要塞攻略戦:Ⅳ
帝国軍艦隊が変針しないどころか加速して突っ込んでくる。情報参謀キース少佐のその報告に戦艦ネヴァダの
「馬鹿な、シャーマン隊を無視しただと」
デンプシー参謀長が目を見開く横で、ガーランドは床に唾を吐き捨てた。
「ガッツのありすぎる奴が敵にいるらしいな」
もはや対応をのんびり吟味している暇などない。振り返って幕僚たちをその視界に収めてガーランドは声を張り上げた。
「対艦戦闘配備!駆逐艦と巡洋艦を前に出せ!」
「第七三任務部隊はどうしますか。引き返すよう命じますか」
デンプシーが問うが、ガーランドは即座に首を横に振った。
「いや、そのまま前進させろ。シャーマンは要塞の救援が最優先だ」
「了解しました」
参謀長はその命令を通信で送るよう命じたが、
「敵電波妨害により、中距離通信が不通!回線が開けません」
「素早いな、帝国軍らしくもない」
ガーランドは通信一つに拘泥する事もなくスクリーンに目を向ける。
「敵の砲撃は激しいが、シャーマンが要塞を救援して戻ってくるまで我々は時間を稼げば良いだけだ。隊列を広げて敵弾を回避しろ」
オペレーターが司令官の指示を伝達する。
照明が落とされ、並べられた機器たちとスクリーンが放つ淡い光だけに満たされたネヴァダのCICの空調は十六度に保たれているが、数人の将校たちは額から汗が伝う不快感を抱いた。
敵の動きが明らかに尋常ではない。それが彼らの共通見解だった。
「敵艦発砲!駆逐艦三撃沈」
「間もなく戦艦群も射程に入ります」
戦艦クラスの艦船が持つ荷電粒子砲は粒子を加速させるための砲身が千メートル近い長さとなり、砲身を艦の前後に貫通させてその砲口を艦首に固定する他無いが、
電波吸収素材や妨害電波が発達した現代、レーダーのような電波索敵機器は無用の長物となり、必然的に光学観測のみが敵発見の手段となる。偵察艇や無人偵察機のような装備は現代戦に必要不可欠だった。
この時帝国軍の接近までは察知し得た連邦軍も、その快速部隊が全速で迂回して斜め前から半包囲しようとしている事、その意図が奈辺にあるかまでは知り得ない。高機動の駆逐艦を前に出す戦闘隊形も、そうした奇襲要素に対する備えである。
「主砲射程圏内です」
「よし」
ガーランドは頷いた。九年前の第三次銀河戦争にも指揮官として従軍した歴戦の提督たる彼にとって射撃の号令を下すことは一度や二度の話ではない。
「
静かに命じるとすぐに戦艦群が射撃を開始する。第二世代型主力艦たるワシントン級戦艦は三十・五センチ砲三六門、新たに設計されて実戦投入された第三世代主力艦ヴァンガード級巡洋戦艦は三六・六センチ砲三二門を搭載し、帝国軍の主力艦カイゼル級重戦列艦には多少劣るが十分な火力を誇る。
数分の間、両軍の主力艦の火力の応酬が続いた。この長距離では双方ほとんど命中弾は無く、命中しても主力艦の持つ高出力シールドはそのエネルギーを吸収してしまう。不幸にも直撃弾をシールドで吸収しきれなかった軽艦艇が数隻、爆沈する程度だった。
「平凡な撃ち合いだ」
ある参謀が呟いた。
「このまま撃ち合っていても帝国軍は時間を損耗するだけだ。その間に第七三任務部隊が要塞を救援する」
別の参謀が応じ、二人は顔を見合わせた。
「……敵は何を考えているんだ」
不気味さに心臓を掴まれた感触は、第七・二任務艦隊司令部の面々のほとんどが抱くものだった。その正体を言い当てられない彼らに、時間の流れが正解を教えてくれたのはそれから五分後である。
「観測機より入電!」
一人のオペレーターが声を上げた。
「敵の快速艦が艦隊両翼より急速接近!速力およそ三八Sノット!」
「三八Sノットだと!?ほぼ全速ではないか」
ガーランドは席を立ちあがり、振り向いた。
「すぐに駆逐艦部隊を差し向けろ!巡洋艦もだ、回頭させろ!」
敵の動きが長距離砲戦でなく、突撃を目論んだものであるとガーランドは看取した。それは間違っていなかったが、気づくのが遅かった。
