第19話 触れ合う
「エネス様!」
ジゼが氷の柱に駆け寄り、手を触れた。中と外は分厚い氷の壁に隔てられている。そもそも、氷漬けになっている時点で、中との意思疎通が難しいことくらい普通はわかる。ジゼが普通でいられるはずもなかった。
エドは手を伸ばしながら、慎重に二つの魔力の方へ歩く。そして氷の柱に触れて、探るようにその表面を撫でた。
彼の指先から袖の中に向かって、枝状のシワが
解除式。
しかし、なんの変化も起きなかった。氷の柱のうち一欠片でさえ、解除することは叶わなかった。
「なんなのですか、これは」
ジゼが声を低くして言った。嫌悪感を隠す気力はないらしい。
ジゼがヨライネに抱いていた嫌悪は、せいぜい顔にまつわることに対してのみ抱いていたものだったが、エドに対しては違う。嫌悪のレベルが違う。それを押し殺す気力は、今の彼女にはない。
「分類的には、定義崩壊という現象です」
エドは至って冷静に言う。普段のニヤついた印象は消えていた。
「魔術の核、つまり徴が、効力を失った状態です。そうなると掬い上げられた魔力は制御を失うので、まあ、暴走ってことです。これも木の氷像と同様で、他人が理解できることではありませんので、解除は無理です」
「あなた方は、この事態を予測していたのですか」
その声には敵意があった。しかしエドは、氷を撫でながら言う。
「まあ落ち着いてください。僕だって、焦る気持ちをこうして抑えて——」
「答えてください」
エドの手が止まった。彼は笑って、同時に、脱力する。
「予測はしてましたよ。最悪の事態はあらかじめ考慮しておくべきですからね。ええ、そうです。おっしゃる通り、予測していました。それが、どうかしましたか?」
そう言って、笑って、ジゼを見た。
ジゼの視線が、その笑顔に、釘付けになった。いやむしろ、彼女の視線がエドの顔に穴を開けてしまってもおかしくはなかった。
「そうですか」
直後。
翻ったメイド服のスカートが、舞い上がる。
カチリと音がした。
舞い上がったスカートは、即座に重力の影響を受け、自然の状態に戻る。その頃には、少し古い型のリボルバー拳銃が、エドの額に突きつけられていた。
0.3秒だ。スカートをめくって、
エドは笑みを消し、黙って、ジゼの方を見つめている。
「やはり信用ならない」 ジゼが言う。 「あなたたちは、依頼完遂のためならなんでもすると言うのですか。そのリスクを承知しておきながらこんな話をエネス様にしたと言うのですか! 信用ならない、信用ならない……! やはり奥様の
ジゼの叫び声の残響が、狭い部屋に行き渡る。
エドは数秒そのまま黙っていた。だがやがて、首をかしげて、彼は手を触れた。ジゼが手にしたリボルバー——己の額に突きつけられたその銃口を、確かめるように、探るように、触った。
「銃ですか」
彼の手はまず
ジゼはその間動かなかった。あるいは、動けなかった。
リボルバーを握るジゼの手は——今にもエドと触れ合いそうなその手は、微かに震えていた。
だがそうなる前に、エドはその手をおろした。
そして、ため息とも笑いとも取れる息を吐いた後、彼は、
「無駄ですよ、ジゼさん」 と言った。
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