要塞攻略戦:Ⅲ
銀河連邦共和国軍
旗艦は艦隊旗艦レベルで通信管制能力が強化された旗艦級戦艦のサウスダコタ級“ネヴァダ”で、任務艦隊司令官ヘンリー・ガーランド中将の座乗艦でもある。
「司令官」
情報参謀キース少佐が司令官の横に立って敬礼した。ガーランドが敬礼すると少佐は紙片を手渡した。
「前衛偵察部隊より入電。敵艦隊の一部が我が艦隊に接近しつつあります」
驚くこともなくガーランドは通信文に目を通した。
「数はおよそ四万隻か。我々より少数だな」
「恐らく敵は要塞攻囲の艦隊の一部を割いて差し向けて来たものと思われます」
半袖のシャツによって血管が浮き上がる筋肉質な腕が目立ち、両眼を覆うサングラスは戦傷による目の障害のためだと言う。実際彼の左目の辺りは痛々しい傷跡が未だに残っていた。誰眼に見ても歴戦の猛者たるガーランドは漆黒のサングラスで感情の読めない目で情報参謀を顧みた。
「敵の意図は何だ?」
自分の脳内で結論を出しておきながら、敢えて部下に正答を問うのはガーランドの癖である。それに慣れているキース少佐は姿勢を正して事前に用意していた回答を述べ上げた。
「未だ要塞は陥落していない一方、撤退と言う判断に至らないと言う事は一定程度帝国軍は要塞攻略を進めつつあると推察できます」
「その通りだ」
低い声でガーランドは部下の回答に丸を付け、次いで傍らの参謀長デンプシー代将に問うた。
「ではそれに対して我々はどう出る?」
「要塞の救援を最優先に考えるべきと考えます。接近しつつある敵と同数程度の兵力で抑えつつ、別動隊を要塞に向けて急行させるべきかと」
それに対するガーランドの応答はやや遅れた。口を結んで発言者を見据える時、それは回答を吟味しているときである。そうと知りつつ尋問されているような緊張感を拭えないまま数秒間デンプシー参謀長は司令官と目を合わせ続けていた。
「敵が別動隊の後背を衝くべく全力を挙げたらどうする」
「その場合は別動隊と本隊で敵を挟撃できます。敵の要塞包囲部隊は我が別動隊と第三七任務部隊で容易に撃破できますから、敵はシャーマン提督の部隊を迎撃する他ありません。敵が部隊を二分すれば、数的に不利な敵を各個に撃破すれば良いだけです」
「良いだろう。シャーマンの部隊を分離して敵要塞に迂回させろ。主力はこのまま敵を迎撃する」
「
頷いてデンプシーは航法参謀に向けて振り向いた。
「第七三任務部隊を分派する。迂回針路を算出しろ」
その間にガーランドは仁王立ちの足を動かさないままに再び口を開いていた。
「情報主任参謀」
大佐の階級章を着けた情報主任参謀が応じて斜め後ろに立つ。
「敵の司令官はエップとやら言う奴で間違いないんだな」
「はい。大貴族の順送り人事で昇格しただけの、定見の無い司令官です」
「それが要塞を攻略しつつあると言うのは、余程参謀に恵まれたか」
ジョン・シャーマン少将率いる第七三任務部隊が回頭し、戦域を反時計回りに迂回して要塞へと向かうべく出撃する。その数は戦艦七千隻を中核とする約一万八千隻であり、要塞の兵力と合わせれば敵の要塞上陸部隊を容易に殲滅できることは疑いなかった。
帝国軍第七軍団旗艦“ヴァナヘイム”には軍団長グスタフ・フォン・シュタインベルツ大将とその幕僚たちが乗り込み、軍司令部付参謀のエルヴィンも加わって戦場へと急行している。
エルヴィンの傍らには同じく軍参謀のアンゲラ・フォン・リュッチェンス大尉も立っていた。
エルヴィンが一人で輸送シャトルに乗り込もうとしたときに
「私がこれだけ膳立てしたのに、その功績は独り占めする気?」
と後ろから着いてきて詰め寄ったのである。そもそもリュッチェンスの存在を脳裏で蚊帳の外に置いていたエルヴィンが返答に窮している間に
