寂しがりヒーラーのスローライフ~友達作るために片っ端から回復してたらいつの間にか異世界最大の宗教国家が出来ていた~

壱文字まこと

第1話 サラリーマン、神様と出会う

 俺の名前は佐々木信也ささきしんや

 製薬会社の営業をやっているしがないサラリーマンだ。

 毎日、上司に怒られながらも全力で仕事をしている。


「お前は本当に使えんな……」


「そんなこともできないのかよ」


「早く退職しろよ」


 パワハラにあたる言葉を掛けられながらも、歯を食いしばって生きている。

 もちろん最初はムカついたし、悔しかった。

 でも営業成績は社内で最下位。言われても仕方ないと思い、言い返さなかった。


「はぁ~俺って必要無いのかな?」


 そんなことを呟きながら毎日家に帰って、ご飯を食べる。

 友達もいないし、趣味もない、休日のほとんどは家でごろごろしながら動画を見て過ごす。


 そんな俺にも一つだけ楽しみがあった。

 それは――


 月一回の炊き出しのボランティアだ。

 俺の地域では困窮した人達を対象とした、料理や生活用品の無償提供を行っている。

 俺は職員の指示のもと、ボランティアの一員として炊き出しを行っている。


「はい、どうぞ!」


「いつもありがとうね~」


 俺が食べ物の入った器を渡すとみんな笑顔でお礼を言ってくれる。

 会社では邪魔者扱いだが、人に感謝されると俺は生きててもいいんだな~と思う。

 ボランティアなのでお金はもらえないが、この活動に誇りを持っている。


「あっ!佐々木さん!」


「はい?」


 職員に呼ばれたので、小走りでその職員の元に向かう。


「ごめん!食材が無くなったから食堂から取ってきてくれるかい?」


 職員はそう言って俺に食材のメモを差し出してきた。


「分かりました!」


 俺はメモを受け取って、言われた通り施設の食堂に向かった。

 施設の中に入り、『食堂』と書かれたドアを開ける。

 広々とした食堂には木製のテーブルと椅子がいくつも置いてあったが、そこには誰もいなかった。


「あれ?誰もいないな……。勝手に厨房入っていいのかな?」


 俺は厨房に入り、大きな冷蔵庫を開ける。

 中には食材が詰まった大きなビニール袋が入っていた。


「おっ!これだな」


 そのビニール袋を手に持った瞬間、厨房の床が光り始める。

 下を見ると、俺を中心に黄色い魔法陣が描かれていた。


「え?何これ――」


 すると俺の姿は一瞬で消え、手に持っていたビニール袋が音を立てて床に落ちた。


 ◇


 目を開けると真っ白な空間にいた。

 目の前にはまるで絵画から飛び出してきたかのような美しい容姿の女性が立っていた。

 身長は俺より少し低く、絹のような綺麗な金髪を肩のあたりで切り揃えていた。足が長くてすらりとした華奢な体は思わず見とれてしまうほど完璧だった。


「やぁ!こんにちわ」


「……」


 その女性は笑顔で俺に挨拶してくれたが俺は状況が全く理解できず、目をぱちぱちと瞬きさせた。

 この綺麗な人は誰なんだろう……。

 さっきまで厨房にいたよな?ここはどこなんだ?


「おーい、大丈夫?」


 女性は俺の顔の前で手を振りながら、そう言った。


「あ、あのこれは一体……」


「やっと正気に戻ったみたいだね!まずは自己紹介からいこう。ボクの名前はリカバリア、こう見えても神様なんだ!」


 その女性――リカバリアは腰に手を当てて貧しい胸を張った。


「……」


 俺は幻覚を見ているのか?

