第8話 ジゼとお話
8/31 過去エピソード含め大幅に改稿しました。公開している設定なども変わっています。既にお読みになった方は申し訳ございません。
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全ての本を床からどかすことに成功し、夕方頃には、概ねお部屋を綺麗にすることができた。終わってみれば、それなりに広くて趣のある洋室だった。
エネスの部屋にある本棚は整理して、もう詰められるだけ詰めたので、残った本は段取りに沿って、別室の本棚に移動した。
何せ二人しかいないのだ。空き部屋のスペースは十分にあった。むしろなぜ今までそうしなかったのか。答えは簡単。エネスの怠惰によるものだ。
エネスの部屋の両隣は空いていなかった。一方は物置部屋で、もう一方は兄の部屋らしかった。非常に簡素なものしか置かれていなかったが、たまに帰ってきているらしく、微かな生活感が残っていた。
というわけなので、ヨライネは幾分か離れた部屋に本を積み重ねている。何回か行き来して運んだ後、最後の往復に取り掛かる。
「ふぅ……」
最後の本たちを床に置いて、ヨライネは一息もらす。力仕事は苦手ではないが、さすがに疲れた。でも力仕事はもう終わり。あとは雑多に積み重ねた本たちを書架にしまうだけである。
空き部屋の書架はかなり大きいし多い。それこそ、本棚ではなく書架と言った方がしっくりくるくらいだ。
既に関係ない本が何冊かしまわれていたが、空いたスペースの方が圧倒的に多いので、充分だろう。
ヨライネは一冊手に取って、書架の仕切り板に立てかけた。
その瞬間、すぐ後から人の気配を感じた。
「――ッ!」
ヨライネは驚いて振り返った。そこには、ジゼが立っていた。
ヨライネは「びっくりしたあ」などと口に出したりしなかった。どう見ても、茶目っ気で驚かした感じの雰囲気ではなかったからだ。
ジゼは黙したまま、ビビるヨライネを見つめていた。
相変わらず感情は読み取れない。
「えっと、どうかされました?」
とりあえず、慎重に問う。
「驚かせてしまいましたね。失礼致しました」
ジゼはきっちりと腰を折って頭を下げた。
いや遅いよ。とヨライネは思った。数秒前に言って欲しかった。
そして質問の答えにもなっていない。
それどころか、深まるばかりだ。ヨライネのすぐ背後という立ち位置は、部屋の入り口からは少し離れた場所にある。つまり普通なら、そこに立たれる前にヨライネが気づいたはずなのだ。しかし、全く気づけなかった。
ヨライネの顔に冷や汗がにじむ。
何者か問おうとしたが、その前にジゼが横に立った。
「手伝います」
まるで普通の人みたいに彼女は言った。そして平然と本を手に取り、棚に納め始める。分類ごとに本を分けてあるのも理解しているらしい。
ついていけない頭をなんとか動かして、『なんで今更?』とヨライネは思った。部屋の片付けは真っ先にパスしたというのに。
「あ」
ヨライネはエネスの話を思い出した。確か、ジゼはエネスの部屋に入らないと言っていた。
ということは単純に、ここがエネスの部屋ではないから、手伝うことにした。ということか。
「何か問題でも?」 ジゼが視線を寄越した。
「ああいえ別に。ちょうど人手が欲しかったので、助かります」
エネスの部屋に入らない理由がかなり気になるところだったが、ヨライネは焦らないことにした。
とはいえ寡黙で冷淡なジゼと二人きりの空間なので、多少の気まずさを覚悟する。
そういえば、とヨライネは思い出す。まず言っておかなければならないことがあった。
「さっきはエドがすみません、失礼な態度をとってしまって。あとで謝らせます」
「そうですか」
否定も肯定もなし。ジゼは次々と本を書架に差し込んでいく。
「あなたは途中から、エネスさまへの敬語が抜けていましたね」
「えっ」
怖い。貴様にも同程度の罪があるだろう、と言いたいようだ。ヨライネもまさかそこに目をつけられるとは思わなかった。
しかも「途中から」ということは全部の会話が聞こえていたということか。
魔術じみているが、ジゼは魔術師ではない。
「どこにいたんですか……?」
「場所は関係ありません。私は感覚を鍛えているので、この屋敷にいる限りあなた方の行動は全て筒抜けです」
「それはまた、すごい……」
鍛えているで済む話なのか、とは思ったものの、そういう異次元さがあるならさっき背後を取られたのも納得できる。
「ただ、あなたとは、話をしたいと思っておりました」
勘違いをしてはいけない。ヨライネと仲良くなりたいという感じの言い方ではない。
しかもまるで、話をしたくない人物がいるかのような言い方だ。
「というと、何か気になることがあるんですか?」 とりあえず会話を続ける。
「私は、あなた方を信用できないのです」
ヨライネは失神しそうになったが、違和感に気づいて踏みとどまる。
ジゼの言い方は、言葉そのままの意味に近いように思えた。つまり、ヨライネとエドに対して信頼性を指摘しているのではなくて、ジゼ自身に対しての可不可を言っているようだった。