「だから私も行きます。宜しいですか?」
と有無を言わさず共にヴァナヘイムに乗り込んだのである。
シュタインベルツの指揮下には第七軍団に加えて第十四軍団も入っており、軍団長フォン・リートヴィッヒ大将も臨時にシュタインベルツの指揮統率を受け入れる立場だった。両軍団合わせて七個師団、主力艦二万一千隻を中核とする四万六千隻の兵力であり、正面の連邦軍の援軍に相対しては明らかに数的不利である。
「そのため、持久策を取る他ありません」
エルヴィンはシュタインベルツ大将に訴えた。
「現在要塞に上陸しつつある降下猟兵軍が要塞占拠に成功すれば戦況は一転します」
この時点で陸軍の上陸船団は要塞に接近し、上陸を開始しつつある。これに呼応して連邦軍の要塞駐留艦隊はゲートから出撃したが、そこに第五軍団を手元に残した第二軍司令部直卒の部隊が砲火を加え、航空部隊も猛攻をかけて要塞至近での艦隊戦は帝国軍優位の状態にあった。
「つまり要塞が陥落するまでの間、我々は一・五倍の数の敵が要塞に増援されることを防がねばならぬと言う事だな」
シュタインベルツの回答は簡明であった。豪放な性格でどっしりとした体格にもみあげから続く顎髭と力強い印象を与える司令官であり、小細工を弄する策士よりも全軍の先頭に立って兵を率いる大将軍と言う風貌の提督だった。
「左様です閣下。難事業にはなりますが、陸軍が要塞を攻略するまでの時間を稼がなければなりません」
エルヴィンにとっても彼の話を率直に聞いてくれるシュタインベルツのような指揮官はやりやすい相手だった。彼は元々シュライヒ大佐からエルヴィンを紹介されて彼の策を聞き、“正攻法で陥落させられぬと言うのなら、卿のような奇策を取る他なかろう”と賛同してくれたのである。
「敵艦隊の一部が分離しました」
その報告が哨戒部隊からヴァナヘイム艦橋に届けられたのはシュタインベルツ麾下の二個軍団が持久戦に適した隊形に移行し終えた後の事であった。火力と防御力に秀でた重戦列艦を前に押し出し、その隙間から火力と機動力とを両立した装甲戦列艦が埋め、機動戦力である軽戦列艦と駆逐艦が後背と側面を守る陣形である。
「針路は」
エルヴィンは瞬時に聞き返し、戦術テーブルに目を向けた。立体映像の光点は敵艦隊の一部、凡そ三分の一が確かに分離した事を示している。その動きから見て、反時計回りに戦場を迂回して要塞の後背にいる第五軍団と上陸船団を撃破する企みである事に疑いはなかった。
「分離した敵艦隊を放置すれば上陸船団が攻撃されます。こちらに全戦力を以て迎撃すべきでは」
軍団参謀長ティッペスキルヒ少将が問うたが、シュタインベルツは戦術テーブル上の光点から視線を動かさず応じた。
「いや、そうすれば敵本隊から挟撃を受ける」
「しかし、こちらが敵に対して劣位の兵力を二分して当てればその双方で敗滅する事は疑いありません」
参謀長の言葉に表面上は答えず、シュタインベルツは鳶色の目をテーブルの反対側に立つ黄金色の髪の青年将校に向けた。
「卿はどう思う、シューラー中佐」
傍らに立つリュッチェンス大尉がエルヴィンの顔を見上げる。
水を向けられるまでの大体三十秒間、エルヴィンは脳裏であらゆる選択の可能性を思い描いていた。
敵は有利な態勢を最大限生かした選択をした。エルヴィンの目論見通りシュタインベルツの艦隊に全力を当てるよりも確実に要塞を救援できる選択をした。だがその選択に穴は無いか。敵が全く想定していない選択はこちらには無いのか……
「直進し、敵本隊を衝くべきです」
