第6話 色の話

パタンッ


 エドが、今確認していた本を勢いよく閉じた。タイミングが良かったので、ヨライネはちょっとびっくりした。


「え、どうしたの」 思考の世界から引き戻されて、ヨライネは呆けた顔をする。

「ヨライネさん」

「えなに」

「さっき置いてくださった本の、背表紙の色、上から言ってもらっていいですか」

「はい?」

「いいからいいから」


 ヨライネはわけがわからずため息を吐くも、仕方なくエドの近くに行って、本のタワーの背表紙側を見た。エネスも手を止めて、そちらに注目する。

 大半の書籍は随分古く、ほぼ色褪せている。そのため色による見え方の差はほとんど失われているが、それでも、あえて色を言葉で表現するなら、次のようになった。


「赤、青、茶色、黒、赤、黄色、紫、緑、青、」

「そんなもんで、結構です」


 束の中腹くらいで、エドが制止した。


「やっぱりそうですか」

「で、結局なに?」

「カラフルだなって、思いませんか? 他もきっとそうですよね」


 ヨライネとエネスはその束を眺め、次に、まだまだ残っている本の山を眺めた。

 カラフル、という印象は受けない。だって、どれも色褪せているのだから。


「あ」


 気がついて、ヨライネは声をあげた。今ヨライネが口にした色だけを想像するならば、確かにカラフルだ。つまり、色褪せる前、その本たちが元々持っていた色を想像するならば、確かにカラフルなのだ。

 視覚情報を持たず、色が褪せることを目で感じたことがないエドだからこそ、発見できたことだ。……というのは流石に言い過ぎだろうが、それでもやはり、エドらしい気づきだとは言えるだろう。


「確かに、カラフルかもしれませんが、それがどうかしたんですか?」


 エネスが二人にそう問いかけた。ヨライネはエドを見たが、彼は既に作業に戻っていた。ヒントだけ与えて解説は他人任せである。ヨライネは舌打ちしそうになった。


「魔術関連の本が軒並み貴重なのは知ってますか?」

「は、はい」


 魔術はマイナーだ。個人によって理論の姿に差が出るし、極めたところでできることはあまり増えないため、工学とか心理学とか物理学とかと比べると、さほど役に立たない学問なのだ。例えば、エネスの氷も時間差で消失するから、見た目ほど意味はない。

 だから魔術をやろうとする人間はあまり多くないし、それゆえに、関連する書籍も少ない。


「本の色って、今ではある程度自由が効くけど、昔は地域とか年代でほとんど決まってたんです。だからこんなに古い本でこれだけたくさんの色があるってことは、すごいことなんですよ」

「はあ……」


 エネスはいまいち実感がわかない。そりゃあずっとこの部屋にいたのだから、突然言われてもわからないだろう。

 それに、仮にすごいとして、「だからなんだ」というのがエネスの正直な気持ちだった。


「エネスさん、この本はどなたが集められたんです?」 エドがいきなり質問した。

「えっと、兄が、私に送ってくれたものです」

「へえ、すごい。お兄さんは、エネスさんの魔術を大層応援なさっているんですねえ」

「そうですね、確かに兄は、ずっと応援してくれています」


 エネスの顔が、少しほころんだ。


「私が魔術を始めたきっかけを作ってくれた人なので」

「それは、」

 エネスの言葉でハッとして、ヨライネが食い気味に言った。手がかりの匂いを察知したからだ。あからさますぎたかもしれないと、少し後悔しながら続ける。

「それは、どんなきっかけですか?」

「えっと、そうですね、幼少の頃……」


 斜め上を見上げて記憶を探るエネス。エドも手がかりの匂いに反応して、その話に意識を集中させた。

 ここで木の話が出てくれば、話は早いのだが。


「たしか、兄と流星群を見にいったんです」

「りゅうせいぐん、ですか」

「いいですねえ」


 解決までは、まだ時間がかかりそうだ。

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