信用しないのではなく、できない。不可能だということだ。
それがわかると、ヨライネは気まずくなくなった。何故なら、『私は、あなた方を信用できないのです』という言葉は牽制でもなんでもなくて、自分の弱点をさらけ出す言葉ということになるからだ。
自分の弱点を晒すのなら相手を信用している証拠じゃないのか、なんて、否定じみた思考も出てきたが、細かいことは気にしない。
あくまで人間を相手にしているのだから、隅々まで辻褄を合わせる必要はない。
「信用できないのは、私たち以外もですか?」
「はい、メルースト家以外の人間なら例外なく」
じゃあ、本格的に不可能らしい。
だとしても、まさか理由もなしに弱点を晒しにきたりはしないはず。今わざわざそれを言いに来る理由はなんだろう。とヨライネは考える。
だが答えを思いつく前にジゼが続けた。
「あなたは気づいていましたね。私が
「んん……」
予想していない言葉だった。態度に出ていたのかもしれない。ヨライネは首の後ろに触れた。
「最初から警戒されてることは気づいてましたが、そういう人間、とまでは……」
「どうしてわかったのですか」 あくまで本を棚にしまいながら、ジゼは問う。
「どうして、ってそれは、あなたが研究室にいる間ずっと、銃に触れてたからです」
言われて、ジゼは自身のスカートをチラリと見た。その仕草が既に正解を意味していたが、ヨライネは一応、確認する。
「銃で合ってますよね? スカートの裏の
「そうです」
ジゼは振り返って、本の束を1つ、書架に引き寄せた。
「今では、ほとんどお守りのようなものですが」
「お守りですか」
どういう意味でお守りなのかはわからない。色々な意味があるのかもしれない。少なくとも、今はほとんど使用していないということではあるのだろう。
そして、お守りという妙に優しい表現を聞くことによって、ヨライネは先ほど考えていたことの答えに思い至る。わざわざ人を信用できないことをヨライネに話した理由。それは簡単だ。
「ジゼさんは、エネスさんが大切ですか?」
問うと、ジゼは本を両手に持った状態で一瞬、静止した。
「はい。とても」
その言葉にどんな感情が込められているのかはわからない。それでも、言葉の重みはわかる。
つまり、エネスが大切だから、ヨライネに話をしたかったのだろう。
ジゼは人を信用できないが、それでもエネスには幸せになってほしい。エネスが幸せになるには、魔術の修復が必要だ。おおよそそんなふうに考えたから、ヨライネに話したのだろう。
自分はあなた方を信用しない。でもあなた方はそれを気にせず仕事をしてほしい。ジゼはそう伝えたかったのかもしれない。
憶測に過ぎないが、本人に直接聞いて確認しようとは思えなかった。もしも怒らせたら怖そうだからだ。
たとえ正解だったとしても、それはそれでため息が出そうだ。遠回しがすぎるし、不器用にも程がある。
「ならどうして、エネスさんのお部屋に入らないんですか?」
ヨライネは最初の疑問をぶつけてみた。
「私自身も、信用していないのです」
「ああ、そうか。メルースト家以外の人間は信用できない、でしたね」
ジゼはジゼだ。ジゼ・メルーストではない。
「そうです」
矛盾している。自分を信用しないあまり、エネスの力になることも拒絶しているのだ。
『自分を信用できない』という意味も定かではないし、様々なものが含まれていそうだ。その言葉の中身に何が入っているのか、ぜひ知っておきたかったが、さすがにまだ早いだろうという気がした。
「じゃあその、私が言うのも何ですが、私たちに頼るよりもご家族に頼った方が良い、とは思わなかったんですか?」
「それについては、思う思わないではなく、不可能なのです。大主様は所在不明で、イヴァン様はもう、魔術をやめていらっしゃいますので」
「ああ、そうでしたか。じゃあ仕方ないか。ん……? あれ、待ってください、イヴァン様は魔術をやめている、と言いましたか?」
「はい。それが何か」
魔術をやめている。魔術を最近使ってないだとか、魔術の道へは進んでいないだとか、そういう軽いニュアンスではない。
やめている。
ヨライネは手を止めて、熟考した。ジゼは気にせず作業を進めているため、ただの沈黙が訪れる。
「ジゼさん」
「はい」
「エネスさんとは、幼少の頃からの付き合いですか?」
「はい。あの方が生まれた時から従事しております」
「じゃあ、エネスさんがお兄さんと一緒に流星群を見た話は知っていますか?」
「はい。存じ上げております」 即答だった。
「その場所は、わかりますか?」
また数秒、ジゼの手が止まる。
「はい」
肯定した後、ジゼは詳細を話した。曰く、その日は目付け役としてついて行ったらしい。
「その場所を、教えてもらえますか」
ジゼは黙ってヨライネを見つめた。メルースト家ではない女の顔を見つめた。
「かしこまりました」
ジゼは理由を聞かなかった。
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