エルヴィン本人にも意外な事に、その言葉は瞬時に飛び出した。本能が突き動かす声帯の動きを理性が制御していなかった。一度口にした以上、引き返せない。意志の光をその紅い両目に宿らせ、エルヴィンは司令官を見据える。
「この状況下で敵が最も予想していない反応は、別動隊を無視して敵本隊を攻撃する事であります。目下の戦況を鑑みれば、別動隊を無視すれば我が軍の敗退は疑いない。だから敵本隊を攻撃するなどありえない」
周囲の幕僚たちは皆猜疑に満ちた目線をエルヴィンに向けている。だが兵学上有得べからざる提案は、それであればこそ意味があるのだとエルヴィンは確信を深めた。
「そう敵は考えたからこそ別動隊を分離したのです。この状況で敵が想定していない事、そして同時に敵の最大の弱点は、最大多数の敵艦隊です」
「だが敵本隊と当たれば我が部隊の全てが拘束される。その間に敵別動隊が上陸船団を殲滅すれば敵本隊を撃破できても要塞攻略は失敗するではないか」
参謀長が他の幕僚たちの意見を代弁するように問う。
「いえ、敵本隊を殲滅する必要はありません」
エルヴィンは再び自分の言葉で艦橋に立つ面々の常識を破壊して見せた。
「“撃破”しなくていい。“麻痺”させれば良いのです」
「ちょっと。さっきから話が抽象的すぎます」
横合いからリュッチェンスが詰め寄った。明確に欠点を指摘されてエルヴィンが無音のままに口を開閉させたのを見て、
「敵本隊を攻撃するとして、具体的にどうするんですか?顕在のリスクにどう対処されるんですか?」
と矢継ぎ早に質問を浴びせかける。それに脳内の回転が再始動したエルヴィンは再度話を始めた。
「敵本隊の殲滅を狙うならば定石としては主力艦の長距離砲で敵艦隊を攻撃し、隊列が乱れたところに軽艦艇が突入、空戦部隊で戦果拡大となりますが、今回は速攻で敵を無力化すべく、前衛に装甲旅団を押し立て、両翼から迂回させた騎兵旅団による反包囲体勢から全軍で突撃し、敵中枢を強行突破します」
“
「それは、あまりにも戦術の常道から外れるのではないか」
これまでエルヴィンの作戦には賛同してくれたシュタインベルツすらもエルヴィンの提案には疑念を隠し切れない。
「いえ閣下。そう敵が思うからこそ効果があります。敵は要塞救援に向けて全速前進しており、我が隊が加速すればその相対速度は莫大なものとなります。敵の防御射撃に痛打を加えられるよりも前に敵中枢に火力を集中し、敵艦隊の活動を一時的にでも麻痺させることができれば、敵中央を突破した勢いで反転して敵の後背を叩くか再加速して敵別動隊から第五軍団と上陸船団を救援するか、選択肢も生まれます」
エルヴィンの話は数段飛躍した話であり、急場の選択を強いられている目下の状況で全員が腑に落としきれるような内容ではない。一部の幕僚たちが懸念を表明し、シュタインベルツも苦い顔をしている。エルヴィン一人の説得力だけでは限界があった。
「皆さん——」
エルヴィンの斜め前にブロンド髪の女士官が立った。直接顔を合わせる事のない艦隊参謀とはいえ、その美貌と才覚は軍団参謀たちも承知している。
「ご懸念はあると思います。しかし敵別動隊を後背から襲ってもその後背から敵本隊に襲われ挟撃されて敗退するのみ。しかしこれ以上数に劣る我々が敵本隊と別動隊それぞれに分派できる兵力はありません」
エルヴィン以上に一語一語を力強く明晰に、発声ごとに一人一人に顔を向けながらリュッチェンスは語る。
「賭けとはなるかもしれません。しかし他の道が敗退を余儀なくされていると言うのなら賭けるしかないのでは。今から作戦中止をしようにも、上陸部隊の撤退が間に合わないのなら敵と戦う他ないのです」
明るい水色の瞳が照明の光を反射し輝く。その光の強さは意志を固めかねている参謀たちを気圧するに十分なものだった。
