第17話 タックルをしよう
どうしてこの屋敷には古代魔術の資料がないのか。
どうしてエネスは、魔術学校を退学になったのか。
どうしてジゼとエネスは二人だけで住んでいるのか。
ヨライネはこれらを並行して考えることで、その結論に辿り着いた。
エネスは古代魔術を使用してしまった罪で、この屋敷に軟禁されている。
だが、父親殺しに関してはさすがに半信半疑だった。手がかりはせいぜい、父親の話が不自然なほどに出てこなかったことくらいだった。
だからヨライネはエネスの言葉を聞いたとき、自らの手で顔を覆った。
『殺した』という表現が間接的なものの可能性もあるが、今は大して重要じゃない。エネスが
しかしいつまでもそうしているわけにはいかない。罪の償いについて関与する必要もない。もうソレが起こってからかなりの時間が経過しているはずなので、必要な事後処理は既に魔術協会が済ましているだろう。
ならば重要なのはエネスの心だ。彼女の方がずっと辛いはずなのだ。彼女の前で感傷に浸るわけにはいかない。
ヨライネは顔を覆う手を引っ込めた。
「ありがとう、教えてくれて」
優しげにそう言った。
当然、その優しさ程度でエネスの表情が和らいだりはしない。それでも言った。
ジゼが顔を伏せる。
ヨライネの考えでは、ここから木を無くすのにはかなりの時間がかかる。あれはつまり逃避であり安息なのだから、それを取っ払うには相当な負担を要する。その負担というのは到底、短期間で受け切れるようなものではない。
依頼受領から既に二日が経過しようとしている。依頼期限まであと三日。エネスの試験はその二日後。合格を目指すと考えるとあまりに心許ない。
たが、それでも、ヨライネが取るべき行動はただ一つだ。
全力を尽くすこと。
「木を消すために必要なものは揃ったから、試験の当日までサポートさせてほしいな」
エネスを見守りつつ、経過観察。魔術についての指導や試験対策はエドがやってくれるはず。と、そんな風にヨライネは考えた。
もともとの依頼にはない内容なのだが、ヨライネはもう依頼なんてどうでも良くなっている。悪い癖だ。
エネスは微かに笑った。
ヨライネは自身がお人好しであることを多少は自覚しているので、その笑みを見て、呆れられたと思った。
その呆れが悪いものでないことをヨライネは知っている。だからとにかく、『笑ってくれた』とヨライネは思った。
しかし、それは間違いだった。
エネスの笑みは、喜ばしいものではなかった。
「ヨライネさん」
「ん?」
ヨライネは声と視線で返事をした。その直後、何か不穏なものを感じ取った。
エネスは言う。瞳を揺らしながら、泣き出しそうな声で。まるで、たった今視力を失ったかのように。
「私はどうして魔術師なのでしょう」
問いがヨライネの頭に反響した。
どうして。なぜ。魔術師か。
ふとした疑問などではない。断じて違う。それは心の底からの、喪失から生まれた問い。
ヨライネは知っている。心の底からの問いであるならば、その問いは、魔術師が決して抱いてはいけない問いだということを。
「いけない」
そう言ったのはエドだった。
その言葉でヨライネは強制的に思考を中断し、目の前の少女を見た。
ジゼもまた、エネスを見た。エドがそちらを向いて即座に立ち上がったからだ。
ジゼとヨライネは慄いた。
エネスの片腕――ジゼと手を繋いでいるのとは反対の腕。その指先から、彼女の顔半分にかけて、木の枝状のシワがくっきりと覆い尽くしていた。
「ッ!」
エドはなりふり構わず飛び出して、ジゼとエネスの間に滑り込み、そしてすぐさまジゼにタックルをした。エネスから遠ざけるために。わけがわからず混乱していてジゼは、なすすべなくエドと共に倒れ込む。
衝撃の直後、エドは咄嗟にヨライネの位置を確認した。ヨライネの魔力は、エネスのすぐそばにあった。
文字通り目と鼻の先。ゼロ距離だった。
当然である。ヨライネはエネスを抱擁したのだから。
「ヨライネさん!」
エドが叫ぶのとほぼ同時に、その魔術は発動した。
1つの氷塊が、その場に完成した。
部屋の天井まで到達する透き通った氷の柱。その中には、悲しい目をした少女と、それを抱きしめる女性の姿。そんな劇的な光景が、見事に封じ込められていた。
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