要塞攻略戦:Ⅱ
「全装甲旅団、揚陸舟艇射出!」
「前衛槍騎兵旅団は退避!」
「第八海兵師団、突入!」
帝国海軍の主力艦たる重戦列艦には戦闘機を積載するための格納庫が設けられている。これは当然Hi-301アドラーのような宇宙戦闘攻撃機を整備し、出撃させるための設備だが、それをエルヴィンは上陸舟艇の格納庫として転用した。
軍事兵学上想像もできない事態だった。全長四十メートルの上陸用舟艇を宇宙戦艦に積載して発進させてくるなど誰が想像できただろうか。そのような事態が想像できないからこそ連邦軍は要塞砲の射程圏外で待機する“上陸船団”に備えて艦隊を温存していたのである。
全速で突進する帝国軍艦隊のハンガーから直接宇宙空間に放り出されても上陸用舟艇は慣性で高速力を持っている。そこに加速する事で更なるスピードで要塞に急接近した。数にして数十万捜の上陸用舟艇に対しては“リトル・デーヴィッド”の掃射でも破壊しきれず、さらに主力を発した増援の戦闘機部隊が要塞周辺で続く空戦に投入されて制空権を確保する。
砲台の対空砲火も既に帝国軍空戦部隊との交戦で損害が拡大しており、ダミーを交えた上陸用舟艇の全てを阻止する事は叶わない。上陸用舟艇は敵砲台のような重装甲から露出したエリアを狙って降下し、レーザーカッターを用いて装甲を融解させ、内部に突入路を切り開く。
「全大隊、突入を開始!」
甲冑を思わせる装甲服に身を纏った海兵師団十一万が要塞内に突入した。海軍所属のこの歩兵部隊は上陸第一波として投入される精鋭部隊であり、実体弾の小銃を一切貫通させない装甲服の力もあって瞬く間に橋頭保を確保した。さらに事前の作戦通りに周囲の設備を手当たり次第に片端から破壊し、周囲の防衛設備を次々と機能停止させてゆく。
この間“サラマンドル”の砲撃を受けない範囲外に艦列を並べた帝国軍は要塞で交戦する友軍を援護し、作戦初期から戦い続ける空戦隊に補給と整備を施すために待機していた。
「第三八海兵連隊、要塞宇宙港に突入」
「Aブロックにやや優勢な敵歩兵隊が投入。援護を」
要塞内に歩兵隊を突入させてしまえば帝国軍の優勢は確実だが、敵要塞には数百万将兵が固めている。これをいくら精鋭とはいえ十一万の装甲歩兵だけで攻略する事は不可能であり、増援部隊を送り込む必要があった。
それが当初から陽動としても用いられた輸送船団に満載された陸軍の第三降下猟兵軍であり、その総数は優に三百万人に上る。彼らの投入が叶えば要塞の占領は確実だった。
だが、鈍足な上陸船団が敵艦隊や砲台に狙い撃ちにされては満載された陸戦部隊も全て宇宙デブリと化す。重戦列艦に舟艇を満載する奇策で十一万の突入には成功したが、これ以上の増援には敵の阻止火力の減殺が必要だった。
「Wフィールド正面の電力供給遮断に成功!敵X線ビーム砲台、二基活動停止」
その報告に旗艦ヒンデンブルクの艦橋はざわめいた。
「“サラマンドル”が機能停止したぞ!」
誰かが叫ぶと、呼応の声が随所から上がった。
「これで主力が突入できます!」
エルヴィンもまた、煌びやかな顔で司令官に向いた。
「よし、上陸船団前へ!」
要塞の最大の火力はX線ビーム砲であり、鈍足な上陸船団が接近したところを狙い撃ちにされては瞬く間に壊滅しかねない。だが歩兵部隊が突入した敵要塞の便宜上の“
エルヴィンの作戦は最終段階に突入しようとしていた。
「哨戒部隊より緊急電!」
一人のオペレーターが声を張り上げ、エルヴィンを含む数人の将校が振り向いた。
「敵の増援艦隊が出現!数凡そ六万、十一時の方向、距離二百光秒!」
「敵の増援だと!?」
「六万隻!?」
方々から上がる驚倒の声が艦橋内に響き渡る。
エルヴィンは無言で戦術テーブルに見入った。
新たに敵増援艦隊を示す光点が立体星図上に描かれ、その進路は疑うべくもなくこのフェストゥンク・ブンカーである。数は六万、第二軍の総兵力で辛うじて挙止できる規模であった。
敵の増援が迫っている事は当然エルヴィンにも予想できた展開であった。そもそも攻略が一カ月以上遅滞をきたしている時点でいつ敵の援軍が駆けつけて来てもおかしくはない。
