第9話 ハイキングに行ってみる
「エド」
ヨライネはエネスの部屋の扉を開く。すっかり綺麗になった洋室で、エドとエネスは何やら話に盛り上がっていたらしい。
エネスは机の椅子を反対に向けて座っていて、エドは相変わらず床に座っている。
「ああヨライネさん、ちょうどよかった。今エネスさんと、文の
「え、句読点? 句読点が何?」
いきなりのふっかけに戸惑うヨライネ。エネスが代わりに補足する。
「あの、えっと、句読点違いで魔術にどれくらいの影響が出るか、ということです」
「ああ意外と変わると思う。やっぱり魔術師本人に一番会うリズムみたいなものがあるから、って違う違う……帰るよエド」
「えー、わかりました」
窓からはオレンジ色の光が差し込んでいた。
これ以上滞在するのは流石に迷惑になる。
エドはしぶしぶ立ち上がった。すると、エネスは慌てて椅子から降りる。
「今日は、ありがとうございました……!」
そう言って深々と頭を下げる。
お部屋のお片付けのことをメインに、さまざまなことに対して礼を言っているのだろう。
ただ、
「嫌だなあエネスさん。まだ気が早いですよ」
エドはやれやれといった調子で言う。ヨライネも、全く同じことを言おうとしていた。
*
二日目。昼。
メルースト家から歩いて30分程度のところに、その山はあった。この街はそこそこ発展しているので、街中にポツンと存在するその山は結構目立つ。
そこまで大きな山でもないので、二人は多少の歩きやすい服装でサクッと登っている。登山と言うよりは、ハイキングと言うべきか。
二人は動きやすいシャツを着ている。ジャケットを着ていないエドも、コートを着ていないヨライネも、なかなかレアだ。
「ヨライネさん」
「なに?」
「きついですよ」
「そっかキツイか。それって目が見えないから? それとも、体力がないから?」
「どっちもです」
「嘘つくな。後者でしょ」
エドは体力がある方ではないので、もうかなり息を切らしている。でもエドが山登りをしたのはこれが初めてではない。
ヨライネはエドを手伝うことはあっても、盲目を気遣うことは滅多にしない。そのため、ヨライネが「山登りするけどいい?」と言っても、エドは結構すんなり了承した。ただしその前に言われた、「星、見にいくよ」というセリフにはとても嫌そうな顔をしていた。そもそも昼だし。
「ここかな」
中腹より少し登ったあたりで、道が開けた。『展望広場』と書かれた看板が立っており、その表示に相応しく、平らな地盤が山肌に出っ張っていた。広さは、大体ヨライネの自室十個分くらいだ。
街の姿もかなり遠くまで見通せるし、空も広範囲を見渡すことができる。夜ならば、これほど星の観察に適した場所などそうあるまい。
「風が気持ちいいですね。いい感じに空も見えてますか?」
「うん。ばっちりだ」
「木はあります?」
言われて、ヨライネは改めて周囲を見回した。
山なので、当然ながら全く無いわけではない。しかし、魔術に刻まれるほど記憶に残りそうな、特別目立つ木はない。広場はまっさらな芝生と砂利だし、展望台の柵の向こう側には、背が低い木しかない。エネスの魔術に出てくる木があるならかなり邪魔に感じるだろう。反対側には大きめの木もいくつか生えていたが、それはもう木ではなく林と言うべきなので、結局記憶に残るような目立つ一本は無さそうだった。
「ないね」
「そうですか。残念。あてが外れましたね」
「あーあ、絶対あると思ったんだけどなあ」
晴れた空に向かって伸びをしながら、ヨライネは言う。
「とりあえず、お昼食べません?」
エドは、斜めに肩掛けしている荷物を指さした。
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