エルヴィンの内心の炎は更なる油を注がれて燃え上がる。彼は再び一歩を歩み出した。
「必ずや成功させます。作戦のご許可をいただきたい」
そう言われて幕僚たちの視線は司令官たるシュタインベルツに集中した。エルヴィンやリュッチェンスがどれ程雄弁を誇っても、最終的に決断するのは司令官を置いて他にない。
「リュッチェンス大尉。貴官はシューラー中佐の案は成功すると、そう思えるのか」
目を細めながらシュタインベルツは問うた。その問いを前に、周囲のざわめきは瞬時に沈静化する。
リュッチェンスに自信など無かった。エルヴィンの策が嵌まる確証などどこにもない。だがエルヴィンは確かに誰も為し得なかった要塞への上陸を成功させた。この先だって、彼の力でやり遂げる事はできるはず。それ以外の選択よりは、この同期の選択に賭けたかった。
だからリュッチェンスはエルヴィンの前に立ちはだかるように踏み出し、戦術テーブルに両手を叩きつけるように置いて司令官を真正面から直視した。その目に彼女の全ての自信を集めて。
「はい」
再びリュッチェンスとエルヴィンの周りがざわめいたが、それも堂々たる体躯の司令官が小さく右手を挙げるまでの事だった。
「良かろう」
そう言って参謀長の方を向く。
「全部隊に指令せよ。加速して敵本隊を攻撃する。第七軍団麾下の騎兵旅団は左翼、第十四軍団の騎兵旅団は右翼から敵艦隊を反包囲。それ以外の全装甲旅団は敵中央を突破する」
「しかし閣下——」
「各猟兵連隊は装甲師団の側背を固め、援護させよ。第九騎兵師団は全軍の後衛として突撃。敵中央を衝き崩せ」
「——承知しました」
参謀長が渋々ながらも一礼し彼を囲む参謀たちを見回す。
「直ちに作戦行動に入る。各部隊に指令せよ」
一斉に幕僚たちは敬礼した。その直後の喧騒はもはや懸念や反感の表明ではなく、指示された方針を現場で実現するための、建設的実務の会話である。
「陣形を変更しなければ。装甲旅団を前に押し出すぞ」
「両翼の騎兵旅団の行動速度を計算。主力と同時に攻撃開始できなければ意味がない」
「速力三十Sノットまで増速させろ」
「両舷増速!」
「総員対艦戦闘配備。二十分後に射程に入る」
「データリンクを当てにするな。全部隊手動操艦で陣形転換」
「各艦プラズマシールドを展開。出力レベルは三まで上げさせろ」
今や第七軍団司令部はエルヴィンの作戦方針を忠実に実行するための実務機関であった。
「助かった」
その言葉を耳打ちに近い小声でかけられたリュッチェンスは声の主の肩を拳で突いた。
「この作戦、最初から今までこれだけ私にやらせたんです。絶対に勝ってくださいよね」
「努力するよ」
エルヴィンの表情は苦笑とも微笑とも取れないものだった。
「だが貴官がそこまで努力する義務はなかったのに」
あぁ、と嘆くようにブロンド髪の大尉は天井を仰ぎ見た。この男、そう言えばただの口下手な根無し草だったな。
「だから何だっていうんですか。私は成功すると思ったものに賭けただけです」
つんとして言い返し、リュッチェンスはエルヴィンの前を歩き去った。首筋を擦りながらその背中を目で追うエルヴィンに、横合いから声がかけられる。
「シューラー中佐」
軍団長シュタインベルツである。
「貴官が提案した作戦だ。私の横で、最後まで貴官の役割を果たせ」
当然だ、と言いたい思いを胸に秘め、はっ!と誰よりも威勢の良い声で敬礼する。
その胸中では溶鉱炉の如く湧き上がり、同時に暗雲が心を覆っていた。
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