムの鋭い歯にはよく魔物の血や食べカスが付いているので、毎日クリーンで綺麗にしている。
だがグリムは歯磨きを嫌がるのだ。
綺麗になりすぎて口の中が気持ち悪いらしい。
これをしないとゴブリン特有の臭い匂いが出てくるので何が何でも綺麗にして欲しい。
「グリム、綺麗な方が健康にいいんだ。それに綺麗な方が女の子にモテるぞ?」
「ギャ!(女なんていらない!)」
「はぁ……、分かったよ。じゃあ頭撫でてやるからこっちに来い」
「ギャ」
そう言うとグリムは岩の後ろから出てきて、俺の元に駆け寄ってくる。
「よしよし……隙あり!!【クリーン】」
「ギャギャ!?」
するとグリムの歯の汚れが消え、艶のある真っ白な歯になった。
「ギャー!!」
グリムは地面に顔を近づけ、土に歯を付け始める。
「こら!あーあ、綺麗にしたばっかりなのに……」
「ギャギャギャ~」
グリムは泥の付いた歯を見せながら無邪気に笑った。
「はぁ……」
親の代わりにはなれないし、ゴブリンを育てるのに愛情が必要なのかはわからない。
だがせめて俺だけでもグリムに愛情を注いでやろうと思った。
◇
???視点
「はぁ……はぁ……」
綺麗な金髪を揺らしながら森の奥へと走る。
この森は世界の四分の一を占める大きな森で、奥に行けば行くほど強い魔物が出てくる。
しばらく走っていると森にそびえ立つ、途轍もなく大きい一枚岩が遠目に見えてくる。
「お待ちください!!姫様!」
後ろから声が聞こえ、私は立ち止まって後ろを振り向く。
すると耳の尖った二人の男が私の前に立つ。
「はぁ……はぁ……。しつこいわね!いい加減諦めなさいよ!」
「そういうわけにはいきません。自分の立場が分かっておられるのですか!?」
やっぱりそうだ。
みんな立場が大事で、私自身を誰も見てくれない。
あんな村はもううんざりだ。
「私はもう村には戻らないわ!私は死んだとお母様に伝えて!」
私がそう言うと二人の男が目を大きく開いた。
「っ!?そ、それは……」
「姫様、村を抜けるというのですか!?女王様が亡くなられたら村のエルフ達はどうすれば……」
「そんな事知らないわよ!私は森の奥に行くわ。それともあなた達も付いてくる?」
私はそう言いながら、『森のへそ』と呼ばれる大きな一枚岩を指差す。
「「……」」
二人の男は唇を嚙みながら、森のへそを睨む。
森のへそより奥は『深層』と呼ばれ、強い魔物達ばかりが生息している。
エルフは長寿だが、出生率が極端に悪い。
私達の村にはエルフの人口を減らさないようにするために作られた掟が数多くある。『森のへそよりも奥に行ってはいけない』というのもその掟の一つだ。
「私は一人でも奥に行くわ」
私がそう言うと二人のエルフはお互いに視線を合わせ、頷く。
「では仕方がありません。無理やりにでも村に連れ帰ります」
「すみません、姫様。我々にはあなたが必要なのです」
片方のエルフは剣、もう片方のエルフは弓を構える。
「そう……。だったら私も全力で抵抗させてもら――っ!?」
私達が話している時、二人のエルフの後ろから何者かがゆっくりと近づいてきていた。少しずつその姿があらわになり、その魔物を見て体が固まってしまう。
「では姫様……いきま――」
「ガルルゥゥ!!」
魔物が後ろから剣を持ったエルフに襲い掛かる。
その魔物はエルフの腹に噛み付き、食いちぎる。
エルフの体から赤い血が流れ、地面を赤く染める。
「ブ、ブラックタイガー……」
この森の深層に生息する魔物、ブラックタイガー。
鋭い爪を持った四本足、黒と灰色の模様で体は大木より太い。
普通に立っているだけでも私の身長を優に超える。
「あ……あっ……」
もう一人のエルフが弓を落として、尻もちを付く。
ブラックタイガーはもう一人のエルフにも飛び掛かり、足で頭を踏み潰す。
それを見た私は心臓が激しく鼓動し、体が震え始めた。
「……」
ブラックタイガーに殺された二人のエルフを見て、涙が出てくる。
「わ、私のせいで……ごめんなさい」
恐怖と罪悪感が渦巻き、心が締め付けられる。
「ガオォ!」
ブラックタイガーはそんな気持ちをいざ知らず、私に向かって無慈悲に大きな腕を振り下ろした。
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