 上司に怒られたストレスで幻覚まで見るようになってしまったとは……。

 ボランティア活動が終わったら病院行こ。


「なんだよ、その顔……。嘘じゃないぞ、本当に神なんだぞ!」


「はいはい、それよりここはどこなんだ?早く食材届けないといけないんだけど――って食材がない!!」


 いつの間にか食材が入った袋が手元にない。

 食材がないと炊き出しができなくなってしまう。

 そんなことを考えていると血の気が引き、額に冷たい汗が滲み出てくる。


「ん?どうしたの?」


 そんな様子を見たリカバリアは心配そうに俺の顔を覗き込む。


「食材がないとみんな困るんだよ!早く探さないと……」


 俺は周りを見渡すが、一面真っ白で何もない。

 色があるのは俺と目の前にいるリカバリアだけ。


「まずはここから出ないと!」


 俺が出口を探すために走り出すと、リカバリアに腕を掴まれた。


「ちょ、ちょっと待って!まずはボクの話を聞いてよ!」


「話?」


 リカバリアは小さく咳払いをすると、真っ直ぐ俺の目を見てきた。


「まずは佐々木信也さん。急に呼び出してごめんなさい」


 リカバリアはそう言って、深々と頭を下げる。


「突然ですが、あなたには異世界に行って欲しいんです」


「俺が異世界に?」


「あなたは心優しく、他者貢献したい気持ちが人よりも強い。だからボクはあなたを選んだ」


 いきなり異世界とか言われてもよく分からない。

 もしかしたら大掛かりなドッキリかもしれない。

 いや、一般人の冴えないサラリーマンにドッキリかけても意味ないから違うか。


「いきなりこんなことを言われても信じられないと思う。でも全部本当なんだ」


 リカバリアは嘘言っているようには見えなかった。

 俺が人を信じやすいだけかもしれないが、ひとまずは話を聞いてみようと思った。


「俺は異世界に行って何をすればいいんだ?」


 するとリカバリアは三本の指を立てた。


「あなたにはこれから『スキル』を三つ渡す。そのスキルを使って人助けして欲しいんだ」


 人助けは好きだ、むしろ俺にできる事はそれしかないと思っている。

 日本にはチートスキルを使って異世界を無双する物語が流行っている。

 もしかしたらリカバリアの言っている事は全部本当で、異世界に行けば自分も物語に出てくるような主人公になれるかもしれないと思い、期待で胸が膨らむ。


「俺は前の暮らしに執着はないし、異世界に行くのは全然いいんだけど――」


「本当っ!?やったぁぁーー!!」


 俺の言葉を聞いたリカバリアは両手を振り上げて、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 まるで花が咲いたように笑いながら、俺の手を掴んで激しく上下に振る。


「もし断られたらどうしようかと思ったよ~!私の力では一人召喚するので精一杯。別の世界から召喚するのって結構魔力が掛かるんだよ?」


「魔力?」


「私はまだ弱い神様だからね。異世界で信者が増えれば私の力も強くなるんだけど……ってそれは一旦置いといて。あなたがこれから行く世界には魔力や魔法、それに魔物がいるんだ」


「魔法!?」


 魔法といえば、手から炎や雷を出したり、物を浮かばせたりできるアレだ。

 魔法や魔物と聞いて年甲斐もなくワクワクしてしまう。


「じゃあ俺も派手な魔法が使えるようになるってこと!?」


「えっ!?まぁ~うん、そうかもね……」


 リカバリアは目を逸らしながらそう言った。


「マジか!?楽しみだな~!魔法が使えるようになったら何しようかな~」


「……」


 リカバリアは手を軽く振ると、空中から一枚の紙と羽ペンが出現してフワフワと浮かびながら俺の方にゆっくり向かってくる。


「はい!じゃあこれにサインしてね!」


 俺は紙と羽ペンを受け取り、紙に目を通す。

 しかし見たことない文字で書かれているので、何が書いてあるのかわからない。


「契約書がある異世界転生なんて聞いたことないんだけど……」


「書類を残しておかないと怒られちゃんだ。まあ神様もいろいろ大変なんだよ……」


 リカバリアはがっくりと肩を落としてそう言った。

 きっと神様には神様の事情があるのだろう。


「そ、そうか。ちなみになんて書いてあるの?」


「た、大したことは書いてないよ!後から元の世界に帰してくれって言われても帰せないとかそんな感じ?」


 リカバリアの言葉がしどろもどろになり、目が泳ぎまくっている。


「なんか怪しいな……」


「そんなことないよ!じゃあ私が読むから聞いてて!」


 リカバリアは俺から契約書を奪い取り、読んでいく。


「えーっと、簡単に言うと条件は三つだね。

 一、異世界に転移したら元の世界には戻れない

 二、異世界でリカバリアの名前を広める

 三、その条件として『スキル』を三つ受け取る」


 リカバリアは淡々と読み、契約書を俺に差し出す。


「名前を広める?」


「異世界にはまだ【リカバリア教】が無いんだ。だから君がそれを広めてほしい。まあそんな難しく考えないでよ、助けた人に『リカバリアっていう神様に力を貰った』って言ってくれればそれでいいよ」


 それなら問題なくできそうだ。

 でもリカバリアが嘘を言っている可能性だってある。

 もしかしたら新手の詐欺かもしれないし……。


「これだけは約束する、君とって絶対に損はさせない。それに君の場合、地球で生活するよりはスキルを使って異世界で生活する方が幸せだと思うよ」


 なかなか契約書にサインしない俺を見かねたのか、リカバリアは苦笑いしながらそう言った。

 100%信用することはできない、でもリカバリアの言うことは一理ある。

 一抹の不安を抱えながらも、俺は契約書にサインした。


 すると契約書と羽ペンはふわりと浮き上がり、黄色い霧のようなものに変化した。

 その霧は俺に降りかかり、やがて消えた。


「はい!これで契約完了!」


「それで?俺はこの後、何をすればいいんだ?」


 リカバリアは待ってましたと言わんばかりに、白い歯を見せながらニヤリと笑った。


「ふっふっふ……それではお待ちかね!!『第一回チキチキ!チートスキルプレゼント選手権~~!!』」


 リカバリアは腕を振り上げて、高らかに宣言した。



 ―――――――――――

【あとがき】

 新作です。

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