第18話 お人形
ヨライネは目を覚ました。
ヨライネはそこに立っていた。
ひどく冷たいそよ風が、コートの中の体を撫でた。
目に入ったのは、ほとんど二色だけ。グレーと白銀。すなわち、薄暗い空と、無限に続く氷雪。
信じられないくらいの寒さに耐えながら、ヨライネは立っている地面をかかとでつついた。革のブーツの靴底が、薄く積もった雪の下でコツコツと硬い音を鳴らす。
厚い氷。つまりこの場所は、この場所こそが、エネスの徴にもあった言葉の一つ。
氷原
ということになる。
先ほど『
ヨライネの前方
ヨライネが木のそばに寄ると、エネスがその根本部分に背中を預けていた。
「エネス、ちゃん?」
敬称なんて忘れて声をかける。姿形はエネスで間違いはない。しかし、何かが決定的に違っていた。
エネスはヨライネの方に顔を向けた。その
「こんにちは」
冷たく、空っぽな声だった。ジゼを思わせるような虚無だったが、ジゼの方がまだ生気があったかもしれないと、そんな感想を抱くほどに何もない声だった。
俗な表現をすれば、それは人形のようだった。今目の前にいる人間がエネスだと説明されるよりも、『これは神様が作った人形で、見えないくらい細い糸が雲の上から垂れているんだよ』と言われた方が、まだ納得できるような気がした。
光がなく、焦点さえ合わないその目は、エドの目にさえ似ている。
「びっくりしましたか?」
エネスは言った。言葉遣い自体は変わらずエネスだ。だがやはり声が違う。
その質問がどれのことを言っているのかわからなかったが、答えはきっと同じだ。
ヨライネは頷いた。
「私も驚いてるんです」
どこまでも続く氷原を見て、エネスは言う。
そうでないとすれば、あるいは、空を見ているのかもしれなかった。何もない、何も流れない、暗く透き通っただけの空を、大きな木に背を向けて、眺めているのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます