選帝侯会議

 銀河帝国にあって五選帝侯は皇帝が崩御した際に次代の皇帝を選挙する権利を持つ。

 この選帝侯と言うものは今から一世紀以上前の二四三三年、摂政メンペルガルト公の専横に反発して地方に追放されたアンハルト大公が地方貴族らの支持を受けて決起した際付き従った貴族たちが、奸賊を排しフランツ二世として即位した大公により恩賞の形で与えられた地位であり、銀河帝国にあって皇帝に次ぐ地位を持つ大貴族であった。

 五人の公爵は皆一様に宮廷に身を置き皇帝の側近として仕えて帝国の政策決定に対して並ならぬ影響力を持つ。

 二四八二年には第六代皇帝ヨーゼフ一世崩御の後年長の皇太女シュザンナを差し置き弟ヴィルヘルムを新たな皇帝として即位させた選帝侯らに対し、シュザンナが自分に票を投じたブラウンシュヴァイク公らと共にクーデターを起こしてヴィルヘルム一世を暗殺する事件まで発生している。“シュザンナの乱”と呼ばれるこの反乱は難を逃れた時の艦隊総軍司令長官シューラー提督の命によって辺境各地の艦隊が帝都を包囲し、“逆賊”を征伐して国家の秩序を回復させた。

 その十年後二四九二年には第八代皇帝フリードリヒ二世が浪費の限りを尽くして国庫を破綻寸前まで陥れた際、フリードリヒ二世の側にあって権力の甘い汁を啜った当時の選帝侯ナッサウ公らに対して他の四公爵と手を組んだ皇太子アウグストが宮廷クーデターを起こして父を退位に追い込んでいる。オルデンブルク公はナッサウ公の後を襲って現在の地位を手に入れた。

 選帝侯は常に宮廷にて皇帝の近くにあって大きな影響力を持ち、彼らの思惑は国家の意思形成に少なからぬ影響を与え続けてきた。選帝侯五人の多数派となれば、その権威は事実上皇帝をも上回っていると言って良い。それは無論、現代にあっても同様である。

 彼ら選帝侯らの会議の場として選帝侯会議が閣議とは別に存在する。実施されるのは“水

の間”と名付けられる、東屋を模した建物の周りを人口の滝が囲む清涼な空間で、中央の円卓を囲むように五人の公爵が腰を下ろしていた。

 「一体海軍は何をやっているのか」

 歯を剝き出して非難するのは陸軍元帥にして近衛兵長官、ゼンメルワイス公ヴィルヘルムである。御年七七歳にして一座の内で最も血が濃く、唾を飛ばしながら詰問する事が常であった。

 「私に問われても困る」

 差された男は不愉快そうに肩を揺らした。海軍元帥の位を持つ侍従武官長、アンハルト公ヤーコプである。現在に至るアンハルト公爵家はかつてのアンハルト大公が王家たるブラウメン家を名乗り五選帝侯を創設した際、自らに代わって弟に与えた称号であった。

 「海軍参謀本部の作戦計画に過誤があった。ならば責任者たるヴァイクスを直ちに更迭するべきだ」

 「目下作戦遂行中の中で統帥部の長たる参謀総長を更迭することなど相ならぬ」

 ゼンメルワイスとアンハルト両公爵の舌戦は、つまるところ陸海軍の利害闘争の焼き直しである。それぞれ陸海軍の元帥号を持つ両名はそれぞれの軍種の宮廷における利益代弁者のようであり、互いの軍種の牽制が二人の公爵の本音である。

 「では如何にするのか。このままでは要塞一つ陥落させられないまま連邦軍の総反撃を招くこととなるのだぞ」

 「陛下の体調も思わしくない。このまま進展が無ければ海軍統帥部は更迭だけでは済まされぬぞ」

 ゼンメルワイスに被せるように発言したのは皇族関係の事務や宮廷の管理を担う宮内卿ネーリング公アドルフである。根っからの保守主義者かつ日和見主義者であり、五公内の空気感を見て発言を二転三転させる老人である。

 それが分かっているからアンハルト公もネーリング公を一々相手にする気はない。難しい顔をして腕を組み、沈黙する。

 「アンハルト公を問い詰めても仕方あるまい。軍令の責任者はヴァイクス伯ゆえ」

 アンハルト公の想像通り出しゃばりの皇帝大書記官長オルデンブルク公フリッツが口を開いて議論の収拾にかかった。皇帝大書記官長は皇帝官房を統括し、皇帝の政務を実務面で補佐する役職である。一座の中で唯一直接的に国政に携わるため、自らを五公の中でも首座のように位置付けている。

