第12話 整理の時間2

「すっごい文句言いたそうな顔してる」


 ヨライネはやけくそ気味に二個目のおにぎりを頬張った。


「そもそもですよ。魔術学校に通っていない根拠が弱くないですか? 『魔力とは何か』って質問は、数学で例えるなら、1+1の証明をし始めるようなものなんじゃないですかね。そういう子は優秀だと思いますけどね僕は」

「ああそれは、」 落ち着いて、飲み込んでから続ける。 「それについてはもう1つ根拠があって」


 はい。とエドは言う。


「エネスちゃん、解除式を見たことがないって言ってたでしょ」


 相談を受けた日、エドがエネスの氷を解除したのを見て、彼女はそう言っていた。

 はい。とエドは繰り返す。


「それってさ、魔術学校に通ってるならおかしくない?」

「ああなるほど……」


 解除式は厳密には魔術ではないため、熟練の魔術師であれば個人の適正に関係なく扱う事ができる。エドが「慣れれば誰でもできる」と言ったのはそういうことだ。

 つまり魔術学校にいる教師たちは、ほぼ例外なく解除式を扱う事ができるはずだということ。したがって、魔術学校に通っていて解除式を見た事がないなんてことは、まず考えられないのだ。


「でしょ?」

「はい、それは認めましょう。でもまだありますよ」

「なに」

「魔術に木が出てくるくらいで退学になります?」

「たしかに……」

「たしかにじゃないですよ……」


 二人してため息をついた。


「本人に聞いてみます?」 エドがそんな事を言った。

「聞けるわけないでしょ」


 何を言っているんだまったく。という調子でヨライネは答える。

 きっと、本来は聞くべきなのだろう。それによって事が進展するなら。

 しかし、エドは「そうですよね」と言った。

 その前に一瞬、「僕が代わりに聞きましょうか」と言おうと思ったが、彼はそれをしなかった。

 ヨライネの視線が少し上を向く。満天の青空に、流星など見えるはずもない。


「まあいいです」 エドが言う。 「とりあえず、えねすさんが学校に行っていない原因があの木にあるとして、木の原因がお兄さんにあるなら、お兄さんが今もエネスさんを支援している理由になるんじゃないか。という事ですよね? じゃあそろそろ、肝心な部分を教えちゃってください。エネスさんの木とこの場所に、一体どんな関係があると思ったんです? もしこの場所に木があるなら、一体どんな事実が見えてくるのでしょう」

「いや、それはなんとなくで……」

「はい知ってましたー」


 エドはそう言って、全く減っていないおにぎりを少しかじった。


「はいはい別にいいもん。どうせ木はなかったんだし。考え直しだもん」


 ヨライネはやけくそ気味に、二個目のおにぎりも全て口に入れる。

 二人ともしばらく黙った。ヨライネの咀嚼に合わせてゆっくり時間が流れていく。

 草木の香りと心地良いそよ風を堪能してから、ヨライネはもう一度空を見た。今はできないが、夜にこの場所で星が見られたならどんなに良いだろうと思った。この場所は、それほどに優れたスポットだった。ただの星ではなくて流星群なら、もっと良い。

 ただし、エドと一緒に楽しむことはできない。となると微妙か。と、ヨライネは思った。


「ヨライネさん。もう一つ聞いていいですか?」

「え、やだよ。考え直しだって言ってるじゃん」


 気だるそうに拒否するヨライネだったが、エドは首を振った。


「ちょっと別の話です」

「別の話? なにさ」

「ジゼさんが教えてくださったのは、本当にこの場所ですか?」


 ヨライネは、ジゼから聞いた内容を思い出してみる。


「そうだけど」

「この山の、まさにこの広場で間違いありませんか?」

「だから、そうだってば。それがどうかしたの?」

「さっきから気になってたんです。この場所って、空がばっちり見えて、見晴らしが良くて、なおかつ来るのもそう辛くない場所、でしたよね」


 ヨライネはもう一度辺りを見回してみる。


「そうだね」

「そんな場所、流星群の日には絶対に混雑すると思いませんか?」

「まあそりゃあ、そうだろうけど……」

「まだ子供で背が低かった二人が、そんな中でまともに星を見られるわけないと思うんです」


 ヨライネはハッとして、親指を顎に触れた。

 当日この場所に赴いたのは、エネスとイヴァンと、目付け役のジゼのみだったはず。ジゼも大体10代半ばだったと思われるので、今ほど背は高くなかったはずだ。


「そうかも」


 いや、厳密には断言はできない。もしかしたら優しいおっちゃんが柵の目の前まで連れて行ってくれたかもしれない。しかし、もしそうでなかったとしたら。彼らはどうしただろうか。


「穴場スポットがあるのかも。もしかしたらそこに――」

「僕も同じ考えです」





 結論を述べよう。穴場スポットは見つかった。

 広場の隅に廃れ切った小さな階段があり、そこを登る途中で脱線し横に逸れたところに、申し訳程度の空間があった。展望広場ほど見事な景色ではなかったものの、子供が二人楽しむには充分なスペースが空いている。街の方を向いて斜め上を見れば、問題なく空を見つめることができた。

 反対側を見れば山肌があるだけなので、空は見えなくなる。代わりに、背の低い草と木と土、そして、一本の大きな木が見えるだけだった。

 それは、横に枝を広げた、見るからに樹齢の高い広葉樹。エネスの魔術に出現するものと瓜二つなその木は、つまり、流星群が見える空とは反対側の位置にそびえ立っていたのである。

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