しかし上陸直後の最も脆弱なタイミングで敵の援軍が到来するというのは何とも間の悪い話であった。今ならまだ敵の要塞守備艦隊が出撃して来る可能性も十分ある。その総数は二万隻弱であり、八万隻の艦隊と要塞により挟撃されれば弱体化した第二軍などひとたまりもない事は明白であった。
「中佐、対処法は考えてないんですか」
リュッチェンスが薄い水色の瞳の光をエルヴィンに射し込んで尋ねた。
その言葉に他の幕僚たちも黄金色の髪の青年に目を向ける。ここまでこの作戦を一人で牽引してきたのはエルヴィンであり、この先の展望も彼が持っているだろう。持っていなければこの艦隊が数に勝る敵の砲列に殴殺されるばかりである。
エルヴィンは無言で戦術テーブルから顔を持ち上げた。彼の視界の中には一際狼狽した司令官エップと、エルヴィンの作戦の失敗を予測してその表情に喜色すら見えるベートマンが映っている。
エルヴィンの想定の中に敵の援軍が到着する可能性は当然あった。だがそれに対してエルヴィンが考え得た対策は一つだけであり、そしてそれは殆ど一か八かに等しい博打案であった。
だがそれを自ら口にすれば、誰一人としてエルヴィンを信用しないだろう。
「あります」
演技力を総動員してエルヴィンは力強く応じた。疑念を抱かせないために手早く手元のコンソールを操作して戦術テーブル上の光点を移動させる。
「援軍の敵艦隊と要塞駐留の敵艦隊、また要塞の火力を合わせれば数においては圧倒的に不利であり、これらを分断して相手取らねばなりません」
自信を持った明瞭さを己に課してエルヴィンは周囲をゆっくり見渡しながら話した。
「我が艦隊から二個軍団を抽出して援軍の敵艦隊と交戦。その機動を阻止します。残りの一個軍団で敵要塞艦隊の出撃を抑止し、仮に敵出撃の際はこれを撃破して上陸船団を防衛します」
最大限の自信を持って口にしたが、一座の不安はぬぐえない。
「二個軍団と言えばどれだけ多く見積もっても四万隻程度。敵の援軍に対して数的に圧倒的に不利だ。とても抗しきれるものではない」
「状況は変わった。上陸部隊を収容して撤退すべきではないのか」
「時間を稼げば良いだけです。陸戦部隊が敵要塞を攻略すれば戦況は一変します」
エルヴィンは誰よりも強く声を張り上げ続けた。彼が最も力強い意見だと、印象付け続けなければならなかった。
「しかしシューラー中佐、時間を稼ぐと言っても敵は圧倒的に優勢な部隊だ。誰が指揮を執ると言うのだ」
エップは自分が敵艦隊主力と相対する気はないらしい。自分の才覚に微塵も自信がないからだろう。或いは負けた時の自信の処遇ばかりを気にかけているのか。そのような男がエルヴィンは嫌いだが、現状では最も扱いやすい存在だった。
「シュタインベルツ大将に。また小官が作戦実施の全責任を持って大将に同行します」
「貴官が作戦指導を担うと言うのか」
当たり前だ。そのために来たのだから。そう言いたい思いを抑えてエルヴィンは首に力を込めて頷いた。
「小官が全責任を持って作戦指導に当たります」
「待て、貴様如きにそのような大任が与えられると思うな」
割り込んできたのは参謀長ベートマンである。円熟した作戦家を自負するベートマンにとって、これ以上エルヴィンの功績が積み増されるのも、または艦隊が敗退して参謀長としての識見が問われるのも御免被りたい事態であった。
「本国から援軍を呼び寄せて再度攻勢に当たる他ない。今や我が軍が圧倒的に不利なのだぞ」
「そうやって先延ばしにするから戦機を逸するのです!今要塞攻略まであと一歩なのに、後退できるものか!」
エルヴィンは色を成して怒鳴った。凛とした硬質の声に演技の色が込められていたことに違いはないが、その声は他者を圧する何かがあり、上官であるベートマンも返す言葉を失って佇んだ。考えればベートマンがエルヴィンを論破した事など一度してなく、それがために自らの王国を乱す害虫たるエルヴィンを放逐したのだから。
「小官が司令官閣下の名代として作戦指導に当たります。よろしいですか」
詰めるようにエップに歩み寄ってエルヴィンは司令官に視線を突き刺す。またも気圧される形でエップは「よかろう」とだけ口にした。
その一言さえあれば十分だった。半ば駆け出すようにエルヴィンは艦橋を立ち去った。
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