 「だが現実を見よ。海軍は何ら成果を上げぬまま時間と兵力を浪費している。これを手を付けず傍観せよと言うのか」

 最高枢密院議長リヒトホーフェン公ヨッフェンが苛立ちの声を上げた。皇帝の諮問機関として整備された最高枢密院だが、現在では五公の影響力を前に実質的な影響力が弱く、最高枢密院顧問官の肩書は名誉職に近い。無論それは議長たるリヒトホーフェンの影響力までも形骸化した事を意味するものではないが。

 「アンハルト公。貴殿が海軍に対しては何らかの手を打つべきだ」

 「トロータ海軍卿ヴァイクス参謀総長には伝えよう」

 下を向きながらアンハルト公は答えた。

 「しかし卿の先刻の言うように、陛下の調子はそれ程お悪いのか」

 自ら議論の主導権を握るように話題を転じたのはオルデンブルク公である。水を向けられたネーリング公は鈍重な動作で背もたれに身を預けた。

 「最近では長く立つ事も叶わず、一日の半分近くを寝たままにてお過ごしの状態。今年持つかどうかも怪しいな」

 「次の皇帝の人選を進めねばなるまいな」

 確認するようにオルデンブルク公が一座を見渡して言った。自分達が皇帝よりも上に立ったと思い込んでいるような言い草である。

 「しかし候補者はやはりエリザベート殿下しか無いのだろう」

 そう言うゼンメルワイス公の口調は、彼がその事実を不服としている事を雄弁に物語っている。

 「ヨーゼフ二世陛下の直系となればエリザベート殿下以外にいない。その先代に遡ったところで、アウグスト帝の子息はヨーゼフ二世以外にいないからな」

 「その先代まで遡れば正統性を獲得できぬ。シュザンナの乱の二の舞は避けねば」

 水の間の周囲を囲む滝の水音に負けない程の嘆息の音が円卓を包んだ。

 「だが我ら選帝侯を敵視しておる」

 「とてもエリザベート殿下では国政の運営な覚束ぬ。我ら選帝侯の権威を頼らずに帝国の統治などままならぬと言うのに」

 それは極めて傲慢な言葉に違いないが、実際選帝侯の権威はそれ程までに強大であると言う事を否定できる人間が帝国内にどれほどいるだろうか。

 「リヒャルト殿下が生きておいでならば」

 二四年前の事件を思い返し、一座は沈黙した。

 「テロなどと言う暴挙に斃れていなければ、今頃リヒャルト殿下に帝位継承は衆議一致し、帝室は安定であったものを」

 数秒してゼンメルワイス公が吐くように呟いた。


 侍従武官長アンハルト元帥が海軍参謀総長ヴァイクス上級大将を自らの邸宅に呼び出したのは彼の権勢を示すものだろう。参謀総長、上級大将にして伯爵たる国家の重鎮を呼びつけるなど、本来皇帝程の権力が無ければできない事である。 

 「要塞一つ落とせないと言うのはどういうことか」

 アンハルト公の詰問にヴァイクスは身じろぎ一つしなかった。

 「兵力不足のためであります」

 「海軍には十分な予算を与えていたではないか。私がゼンメルワイスと鎬を削って予算獲得に尽力していたことを、よもや忘れてはおるまい」

 「その節につきましては、むろん感謝しております。しかしながら五つの要塞を攻略するには兵力が足りないのです」

 アンハルト公は席をおもむろに立ちあがった。

 「五つの要塞全てを攻略できると言ったのは卿の作戦部長ではなかったか」

 「元は皇帝陛下のご沙汰であります。要塞五つ全てを占領ないし無力せよと」

 「貴殿らは“占領”と言う一点に着目しているが、無力化と言う方策に目を向けられなかったのか。いくらかの小惑星を衝突させるとか、手はあっただろう」

 「接触した物質をも破壊する粒子シールドを装備する要塞を小惑星では破壊できませぬ」

 アンハルト公は右手に持った杖を参謀総長に向けた。ヴァイクスは目前十数センチまで迫った杖の先端に思わす視線の焦点を合わせる。

 「そうやって詭弁を弄し続けて来た結果が今日こんにちの膠着状態だ。直ちに戦局を打開できぬと言うのなら、卿とレーヴェンベルク中将を更迭する他あるまい」

 直接の人事権は持たぬにせよ、それを可能にするだけの権力をアンハルト公は確かに持っていた。

 ヴァイクスは深々と頭を下げた。 

 「必ずや状況を好転させるよう、全力を尽くします」

 「それが卿のためには最良であろう」

 アンハルト公は杖を下ろし、参謀総長に背を向けた。

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