第14話 結論を話そう

 こじんまりとした応接間。低いテーブルを挟むようにして年代ものの椅子が4つ置かれているだけで、あとは四方の壁に、書架がぐるりと設置されている程度の空間だ。部屋全体に寂しい印象があるのは、この書架が全て空っぽだからだろう。

 エネスが最後に入室してきた。ヨライネとエドは並んで腰掛け、ジゼは彼らの前に紅茶を置いているところだった。


「こんばんは、エネスさん」


 エネスの魔力を認識したのか、エドが笑顔で言った。挨拶だけは早いのだ。

 エネスも挨拶で応じたが、二人が今ここに来ている理由をどうにも理解しきれない様子だった。

 ヨライネが自分の向かいの席を手で示して、エネスに着席を促す。


「手短に済ませます。きっと、ご夕食はまだでしょうから」


 ジゼがエドの前に紅茶を置いてから、「お気遣いありがとうございます」と言う。あまりありがたそうではない。

 エドは早速紅茶を味わおうと、テーブルの上に手を這わせた。受け皿ソーサーに指先が触れたので、慎重にティーカップの形を確かめ、取っ手からゆっくりと持ち上げる。まだ熱かったので少しだけ口に含んだが、それでもジゼの腕前は充分に伝わった。エドはご満悦だ。

 ジゼはティーポットを置いたあと、エネスの斜め後ろの位置に立った。エネスの隣が空いているが、最初に会った時とは違い、邸宅内では座らないらしい。

 そういうことにして、ヨライネは続けた。


「これからお二人には、エネスさんの魔術に現れる木の、正体に関する仮説をお話しします」


 この家に住む二人に向かってそう言った。特に意味はないが、ヨライネはコートの襟を正した。


「しかしその仮説は、お二人に対してあまりに無礼なので、そのまま話すべきではありません。そのためまずは、3つほど確認させてください」


 エネスはわけがわからないまま、うなずく。ヨライネの優しげな、しかしどこか悲しげな空気を察したのだろう。彼女は何も聞き返さなかった。

 ヨライネは「では」と言い、右手の指を1本、立てて見せた。


「エネスさんのご両親は、主に古代魔術の研究をしていましたか?」

「えっと、……」


 エネスは困惑した様子だった。よく知らないらしい。ヨライネは代わりにジゼを見る。


「はい。おっしゃる通りです」

「そうですか。……では続いて」


 ヨライネは右手の指を2本、立ててみせた。


「エネスさんのお兄さんが使っていた魔術は、エネスさんと同じ氷創魔術だけですか?」

「はい……」 エネスが頷く。

「わかりました。では最後に」


 3本の指を立てたりはせず、ヨライネは開いた口を一旦閉じた。

 聞くべきなのか、否か。ギリギリまで悩んでいた。

 静寂の中、カチャリという音が1回鳴った。エドが手元のソーサーにカップを置いた音だった。

 ヨライネはまず、「エネスさん」と言った。


「は、はい」

「あなたは……魔術学校を退学になりましたか?」


 もう一度、一瞬の静寂が訪れた。さっきよりもずっと重たい静寂だった。

 エネスは、ふっ、と微笑した。


「そうです」


 その笑みに込められているものを想像して、ヨライネは一度深く目をつむった。


「わかりました。答えていただき、ありがとうございます」


 ヨライネは、そのウツクシイ顔が見えなくなるくらい、深々と頭を下げた。


「それでは結論を申し上げます」


 顔を上げると、ヨライネの表情は極めて神妙だった。

 エネスも、ジゼも、黙って彼女の話に耳を傾ける。


「あの木の正体は、現実逃避です」

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