要塞攻略戦:Ⅴ

 第七三任務部隊Task Force 73旗艦“ノースカロライナ”では任務部隊司令官ジョン・シャーマン少将が不機嫌の水面下に沈降している。

 連邦軍の注文通りに帝国軍はシャーマンの部隊を追いかけてくるどころか、無視して全力を挙げて第七・二任務艦隊本隊へと突撃した。今や戦場空域は妨害電波が飛び交い、中距離通信で戦況把握も、司令部からの命令受信もできない。

 「閣下、どうなさいますか」

 本来自らが作戦立案の主導権を握るべき参謀長スズムラ大佐も司令官の判断を仰ぐばかりである。

 ガーランドの指示は要塞に向かい、上陸軍を殲滅するように機動して敵艦隊を釣り出し、本隊と挟撃すると言うものであった。その大前提が崩れた今、シャーマンに決断が迫られている。

 彼の直属上司たるガーランドは優れた作戦指揮官である事に疑いはないものの、我に拘り部下に対して強圧的な指揮官だった。その彼が敵主力艦隊の攻勢を受けて敗退しつつあるのを救援しなければどうなるか……

 もしシャーマンが反転せず本隊が壊滅する事態になればシャーマンの決断が非難の対象となる。中将昇進は絶望的になるだろう。今後の自分のキャリアも含めてシャーマンは思慮していた。

 もし今要塞救援を後回しにしても、ガーランドの本隊を救援して敵主力を殲滅すれば敵の機動戦力はほとんど壊滅する。そのあとでゆっくり敵上陸船団を排除すれば良いだけではないか。

 決断を固めたシャーマンがそれを言語化するまでに一秒を要さなかった。

 「任務群毎に回頭させろ。本隊の救援に向かう」

 このシャーマンの発言に数名の参謀が抗議の声を上げた。

 「しかし閣下、戦略的に見れば敵上陸部隊の排除が最優先では」

 「今なら第三三任務部隊と共に敵上陸船団とその護衛艦隊を挟撃できます」

 「駄目だ。我が本隊が壊滅すれば敵の主力に背後を襲われる。ガーランド提督を救援しなければやがては我々も壊滅する事になるのだぞ」

 それに真正面から反論できる幕僚はいなかった。そもそも司令官が決意を固めた以上、参謀が我を通すことはできるはずがない。

 「我々の任務は敵主力の撃滅だ。全艦回頭!」

 それぞれの思いを胸中に収めて幕僚たちは一斉に敬礼し、必要な指示を送り始めた。


 相対速度毎秒三千キロで正面からぶつかったガーランド率いる連邦軍第七・二任務艦隊本隊とシュタインベルツ麾下の帝国軍第七、第十四軍団は、その全軍が一瞬の内にすれ違っていた。中には正面の敵艦と針路が重なり、真正面から激突して相互の運動エネルギーによって木端微塵に吹き飛んだ艦もいる。

 帝国軍は中央と両翼の部隊全てを連邦軍の戦列中央部に攻撃させ、帝国軍が突破した時連邦軍主力の戦艦群は大打撃を受けていた。

 偶然ながら連邦軍旗艦ネヴァダへの直撃弾は艦上部の通信管制ユニットを破壊し、これによりネヴァダは通信指揮能力を喪失していた。

 「直ちに旗艦を移せ!このままでは指揮も執れないではないか」

 ガーランドは先程から苛立ってばかりだった。元々我の強い指揮官だけに参謀たちもこのような非常事態で自主的に行動する事に慣れておらず、実の無い検討をただ続けるばかり。事実上第七・二任務艦隊は空中分解状態にあった。

 旗艦を移そうにも後方の敵艦隊にレールキャノンや魚雷を撃ちまくりながら毎秒五百キロ以上の速力で航行する連邦軍艦隊でシャトルを飛ばして他の艦に接舷するなど不可能である。

 とは言えこの責をガーランド一人に帰すのは酷であろう。エルヴィンがやってのけたのは既存の戦術上の常識の全てを打ち破る新戦術であった。準備砲撃も戦列戦もなしに全艦隊を挙げて突撃するなど士官学校や海軍参謀大学校のどの教科書を引いても出てこない。

 ともあれ一旦敵中枢を突破した帝国軍はそのまま連隊単位で反転し、連邦軍の後背から襲い掛かった。指揮能力を喪失した連邦軍は帝国軍の迅速な行動に対処できず、敵に散々に追い回される哀れな羊に過ぎない。

 第七・二任務艦隊本隊は戦艦一万八千隻を中核に四万五千隻の総数を誇り、シュタインベルツ艦隊を優に圧するだけの大兵力であった。だがそれも司令官の指揮が隅々まで行き渡り、統制されて活動すればの話であって、司令部との通信が遮断されて各個別に行動しなければならない状況に追い込まれればどれだけの精兵も良く統率された弱兵の前に薙ぎ倒されるのである。

 後方から追撃され、回頭しようにも停止すれば格好の射撃の的となり、旋回しようにも後方から帝国軍が追い縋る。これに対処するには各部隊の有機的連携で一部の部隊で敵の背後を襲い、追撃する両軍の小部隊同士で“数珠繋ぎ”の格好にして消耗戦に持ち込んで状況の好転を図る他なかったが、この時の連邦軍にそのような曲芸を行う余裕はなかった。

 連邦軍旗艦ネヴァダの通信設備が一部回復し、ガーランドが事態の掌握に乗り出した時には戦場空域は乱戦状態であり、統制を取り戻すなど不可能な状態であった。こうなれば確かな作戦構想の下に行動し、かつ士気の高い帝国軍が遥かに優勢である。各所で連邦軍の小部隊が次々と壊滅していった。