「閣下!敵中央の艦隊を光学観測したところ、速力三十Sノットで接近しつつあります。このままの速度だと、あと十分弱で敵艦隊は我が戦列に突入してきます」
「な……」
航法参謀の報告に対して言語化した驚愕を口にしたのはデンプシー参謀長の方だった。
「防御力を高めるために我々は散開陣形を敷いている……敵が突入してくれば」
「中央主力が直撃される」
「裏目に出たか」
感情のままに戦術テーブルを筋肉質の腕でガーランドは叩きつけた。
「可能な限り艦隊を密集させろ!航空隊も発進、敵の突入を阻止しろ」
ガーランドの指示は粗雑でも明確ではあったが、単艦や十隻程度の艦隊戦ならともかく、四万隻の艦隊を運用するうえで急な方針転換を実行するのは簡単な話ではない。旗艦によるデータリンク制御に依らず各艦の操舵手に頼って秩序を維持したままに陣形を転換したり針路を変更するのは口で言うほどに簡単ではなく、毎秒数百から千キロ以上の速力で敵艦隊と撃ち合いながらそれを実行すると言うのは混乱を免れ得ない選択だった。
第七・二任務艦隊は両翼から帝国軍の快速艦隊、正面から主力艦部隊による総攻撃を受けた。両軍が応酬するエネルギーの束がめくるめく閃光を生み出し、その光に触れた不幸な艦船のシールドと装甲が耐え切れなくなった時、積載する実体弾や推進剤の連鎖爆発で艦船とそれに乗り込む数百の人命が宇宙の塵へと帰す。
「全門斉射!」
両軍艦隊の前線指揮官たちは等しく命じ、両軍艦船の荷電粒子砲がビームの束を叩き付けあう。交戦距離が接近する程に砲火の応酬はより苛烈なものとなり、被弾轟沈する艦艇の数も指数関数的に上昇していった。
最前線の艦長や分隊長クラスの指揮官たちにとっては自分の持つ武装の全てを投じて目前の敵艦を撃破する事が精一杯である。次々と直撃する敵弾に叩かれ、時には横で戦友が斃れても射撃指揮を執る彼らにとっては敵味方いずれが優勢であるかなど到底知りようもなかった。
距離が近づけば真正面に固定されて射角が極めて狭小な荷電粒子砲よりも稼動可能な
旗艦のスクリーンに見入るエルヴィンの目の前では視覚化されたエネルギーのうねりが荒れ狂い、その端々で人命が奪い去られている。だがそのような端部の無数の悲劇など彼にとっては意識の外側にあった。
帝国軍艦隊は連邦軍の戦列に真正面から突撃をかけ、三方向からの半包囲体勢で艦列を広げていた連邦軍は効果的に火力を集中できなかった。対する帝国軍はその火力の全てを連邦軍中央部に集中し、連邦軍の被害はその一点に集中した。当然旗艦ネヴァダもその集中砲火の中心にある。
「敵との距離近づく、距離七二五」
「あと一分で敵戦列を突破するぞ」
旗艦ヴァナヘイムもまた激戦の中で二発の磁力砲弾の直撃を受けた。だが強靭な装甲とダメージコントロールのお陰で損害は軽微である。
「シューラー中佐、突破してどうする」
スクリーンから目を離さずシュタインベルツが尋ねる。その雄々しい背中に向けてエルヴィンは淡々と語りかけた。
「小部隊ごとに反転し、敵の後背を衝くべきです。敵に対し我が方の統率は乱れていないですから、敵が反撃に出る前に最大限戦果を挙げる事ができます」
「敵の別動隊は?」
「反転して本隊の救援に来ればそれで良し、そうでなければ敵本隊を追い越して要塞に全速で戻りましょう。第五軍団が全滅する前には救援に到達できます」
「よかろう」
シュタインベルツは言葉のみで肯定し、再び戦闘指揮に戻る。彼らの目前では死をもたらす破壊の狂瀾が繰り広げられ無数の死神がビームや砲弾の形を取って戦場を亜光速で飛び回っていた。
自分がその作戦を立案し、帝国軍を勝利へと導いている。エルヴィンの心臓は興奮に喘いでいたが、それは本人すら気づかぬ拍動であった。
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