 「発光信号と信号弾。敵艦隊を突破し、フォート・バンカーへ向かうよう命じろ」

 ここに至りガーランドは部隊を生き残らせるための命令を下した。

 「連絡艇を射出して第七三任務部隊TF73を呼び戻すべきでは」

 参謀長デンプシーが小声で告げたが、ガーランドは首を横に振った。

 「我々が大敗しても、シャーマンが要塞を救援すれば全体では勝てる」

 戦場で劣勢に立つ事は決して初めての経験ではない。ガーランドは大局に立って者を見ていた。だが全員が彼と視野を共有しているわけではないし、無言の内の願望が通じるほど人間は全能ではない。

 ジョン・シャーマン少将のTF73が駆けつけた時、連邦軍主力はその三割近い兵力を喪失していた。だがこの程度の損失であれば帝国軍相手に遅滞戦闘を続ければシャーマンがフォート・バンカーを救援するまでの時間を稼ぐことはできただろう。

 「シャーマンの愚か者め!」

 手に持ったコップを床に叩きつけてガーランドは声を張り上げた。

 「目先の戦況に囚われてのこのこ戻って来おって」

 それ以上ガーランドは口にしようとしなかったから、幕僚たちは頼みの綱の援軍の到着に司令官が怒り散らす意味が理解できなかった。

 「敵の援軍です」

 その報告を旗艦ヴァナヘイムの艦橋で受けて、エルヴィンは数歩歩みを進めながらゆっくりと息を吐き出した。数人の参謀たちは慌てたように動き出したが、エルヴィンの動作を見ていたリュッチェンスは足早に側に歩み寄った。

 「望み通りの展開?」

 振り向いたエルヴィンは僅かばかりはにかんで首を小さく揺らした。

 「敵が我々に拘束されてくれるなら、要塞上陸軍は救われる」

 押し寄せたシャーマンの部隊は砲撃戦のために隊列を広げて接近したが、乱戦状態の両軍に向けて下手に発砲すれば味方を巻き込む危険性が高く、容易に砲撃を開始できない。

 「せめて少しは交通整理してくれなければ」

 シャーマンは冗談めかして毒づいたが、彼の失策は明らかで麾下の一万八千隻もの兵力が遊兵と化していた。乱戦の中で次々と撃破されていく友軍を前にシャーマンは何らの手を打つ事も出来ず、そしてその間に全てが手遅れになっていた。

 九月八日一時十一分、フォート・バンカーから戦場空域にいる両軍の全部隊にオープン回線で通信が飛ぶ。

 「フォート・バンカー陥落」

 その一言が何を意味するか明らかであった。

 帝国陸軍の降下猟兵軍は帝国軍第五軍団の援護の下要塞に突入し、連邦軍の守備隊を排除して要塞の中枢を抑えた。要塞の全防御システムの管制権が帝国軍の手に落ち、Mk.2X線ビーム砲サラマンドルの射撃準備が整った帝国軍は、直前まで連邦軍の防衛要塞として無敵の精強さを誇った要塞砲をその元の持ち主に向けて発射したのである。

 この時点で稼動可能だった二基の“サラマンドル”砲が青白い光を放つ。拡散された光芒が一閃すると、直前までそこに浮かんでいた連邦軍艦は塵一つ残さず消滅していた。

 「これでは一方的な虐殺だ!」

 要塞を守備していた第三三任務部隊司令官のマッケンナ少将はそう叫んだが、嘆けば状況が好転する訳でもない。彼にできたのは残存部隊を取りまとめて反転撤退する事だけだった。

 これを受けて第七・二任務艦隊は戦闘続行を断念するほかなく、要塞周辺の友軍部隊を収容しつつ後退を開始した。帝国軍第二艦隊とてこれまでの激戦で疲労の極致にあり、とても追撃戦を戦える状態ではない。連邦軍が退いたのを幸いに、占領した敵要塞に向けて後退を開始した。

 このようにして“フォート・バンカーの戦い”は終結する。足掛け一カ月に渡る攻防戦によりこれまで難攻不落を誇った銀河連邦軍の外郭防衛要塞の一角が落ち、同時に二万隻近い艦艇と要塞で捕虜となった数百万将兵を喪失して後退した。対する帝国軍も要塞攻防戦の全期間でまた連邦軍とほぼ同数の艦船を喪失ないし修理のため戦線から外す他なくなったものの、ほぼ無傷の要塞を獲得した。

 歓喜の渦に包まれ、第七軍団旗艦ヴァナヘイムは軍旗艦ヒンデンブルクに接舷する。

 軍司令官エップ以下の幕僚たちが乗り込んできたシュタインベルツら第七軍団司令部の面々を迎えた。

 「此度の武功、大儀であった」

 慣例に倣った台詞でシュタインベルツの敬礼に応えたエップの声には隠し切れない喜色が籠っている。階段を数歩踏み外したような声のエップに対し、豪傑そのもののシュタインベルツの整った声調は室内に砲列の斉射の如く響き渡った。

 「陛下のご威光と、またシューラー中佐の智謀の賜物であります、閣下」

 進み出てエルヴィンは敬礼する。普段不愛想を通り越して不機嫌にしか見えないその顔が、この時は春に芽吹く花のような表情であった。

 「国家と帝室に忠義を果たし、誠に光栄であります!」

 少しも真心の籠らぬ台詞も、今は熱量で押し通すことができた。

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